天気のいい昼下がり、手製の弁当もとい練習中のおかずを評価しつつ、いつも通りの昼休みを過ごす特捜隊。
「鳴上、例のもの持ってきてくれたか?」
「もちろん!」
陽介が悠を指差すと、何故かノリノリで敬礼までする片割れ。
一体何を持ってきたのかと思えば、見覚えのあるA4のファイルにあ、と声をあげる。
「何々、なんかおいしいもの?」
「んな訳ねえだろ!一旦食い物から離れろよ」
呆れ気味に肩を落とす陽介に、何を?!と喰いつく千枝ちゃんを放置し、雪ちゃんがファイルを覗き込んだ。
「写真のアルバム、だよね?」
「うん。多分・・・・これ、赤ちゃんの時から入ってるよ」
両親がいくつか私たち用のアルバムを作っているようだけど、この色のものは相当古いはず。
「よく稲羽まで持ってきて・・・・っていうか、なんでこれチョイス?」
「話のネタにはなるだろ」
「や、でも普通は小中学の卒アルとかさ」
「いやいや、そういうのはありきたりで面白みに欠けるじゃん?」
いつの間にか言い争いを止めたらしい陽介が、アルバムの一ページをめくった。
おお、と感嘆を漏らしたのは誰だったか、生まれたばかりの私たちが出生のグラム数と共に映っている。
「ちっこいなー」
「サルみたいだよね」
「ちゃん、それ自分で言っちゃいますか!」
「私たちも生まれたときは、こんなに小さかったのよね」
こんなに大きくなるのが、不思議だよねと笑って次のページを捲ると、母親に抱かれた私たちが。
「うっわあ、むっちゃ美人!つか、お前ら母親似なんだな」
写真と私たちを交互に見やり、忙しげに首を動かす陽介。
「堂島さんのお姉さん、にあたるのよね?」
「確かに、言われてみればちょーっと似てるような?」
「あ、そうそう・・・・確か、若いときの叔父さんが」
2、3ページ捲くったところに、泣く悠を危なかし気に抱いて、慌てている若かりし頃の叔父さんが。
「うわっ、若!」
「そりゃあ17年も経つとなあ・・・つか、男前」
「あの威厳ある堂島さんが、こんなに慌ててるなんて・・・・ふふっ、なんだか可愛いね」
自分達は覚えてないけど、おむつを替えてくれたことがあるとか。
「そん時もすげー焦ってたんだろな!」
「それはそれで、見たい気が・・・・・」
「次は・・・・・三ヶ月ね。うわっかわいい!」
六ヶ月、九ヶ月、1年と刻みながら段々大きくなる私たちに、3人共ずっと目尻が下がりっぱなしだ。
「そんな面白いもんでもないよ?」
気恥ずかしさもあり、早く見終って欲しいとページを捲くったときだった。
千枝ちゃんが一枚の写真を指し、え?と不思議そうな声を上げた。
「2人ともちゃん?な訳ないよね・・・・」
夏らしい水色のワンピースに身を包み、麦藁帽子を被ったおさげの女の子。
一人は間違いなく私、でももう一人は。
「もしかしなくても、相棒じゃね?」
陽介が悠に視線をやると、曖昧な返事をしつつ視線を泳がせる片割れ。
見せたくないものは抜いておけば良いものを、そう思いつつ黙り込んだ悠の代わりに皆に説明する。
「ちっちゃい頃ね、悠も女の子の格好させられてたの」
「え?ああ、そういえばこの先の写真も女の子ばっか・・・・」
「これ、悠だよ」
「うっそ?!」
目頭を真っ赤にし、兎のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえている写真を指すと、瞬く間にアルバムが閉じられた。
「終了」
「ええ、うっそ!今からがいいとこじゃんか?!」
「こっちなら、存分に見て良いぞ」
そうして取り出したのは、小中学の卒業アルバム。
予定調和すぎる!と文句を垂れる陽介を、口八丁で諌めている悠はさておき。
女の子の格好をさせられているのはどうしてか、と興味津々な女子二人と向き合う。
「母親が面白がって、っていうのが大きいんだ。ベルサイユの薔薇ってのに憧れてたみたい」
女の子として生まれながら、男の子として生きるよう強いられた主人公。
不屈の少女漫画と名高いものの、遊びといえ実行された側からすれば、まだあの過去を笑い話としてネタにはできない。
悠の傷口より、私のほうが確実に、浅いのが唯一の救いだけど。
「ってことは、ちゃんも男の子の格好を?」
「ああ・・・うん、させられてたよ」
