薄暗い高架下、まだ昼間だというのに人通りのないその場所で
黒いコートを纏う若い男と、身綺麗な中年男性が一人、互い向かい合わず、壁に向ったまま喋り続ける。


「跡部財閥の子息があなたを調べろ、と」
「へぇ!やっぱいい勘してるねぇ」


手すりをベンチ代わりにしていた若い男は、瞳を輝かせ、ニヤリと笑ってみせる。
視界で確認していないものの、中年男性は不快とばかりに顔を顰めた。


「でも、自分でやらない辺りがまだ子どもだね」
「それで?どうするんです、折原さん」


遊びに付き合ってる暇はない、と言わんばかりのばっさり具合に、臨也は悪びれず謝ると、勢いをつけて手すりから立ち上がった。


「貴方が思う私を伝えて下さってかまいませんよ」
「遠慮しませんが・・・よろしいので?」
「もちろん!私は情報屋という職業に誇りをもってますから」


それだけ伝えると、踵を返し男にヒラヒラと手を振った。これ以上話すことはない、という風に。
そんな臨也の背中が小さくなったころ、中年男性は嫌悪露わに舌打ち一つ。


「喰えん小僧だ」


男性は臨也と逆方向に踵を返すと、その場を後にした。






影と本音の行進曲




「ホント!お人形さんみたい!!お肌もちょースベスベ!」
「亜梨栖って本名なんスねぇ・・・やっぱ親御さんが不思議の国のアリスのファンだからなんスか?」

ある意味、池袋最強といえるヲタクコンビに捕まった亜梨栖は、ずっと質問攻めにあっている。
助けてほしいと言わんばかりのアイコンタクトをキャッチしているものの、フルスロットルの2人に向かっていけば、自分も餌食にさえる。
それは断固拒否したいので、手を出しかねているのだが・・・・・

「渡草さん・・・」
「俺にふるなよ」
「門田さんがいないんです。となれば渡草さんの出番でしょう?」
「いや、俺には門田さんの代役は・・・ちゃんが助けてやれよ」
「無理だから、渡草さんにお願いをしてるんじゃないですか」

関わっていくと、自分も餌食にされることを重々承知している2人は中々2人に関わろうとしない。
そもそも亜梨栖ちゃんをヲタクの前に連れてきたことが間違いだった・・・
今更反省しても、後の祭り。いい加減亜梨栖ちゃんも可哀そうだし、助けてあげようと口をひらいたその時


「遊馬崎、狩沢。その子が怯えてるだろ、離してやれよ」


頭上から聞こえた声に、渡草とは同時に振り返り、またも同時に溜息をついた。
助かった、といわんばかりに。


「ドタチーン!見てみてこの子、チョー可愛いでしょ、お人形さんみたいに可愛いでしょ!」
「分かったから、ほら一旦離れろ」


えーと不満げな声を出しつつも、素直に亜梨栖を解放する狩沢。
解放された本人は、泣きそうな表情での傍に戻り、に背中を摩られている。
まぁ、悪い人たちではないが個性が強すぎるので、扱いなれないと”大変”なコンビだ。
それを上手に操って(本人たちが聞くと怒る)いる門田さんは、色んな意味で凄い人だと、今更ながら感心する。


「珍しいな。お前が池袋に来るなんて・・・」


それもこんな美少女どっから連れて来た。まるで私が亜梨栖ちゃんを誘拐したかのような口ぶりだ。
門田さんの視線に亜梨栖がビクリと肩を震わせ、怖がられた門田は帽子で少し目を隠す。
その様子を見ていた渡草さんが、ブハッと噴き出したので門田さんは無言で彼を咎める。


「ドタチンはね、見た目怖いけど優しいんだよー」
「そうそう。門田さんは無口お兄さんタイプを目指してるンすよね!」
「何の話だ・・・で?」


相手にしないのが一番、と言わんばかりに門田は達に視線を戻した。


「この子は跡部亜梨栖ちゃん、私の友だちです。池袋で遊ぼうと思ったんですが、私そういうのどうも疎くて・・・」
「そうなれば私たちの出番、だよね!」
「僕たちがよりディープな池袋の楽しみ方を教えるっス!」
ちゃん・・・やっぱこいつらに頼むの、間違ったんじゃね?」
「暴走しそうになったら止めてやる」
「頼りにしてます」


