4月
桜の花は満開で、まだ肌寒いとはいえずいぶん暖かさを感じる陽気な、上旬。
足立透は上司、堂島に命じられるがまま八十稲羽駅に向かっていた。
「今日から甥と姪が居候することになったんだが、俺は手が離せん。迎えにいけ」
頼み口調ならまだしも、命令口調かよ。
めんどくせえな、と思いつつずっとデスクワークしてるのも退屈で仕方なかったので、暇つぶしには丁度いい。
にしても、堂島さんの甥と姪って・・・多少は堂島さんに似てるんだろうか。
上司が10代に若返った姿を想像してみたものの、まったくイメージできず考えるのをやめた。
俺は言われたとおり、甥と姪だという10代のガキを迎えて、送り届ければそれでいい。
イジりがいのある奴らなら、もっと暇つぶしになって楽しいけど、都会からきたガキはすれていて面白くないだろうな。
それもそうと、堂島さんからどんなガキか―例えば一目で分かるような特徴等―聞いていない。
堂島さんを、10代まで若返らせたような雰囲気だったら一目瞭然だけど。
どうでもいいことを考えていたら、小さな駅舎が見えてきて人っ子一人いないロータリーに車を止めた。
腕の時計に目をやると、電車の到着時間より10分早い。
駅前だといっても、何もないので車の中で時間をつぶすしかない。
一服する気にもなれないし、なんとなくラジオをつけてみる。
地元市議員の秘書、生田目太郎氏の女性問題が取り沙汰されている件で、とアナウンサーは抑揚のない声で読み上げる。
ここ数日毎日のように取り上げられている、不倫騒動。
当事者の妻が激白した騒動は、目ぼしいニュースがないことと相俟って、一大スクープのように報じられている。
相手は、生田目の地元であるここ稲羽市の局アナウンサー、山野真由美。
こんなド田舎でも、まともな女アナがいたもんだと、応援すらしていた俺。
なんてバカらしい。女なんていうのはどこでも同じなのに。
権力に擦り寄って、金をせびって、骨の髄まで吸い取れば”はいさよなら”山野アナもそういう類だった、それだけ。
違う、山野アナはそういう人じゃない。
心のどこかで、囁く俺。それに耳を傾けてしまっている、バカな俺。
ショックなんだろうな。
他人事のように感情を分析し、結果直接本人に聴く事にした。
彼女は、不倫騒動で天城屋旅館に連泊しており、どういう経緯か分からないが、警察が身辺警護をすることになっている。
今日の警護担当は俺含め3人。めったにないチャンスだ。
もし、本当に不倫していたら?
もう一人の俺が囁いた。その問いに対する答えは用意してる、もちろん・・・
ふと、窓の外に視線を流し、改札口から疎らではあるが人が出てきている。
時計に目をやれば、ちょうど到着時刻を指していて。
「あ、まっずい!」
迎えにいったのに、会えなかったなんて洒落にならない。
堂島さんのげんこつ痛いんだよな、脳天に響くような痛さを思い出して身震いし、車から降りた。
改札口に向かいながら、辺りを見回すが10代らしき子の姿は見えない。
本当に、自分達の足で堂島さん家に向かってたらどうしよう。
なんて考えていると、大きな荷物を持った男の子と続いて女の子が出てきた。
2人はキョロキョロと辺りを見回しつつ、携帯で何かを確認している。
ダークグレイの髪色は、この田舎じゃ相当目立ってる。
服のセンスもかなりいい、悪い意味でもいい意味でも目立ってる。
それで顔が堂島さんを若返らせた顔だったら、爆笑する自信あるぞ俺。
とにかく、笑わないようにと自分に気合を入れ2人の元に向かう。
「君たち、堂島さんの親戚?」
まず、男の子が振り返った。
なんていうか・・・・イケメンだった。悔しいほどのイケメンがそこにいた。
堂島さんのコピーじゃない!ま、当たり前かなんて思っているとイケメン君が頷いて、口を開いた。
「足立さん、ですよね?叔父さんから聞いてます。わざわざお仕事中にすみません」
とっても礼儀正しい子だった。なんか、涙が出そうになる、なんでだ。
自分につっこみを入れていると、イケメン君の後ろから女の子が顔を出した。
イケメン君と同じ顔立ちではあるが、線の細さから女の子だとすぐに分かる。
女の子もイケメン君に負けないほどの、美少女だった。
ダークグレイの長い髪、アイアンブルーの瞳、どこか儚げな雰囲気を引き立てる、清楚なワンピース。
絵に描いた餅が絵から飛び出して、餅になった。
変な例えだけど、絵から出てきました。といわれても納得できるくらい、こんな綺麗な子。
「今日から堂島の家に居候する鳴上と、こっちが悠です。いつも、叔父がお世話になっています。」
一礼して、にっこり笑った。
華が咲くような、っていうのはこの子のような笑顔を言うんだ。
なんだこの子、まじで、かわいい、つか、可愛すぎないか、何なんだ!
