春うららかなある週始め。
とある新宿の高級マンションの玄関で、一人の少女が身支度を整える。
水色のブレザーに赤いリボンタイ、ほんの少し校則違反のスカート丈。
学校指定の鞄を肩にかけた時。リビングへ繋がるドアが音をたてた。
「ふぁ〜あ、ちゃんもう行くの?」
漆黒の髪、切れ長の目、すっと通った鼻梁、眉目秀麗を絵に描いたような優男風の若い男があくびをしつつ、に尋ねる。
彼の名前は折原臨也。この家の家主であり、の保護者でもある。
”もう”と言ったのは、定刻より1時間以上早い登校だから。
「はい、少し早く目が覚めちゃったんで。臨也さんあまり寝てないんじゃ・・・?」
「まぁね。でも、愛しのちゃんが登校だから、お見送りしないとね?」
どんな女でも一発で落とせそうな笑みを浮かべ、これまた甘い声でそう告げる臨也。
しかし、毎度のことなのではすっかり慣れてしまい、はぁ。と曖昧に受け流す。
それに彼は”家族”だ。
1年前に居候を始めた時は、まるで恋人のような言動をする臨也にヒヤヒヤさせられたのだが。
「別にいいのに」
「約束、でしょ?俺達”家族”なんだから」
そう言うとの頬にチュとリップ音を響かせ、キスをすると自分の頬を彼女に差し出す。
は少しタメ息をつくと、臨也と同様に頬にキスを落とした。
「朝ごはん、少しでも食べてくださいね?」
「もちろん!ちゃんが作ったものは残したりしないよ」
大げさに肩を竦める臨也に”嘘つけ、好き嫌い多いくせに。”と心の中で舌を出し、ドアをあけた。
「いってらっしゃい。狼には気をつけるんだよ」
「・・・・いってきます。」
情報屋の溺愛少女
「はぁ・・・」
朝からえらい絡まれた気がする・・・というかテンションが高かった。
普段から、どこか楽しそうではるが今日は一層楽しそうだった。あまり寝ていないからだろうか
それとも、また何か企んでいるのだろうか。
折原臨也といえば、新宿を主体としている情報屋で、その筋の人なら誰でも知っている。
少し前まで、池袋を主体としていたらしいが・・・ともかく、この界隈じゃ”とある有名人”と並ぶほど有名だ。
にとってはいい?保護者ではあるが、その他、特に仕事になると彼の困った癖が姿を現す。
人への愛だ。
彼は人を愛している。特定の人ではなく、人と呼べるもの全てを。
言い換えれば人類を愛している。
博愛主義者などではない、折原臨也はただ”人がどのように行動する”かに興味あるだけだ。
臨也は仕事に関して、まったくと言っていい程と関わらせようとしない。
彼に恨みを持つ人間に拉致されかかってからというもの、それは一層顕著になった。
その際に助けてくれたのが”喧嘩人形”と名高い”平和島静雄”で、それ以降折原に手を出せば
喧嘩人形に殺されるという逸話ができてしまった。それも臨也の思惑ではあるが。
とにかくそれ以降、少しでも仕事の話しになるとを遠ざけ、外出する際も防犯グッツを持たなければならないことになってしまった。
更に臨也はに簡単な護身術と、逃げることをに身につけさせた。
そうしなければならない程、折原臨也に恨みを持つ人間は計り知れないということだ。
それだけのことを”やっている”のだ、臨也は。
「何も起こらなきゃいいけど・・・・」
こういう時程、自分の勘はハズれたことがないのをは嘆くのだった。
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を見送った足でリビングに向かうと、いつものようにテーブルの上に小さなメモがあった。
臨也はソレにさっと目を通すと、ニヤリと、優男風の顔つきには似合わない笑みを浮かべた。
「さっすがちゃん。分かってるねぇ」
”スープ作ってます。温め直して食べてください。それから、ちゃんと寝てください。倒れても知りませんよ”との丸い文字が踊っていた。
スープとは、好き嫌いの激しい臨也が食べれるようにと、が試行錯誤を重ね作った野菜のポタージュのことだ。
実際何が入っているのかは教えてくれないが、確実に嫌いなモノが入ってるポタージュなのだが、とにかく美味しく、臨也の好物だ。
そして、2日程睡眠が足りていないことも見抜いているようだ。そういう素振りは見せていないはずだが、1年も共にあれば見抜けるらしい。
臨也を取り巻く”信者”の子達には、のように頭の回る子はいない。
愛情に餓えているという点では、と同条件であるはずなのに、は誰かに委ねたりしない。
必要以上に依存しなければ生きられない人間もいれば、ある程度一人で生きられる人間もいる。
十人十色。だからこそ、臨也は人間が好きなのだ。
と久しぶりに会ったとき、彼女は生ける屍と化していた。
心と体に大きな傷を負い、清潔すぎる程の真っ白な部屋に寝かされ、ただそこにいた。
病室に入り、すぐ臨也は彼女に問いかけた。
『両親が憎くない?』
『・・・・・・どうして?』
『ははっ、どうしてだって?君は父親に相手にされず、母親に殺されそうになったんだろう?』
某有名商社に勤める、肩書きだけを守ろうとする父親と、世間体に煩い母親。
”模範生であれ”との両親の要求は、一人っ子のに全て圧し掛かかった。
それでもは彼らの期待に答え続けた、愛されたいがために。
そしてある日、父親が会社の金を横領が発覚、逮捕。世間体を気にした母は離婚。
離婚しても付き纏う”犯罪者”の家族という先入観。
貧しくなった生活、世間からの冷たい目。それらに耐え切れなかった母は、溜まったうっぷんをにぶつけた。
それは日々エスカレートし、ある日救急車をよぶ騒ぎにまで発展。
虐待していた母親というレッテルを貼られることに耐えられず、自殺。
どこまでも自分勝手な両親に憎しみを抱いていないのか、いや抱いてないはずがない!
心の闇をぶちまけろよ、その醜さを見せてみろよ!
臨也は楽しくて仕方ない、という風に笑みを浮かべ、心の中でそう叫ぶが、はどこまでも冷静だった。
それも、他人事のように。
『それでも・・・私の、両親・・・だから』
ガッカリした。感情的にならない人間ほど、思い通りの行動をしない人間ほど面白くないものはない。
しかし臨也はふと、考える。
面白くなるよう、観察すればいいんじゃないかと。
『妙なこときいてゴメンね。俺は折原臨也。君の親戚にあたる者だけど・・・君さえよければ、君を引き取りたいと思ってる』
『臨也さんが、私を・・・ですか?』
『そう、お金の心配はいらないよ。ねぇ、俺と家族にならない?』
始まりはただの興味。でも、今では・・・・
「ほーんと、人間って面白いよぇ」
観察することが惜しくなってしまう程、愛おしくなってしまったのだから。
来良学園周辺の地図が表示されたディスプレイに目をやり、赤く点滅するソレが敷地内に入ったことを確認すると
特製スープを頂くべく、キッチンへ向かったのだった。
(2011.01.31)