苦笑いを浮かべると、彼ら(ヲタップル以外)は任せろと言わんばかりに頷いた。







*****







『頑張ったねぇ』


とてもとても、心に響いた言葉だった。
大好きなお兄ちゃんに追いつきたくて、失望させたくなくて、背伸びし続けた。
背伸びし続けて、疲れて・・・跡部が重くなった。
もっと頑張れる、頑張れると言い聞かせ堪えていた時、聞こえてきたのが名前も顔も知らない人たちからの、陰口。


『跡部さん、最近暗くなぁい?こんなんじゃいつまで経っても跡部さまに紹介してもらえないじゃーん!』
『ほんっと!顔だけはいいのに、跡部様みたいに優秀じゃなくてさぁ・・・姫扱いされすぎんじゃん?』


心に突き刺さった。
その瞬間、何もかもがどうでもよくなってしまって。
でも、彼女たちに言い返すこともできなくて。
家の人たちにも、お兄ちゃんにも、部屋のものにも当たり散らして。


「お兄ちゃんなんか・・・跡部なんて大っ嫌い!」


言ってすぐ、後悔した。だって、お兄ちゃんが。あの自信満々のお兄ちゃんが、泣きそうな顔をしたんだもの。
気まずくてお兄ちゃんと数日顔をあわせない日が続いて、そして一人で電車に乗って・・・・痴漢にあった。
怖くて声も上げられなくて、何度も心の中で兄さまを呼んで・・・勿論、来てくれる訳もなくて。
色々な人と目が合って、助けて!って訴えてみたけれど、見て見ないふりをされるだけで。
されるがままの自分に腹が立って、悔しくて・・・
せめて泣かない、泣いてやるか!と必死で耐えていた時、さんと目が合ったんだ。


「え、本気ですか遊崎さん、狩沢さん」
「あったり前じゃない!こんな美少女ズを前にメイド服着させない手はないっしょ!」
「えぇ?!ここはロリータで纏めるべきでしょ?」
「メイド!」
「ロリータ!」


亜梨栖ちゃんの要望でゲーセンに行くことになり、6人はそれなりに楽しんでいた。
楽しんでいたのだが・・・・・・今だ言い合いを続ける遊馬崎と狩沢それぞれが持つモノを見て、はため息しかでない。
2人が持っていて違和感があるような、当たり前のような・・・・遊馬崎はパステルカラーを基調とした、フリルが沢山ついた服を。
狩沢は所謂ハウスキーパーが着用するレトロなエプロンドレスを(だがスカート丈はとても短い)掲げ言い争う。
始め、2人は記念にプリクラを撮ろう!と言い出した。
そこまではよかった。そこまでは・・・・私は2人が所謂一般人と違っていることをすっかり忘れていた。


遊馬崎、狩沢それぞれが深いこだわりを持っているらしく、と亜梨栖の魅力を最大限に引き出せるのはこちらだと譲らない。
この言い合いに決着が着こうが着かまいが、どちらかを着るはめになるに違いない。
今までの経験から答えを導き出したは、顔を青くし門田と渡草に助けを求めるが


「まぁ・・・いいんじゃね?(俺はロリ派!こないだルリちゃんも・・・以下省略)」
「何事も経験だろ(のメイド姿・・・・見たい)」


ケロリとした顔でそんなことを言うし、頼みの綱は一緒に被害に合いそうな亜梨栖ちゃんしかいない。
きっと、亜梨栖ちゃんも嫌がるだろうと踏んでいたのだが、彼女は少し恥ずかしそうに、でもはっきりと言った。


「どっちも着ましょうよ」


目から鱗じゃなくて、目から目が飛び出すかと思った。
亜梨栖の案に、それもそうかと2人が納得しそれぞれが一押し!という衣装を押しつけられ、更衣室へ押しやられた。
ピラピラぶわぶわのドレスに戸惑っていると、ドレスを握りしめていた亜梨栖ちゃんが思わず、という風に笑った。