俺の葛藤を知らず、鳴上ちゃんは楽しそうにニコニコ笑っている。
ああ、俺も挨拶しないと。でも、口の中がカラカラで喋れない、むしろ喋りたくない。
もっと、ちゃんの声聞いてたい。
何だそれ、おかしいだろ?むちゃくちゃ変態くさい。いや、男は誰しも変態で・・・・じゃない、挨拶。
「いや、お世話になってるのは僕の方。僕堂島さんの部下で、足立透って言いますよろしくね」
ちゃんがまた笑った。俺に、笑いかけた。
心臓が煩い、全力疾走した後みたいに煩くて、いくら深呼吸したとしても直りそうにない。
それに心臓を縄で縛られたような、ぎゅっと押しつぶされるような・・・何だこの感覚!
ちゃんが喋っていたり、特に笑ったりしたら余計酷くなる。
何だこれ、俺マジでどうしたよ、いやいや10も下のガキだよ、ガキに惚れるとか
「足立さん?」
どうやら俺は、鳴上ちゃんに一目惚れしたらしい。
aaa
「じゃあね?悠、。また1年後」
ウィンクして去っていた母親は、いつもと同じく綺麗でカッコよかった。
出発ロビーに消えてゆく両親を見送った兄は、隣でそれはもう大きなため息をついた。
疲れました、と顔に書くくらい疲れたらしい。
「悠、大丈夫?」
「ようやく嵐が去って、安心した」
「んも!そういうこと言わないの!」
そう言いながら、自分も疲れていた。
両親は小さい頃から仕事で忙しく、あちこちを飛び回る人だった。
家族は一緒のもの!それは母の絶対条件らしく、私達家族が離れたことは一度としてなかった。
結果、連れまわされたと言えば聞こえは悪いが、本当だから仕方ない。
その反、面良い経験もたくさんさせてもらっているから、不満はない。
ただ一つ、不満なのが。
「なんでいつまでたっても元気なんだ、母さん」
パワフル過ぎる母、それを後ろから見守る父。
位置が逆だと思う。昔悠が何気なく言ったら、男女平等について2時間ほど説教されていた。
父さんが物静かだから、バランスが取れてるのかもしれないけど。
そんな母の元で育ったからなのか、父が私達の世話をよくしてくれたからなのか
年のわりに落ち着いているとも、よく言われる。
客観的に物事を考える性格になれたのは、父のおかげだろう。
悠と私は双子。男女だから二卵性だけど、何もかも似てると両親も、自分達でも思う。
意見が別れたことがない。あわせるなんこと、両親か他人にしかしたことがない。
本当に二卵性なのか疑いたくなるほどに、一致する。一致しすぎる。
「、何かくだらないこと考えてるだろ」
疲れた顔のまま、呆れた顔をした悠はちょっと怖い。
まぁね、と適当な相槌を打って、早く行こうと促した。
両親が海外で暮らす間、私達は八十稲羽に住んでいる親戚の叔父の家にお世話になることになっている。
母の弟らしい。愚弟と漏らすわりには楽しそうに叔父さんとの思い出を語っていた。
ほぼ、弟をいじめる方法だったが。
とにかく、母の弟だからきっと色々と苦労して、気遣いできる素敵な大人に決まってる。
それより何より、私が一番楽しみなのは、その叔父さんには娘がいるということ。
妹という存在に憧れを抱いていた私も、何やかんやで世話好きな悠もとても楽しみにしている。
3時間かけて電車を乗り継いで、ようやく着いた稲羽市はド田舎だった。
写真でしかみたことのないような、田舎。
でも悪くなく、むしろ好ましいとさえ思う。