年齢的に悠の女の子の格好が限界になった時、一緒に髪を切られ、男の子のようになったことがある。
似合うと嬉しがられて、満更でもなかった自分は、幼かったとしか言いようがない。
「あのアルバムに入ってるんじゃない、かな?」
遠い目をして答えるに、雪子と千枝は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「なんっていうか・・・・お疲れ様」
「双子は双子特有の苦労があるのね」
そうじゃなくて、ただ両親がというより母親がちょっと、いやかなりおかしな人、っていうだけなんだけど。
「そうそう、あのうさぎのぬいぐるみ。あれで私たち、初めてケンカしてさ」
何かにつけてお兄ちゃんだからと、私を優先してくれていた悠が、初めて嫌だと譲らなかったうさぎのぬいぐるみ。
当時女の子の格好をさせられてたとはいえ、悠がもっぱら興味を示したのは車や電車のミニチュアで。
だから両親も、3歳の誕生日には悠にはミニチュアの電車を、私には自分の背丈の半分ほどある、大きなうさぎのぬいぐるみを贈ってくれた。
いつも贈られるものはぬいぐるみだったけど、これほどまでに大きなものは一つもなくて。
嬉しくてぬいぐるみを抱きしめると、手触りも違ってふわふわしていて、本当のうさぎのようで。
両親にありがとう!と沢山の感謝を込めて、言ったときだった。
「ぼくも、うささんがいい」
電車を置いて、うさぎのぬいぐるみを指す悠。
これには両親も私も目を丸くするしかなくて、悠くんは電車が好きよね?と母がいくら宥めても、頑として首を縦に振らない。
ついにうさぎの手を掴み、ちょうだいと私におねだりまで始めて。
「やだ!これはのだもん!」
渡したくなくて、悠から逃れようとしても、がんとして手を離さず、仕舞いには引っ張り合いになってしまい。
「いい加減にしなさい!」
そう母親に窘められた瞬間、ビリっと布が裂ける音がし、胴体から片腕が離れてしまった。
無残に破られた胴体からはみ出る綿が、とっても痛そうで、思わず泣きかけたその時、うわああん、と堰を切ったように悠が泣き出してしまって。
泣きたいのはこっちなのに、先に泣かれてしまっては泣くに泣けず、被害者は私だというのに、すごく悪いことをした気持ちになって。
「ごめんね。なかないで?」
なんとか泣き止んでもらおうと、必死に頭を撫でて、ごめんと言い続け、泣き声が収まってきた頃、悠の腕にある片腕と胴体を母親に見せた。
「うささんケガしちゃった・・・・ママなおせる?」
その時の母親の笑顔は今でも忘れがたい、満面の笑みで任せておいて!と言っておきながら、
荒く雑に縫い付けられてしまい、所々小さくあいた穴から綿がはみ出し、幼心にトラウマを植えつけそうな仕上がりで返ってきた。
もうこの母親に、裁縫を頼まないと思ったのはあの頃だったのか、そのままでは痛々しすぎて包帯を巻いてみたら、更に痛々しいので、リボンを巻いてあげた。
「悠のでんしゃほしいの。だからうささんとかえっこ、してくれる?」
「いいのか?」
「でんしゃがいいの!」
気を回して確認する父親に、欲しいと叫ぶと苦笑いを浮かべたものの、それ以上は何も言わず、ただ頭を撫でられた。
あの頃はなぜ父がそういう行動に出たか、不思議だったけど、今ではなんとなく、理解できる。
「そのぬいぐるみが、絆を一層深くした、って?」
茶化すように言う千枝ちゃんに、続きがあってね、と私は肩を竦めた。
「次の日、悠ったらやっぱり電車がいい!なんて言って・・・・もう大喧嘩!」
引っ張り合いをして暴れ捲くった結果、うささんにも電車にも更にケガを負わせ、2人とも母親に大目玉をくらった。
おかしそうに笑う2人の声を聞きつけ、男子2人が何の話だ?と尋ねるので、うささんと電車の話と告げると、悠の顔が一気に赤く染まった。
「うおっ、相棒が照れてる!」
珍しい?!と犬のようにじゃれる陽介を引き剥がしながら、!とたしなめるように呼ばれ、ペロリと舌を出した。
ちなみに、壊れて無理やりパーツをくっつけられた電車は悠の部屋に。
腕や耳にリボンを巻いている、少し色あせたうさぎのぬいぐるみは、の部屋に今なお、飾られている。
うささんとでんしゃ
(2012.05.10 Thank you for 20000hit!!)