「こんなこと・・・初めて」
「亜梨栖ちゃん?」
「ほらほら、着替えましょう!こういうこと中々経験できませんし」


どこか吹っ切れたように笑った亜梨栖を見て、は安堵の表情を浮かべ、ドレスに視線を戻す。
先程の優しい表情とは打って変わって、ともて暗い影を背負った表情になる。


「ね、亜梨栖ちゃんだけ着ない?」
「い、嫌ですよ!2人一緒だから、意味があるんですよ!」


確かに、亜梨栖にだけこの格好をさせるのは生贄を捧げたようで気が引ける。
池袋案内人として門田さんたちを選んだのは、紛れもない私だし・・・私が責任取らなきゃ!
は亜梨栖の手を取り、頷いた。


「亜梨栖ちゃんだけを犠牲にしないからね!」


後に2人のメイドとロリータ姿のプリクラ画像が、とある情報屋ととある妹想いの少年の携帯待ち受け画面になっていたり
とある喧嘩人形の携帯にひっそりと存在しているなど、本人たちは存ぜぬ話である。







*****






「んで?迎えに行くに行けず、連絡待ちっちゅーことか」


関西特有のイントネーションで、それも上から目線で喋る男に視線をやり、跡部はため息をついた。
この男は忍足侑士。不本意ながらも、同じテニス部で、同学年でもあるコイツ。
部活動はとっくに終了しているし、プライベートでとても仲がいいという訳でもないこいつが、何故我が家まで押しかけて来た?


「そんなん!亜梨栖ちゃんが心配やからに決まってるやろ?!もしかして・・・自分、心配してもらっとると思とんのか?」
「うぜェ」
「なんやと?!せっかく、ほんのミジンコでも心配してやったちゅーんに」


やれやれと肩を竦める動作に、本格的に苛立ちを感じ始めていると、ふと忍足は真面目な表情で俺を見た。


「その折原臨也ちゅー奴、ホンマに信用できる奴なんか?」


まぁ、跡部が直接見て会っとんなら問題ないかもやけど。そう俺に信頼を寄せているような発言をする忍足。
不覚にも嬉しく思いつつ、表情に出さないよう、相槌を打つ。


を覚えてるか?」
・・・・ああ、あの転校してったアイスドールのことか?」
「アイツがいた」
「いたって・・・・どういうことや?」
「折原。本人はそう名乗っていたし、戸籍も折原の性に変わっている。折原という名前で間違いはない」
「は?ほなら別人ちゃうの?」
「いや、アイツは本人だ」
「確信があるみたいやな・・・んで?そのアイスドールと”折原臨也”を信用することに何の関係があんねん」
「痴漢にあった亜梨栖をが助けたらしい。」
「ちちちちち痴漢?!亜梨栖ちゃんが痴漢におうたって・・・・許せん!」
「ああ、ブッ殺してやりてぇ・・・が、がスタンガンで制裁加えてる」
「最近の女子高生ってスタンガンなんぞ持ち歩くんかいな・・・跡部気ィつけや」
「そのセリフ、そっくりお前に返すぜ」
「けど以外やな。アイスドールが、が人助けやなんて・・・まぁ、のこと知らんし、お人形さんにも感情はあったちゅーこっちゃな」


違う。俺は忍足の言葉を心の中で否定した。
2年前のは他人は愚か、自分にも興味がなかった。表情のない顔、感情のない瞳。喜怒哀楽をどこかに置き去りにしたかのような無表情。
特別美人、という風貌でもないが整った目鼻立ちが相俟って、ますます彼女を人形めいたものに見せていた。
そんな彼女にいつしか付けられたあだ名、それがアイスドール。
そのアイスドールが2年間で、他人を助けるなどという行動を起こす人間になっていた・・・・・・この2年で一体何があった?
折原臨也・・・・・鍵を握っているのはコイツに違いない。

ブーッブーッ

突然、机の上の携帯が音を立て振動し、発光を始めた。
小さなディスプレイに表示された名前を、忍足が覗き込む前にソレをひっつかみ、素早く耳に当てた。

「亜梨栖か、今どこにいる?」
「え、亜梨栖ちゃん?!大丈夫なん?!」
「ああ・・・・分かった。すぐ向かう」

かわれ!と煩い忍足を無視し、通話を終了させると、その足で玄関へ向かう。

「ちょ、どこ行くんや」
「亜梨栖を迎えに行く」
「え?!亜梨栖ちゃん帰ってくるん?!」
「お前は来るな」
「・・・・・・・分かった。せやけど跡部、無理強いはアカンで?」
「ああ」

頑とした口調の跡部に不安を感じつつ、忍足は彼を見送った。








(2011.12.13)