「え?」
俺は耳を疑った。何故って?こんなビューティフルでどこか儚い雰囲気を持ち合わせた、一つ上の女の子が。
「折原だよ、紀田正臣くん?」
あの人の、血縁だなんて。顔立ちも髪の色も全然違うのに?
いや、でも”折原に手を出したら、平和島静雄に殺される”というのはカラーギャングの中では有名な逸話。
何故か分からない。臨也さんと平和島静雄は犬猿の仲のはずなのに。
理由は定かではないが”そういうこと”なのだから間違いない、その情報だけで十分だ。
ぐるぐると思考を巡らせていると、目の前のビューティフォーな臨也さんの血縁は苦笑を浮かべた。
「巻き込まれたんだね?」
「っ・・・!失礼します、帝人行くぞっ」
「え、ちょ?正臣!?」
訳も分からずひっぱられていくベリーショートの男の子、帝人君は戸惑いがちに私に会釈をすると、去っていった。
『そこのキレイなオネーサン、僕達とお茶しましょ!もちろん、怪しいもんじゃありません!俺は紀田正臣、こっちは竜ヶ峰帝人でっす!』
と一息で言い切り、私が何を言うでもなく自ら名まで名乗り、その名に聞き覚えがあって名乗り返すと、紀田君は血相変えて去っていった。
「ナンパされたのに、振られちゃった」
あの子はどんな悪夢を見せられたんだろう、どうやって踊らされたんだろう。
折原と聞いただけで怯えを見せるなんて・・・・どっちにしろいい思い出はないはずだ。
臨也さんの仕事に口出しする気は更々ない、が・・・。
「ちょっといじわるする位、いいよね?」
臨也さんの嫌いなモノを献立にしようと決めた放課後。
道化師と喧嘩人形
入学当初から帰宅部で、友だちと約束することも特になく、直帰するのがの日課だった。
もっと女子高校生らしいことしなよ。と臨也さんが呆れかえるのだが”らしい”ことが分からない。
例えば恋愛するとか、放課後お茶して買い物するとか?
しかし、には想いを寄せる異性もいなければ、特別親しいと呼べる同年代の子がいない。
打ち込んでやれるという趣味なるものもなし。けれど・・・
「お、ちゃん?」
聞き覚えのある声に呼ばれ、振り返るとドレッドヘアの男とバーテン服を着た金髪の男。
一般的には関わりたくない部類に入るであろうその出で立ちだが、は逆に笑顔を浮かべ、2人に駆け寄った。
「トムさん、静雄さん!」
田中トム、平和島静雄。彼らは取立て屋(闇金の回収、ではないがそれに近いことをやっている)で、トムは静雄の上司にあたる。
「学校帰りか?」
「はい。お仕事中ですよね?お疲れ様です」
俺達のような強面の男が、可愛い女子高生に笑顔で”お疲れ様です”と言われる日が来るとは・・・人生何があるか分からないものだ。
そしてトムは、隣で照れたように「おお」と返事をする静雄を一瞥する。もちろん、彼にはバレないように。
今日は機嫌の悪い日ではなかったが、と会ったことで静雄のご機嫌バロメーターは急上昇しているらしい。
どのこの中2だ?つか今時そんなんで満足できる中2なんていねーべ。
しかし、そんな静雄だからこそトムは気をきかせてやりたくなるというもの。
「あー俺、次の回収リスト事務所に忘れてきたみてぇだわ」
「なら、俺がひとっ走りして・・・」
「いつも取りに行ってんだろ?たまには俺が行くべ。つか運動しねぇとやべえしよ」
歳というものには勝てない。
最近動くことに関して、サボリ気味との証がでてきた体を見下ろし、次にに視線を向ける。
「ちゅう訳で、しばらく静雄と一緒にいてやってくんねぇか?」
「ちょ、トムさん!」
「あ、はい。私でよければ」
慌てる静雄を他所に、2人の間で話がつき「30分くらいしたら戻るべ」と言い残しその場を去った。
「本当に大丈夫なのか?」
「何がですか?」
トムさんの背中を見送った後、静雄が気まずそうにポツリと漏らした。
はいつも他人を優先し、自分のことは二の次にしてしまう。
意志がなく、他人任せという風でもない。自分に執着がなさ過ぎるのだ。
『自分を大事にできない奴が、他人を大事にできると思うか?』
心からを心配しての質問だった。
が、その後のの答えに静雄は、なんて軽はずみなことを言ったのだろうと、後悔した。
『ごめん・・・なさい』
本当に申し訳なさそうな表情で、今にも泣き出しそうな表情で、はただ一言、謝罪した。
何に対する謝罪なのか・・・・静雄は未だに分かっていない。
だから、のことを知りたいと思った。
暴漢に襲われそうになっていたのを助けたあの日から、質問をしたあの日から。
これが同情なのか、親愛なのか、はたまた恋愛なのか・・・愛という感情とは程遠い位置にいる自分には、皆目検討がつかない。
けれど、折原という少女の泣き顔は見たくないのだと、確信した。
今はそれで十分だ。その理由があるだけでいいじゃないか。
「無理して俺達にあわせなくていいんだぞ?」
静雄がそう告げると、は苦笑を浮かべた。
「静雄さんこそ、気使いすぎですよ?私だって日々進化してるんです・・・多分」
「多分かよ」
「じ、実感がもててたら、変わることに苦労する人間はいません!」
「そりゃそーだ」
ククと笑みを浮かべた静雄に、もつられて笑みを浮かべる。
「だから、静雄さんももうちょっと私を信じてください」
「・・・おお」
「あ。照れました?」
「―っ!んな訳ねぇだろ!」
微かに赤らんだ頬をに見られぬよう、静雄は明後日の方向を向く。
長身で強面の静雄の予想に反した、その子どもっぽい仕草が更に笑いを誘っている。
もちろん、そのことに彼は気付いていない。
気付いたら静雄さんは一体どんな反応するんだろう?小さな疑問を抱えつつ、は話題を変えるため、口を開いた。
「せっかくなんで、座ってお喋りしませんか?」
「おう。どっか適当に店、入るか?」
「あ。それよりも公園のベンチにしませんか?桜がとっても綺麗なんですよ」
無邪気に微笑んだに、いつの間にか静雄も自分では分からないほど穏やかに微笑んでいた。
(2011.01.31)