悠はどうだろう?横目で伺うと、ゆるりと頬を緩めているから、同じ気持ちなんだろう。
それぞれの荷物を持ち、改札口を出ようとしたら突然悠が立ち止まる。
予期しない行動に、は一回り大きな背中にぶつかる。
さらに後ろからぶつかられて、渋滞を起こす・・・・なんてことはもちろんない。
田舎っていいなあ、とどうでも良いことに感銘を受けていると、悠はポケットから携帯を取り出した。
電話ではなく、メールらしい。なんで改札口で?と思っていると、悠が軽く私へ振り返った。
「叔父さんからだ。迎えに来てくれる人がいるらしい」
叔父さんいわく、仕事が立て込んで迎えにいけないので、部下を向かわせたから乗って来いということらしい。
どのみち、自分達で探してたどり着く予定だったのだけども、それもお見通しらしく、遠慮はするなとの一言。
なんか・・・・母さんだ。母さんの強引さと比べたら、叔父さんに失礼だけど。
それに職場の部下を使うとは・・・職権乱用ですよ、叔父さん。やっぱり血は争えないらしい。
「迎えに来てくれる人、くたびれたスーツを着た若い男の人だって言ってた」
改札を出ると、案の定人一人見つからない閑散とした駅前にポカンとしつつ、お目当ての人を探す。
人がいない代わりに、ポツポツ停車してる車から、一人男の人が姿を現した。
絵に描いたような、だらっとしたスーツの着こなしの若い男性だ。
こちらにも向かってきていることから、あの人が叔父さんの部下で、私達を迎えに来てくれた人だ、絶対。
「刑事コロンボ」
噴出しそうになったのを堪え、悠をひじで突っつくが本人はシタリ顔を浮かべるだけ。
歳も、年齢も、だらしないスーツの着こなしも、コロンボとは似つかないけど。
猫背にして歩くのが癖なのか、それが昼行灯っぽく見せ、まさに彼!という風で、不覚にも笑いそうになった。
「君たち、堂島さんの親戚?」
とても優しい声だった。悠で姿が見えない。ヒョイと体をずらすと、思った以上に若い男性で驚いた。
何故か向こうも驚いている。そりゃそうだよね、同じような顔がでてきたらびっくりするよね。
挨拶してないのも、驚かせている要因だなと思い、いたって普通の挨拶をすると、足立さんはハァと間抜けな声を出した。
なんかボウっとしてる?そんなに長い間私達を待ってて、車の中で寝てた、とか?まだ寝ぼけてる?
首をかしげていると、足立さんははっとしていずまいを正す。
「いや、お世話になってるのは僕の方。僕堂島さんの部下で、足立透って言いますよろしくね」
当たり障りのない挨拶をしてくれて、にっこり笑った。
その笑顔がつい最近まで住んでいた、お隣の小さな男の子を彷彿とさせ、懐かしさに思わず頬を緩めると足立さんの笑顔が更に深くなった。
可愛いなんて言ったら怒られるだろうけど、可愛い。
手出すなよ。私が無類の可愛い物好きということを知っている悠が、耳元でボソリと言うので、そんな非常識なことしません!
との意味を込め、先ほどより力を込めてお腹にエルボーを見舞ってやった。
「じゃあ、行こうか」
そう言うと足立さんは、私達の荷物をヒョイと持ち上げ、遠慮しようとする私達が口を挟む隙も与えず、助手席に積み込んだ。
体躯に似合わず力持ちらしい。ボーっとしたままの私達に、乗るよう促すと先に運転先に乗り込んだ。
「鳴上くん達、双子?」
初対面の人は、必ず私達にそう質問する。足立さんも例に漏れず、プロトタイプらしい。
「「はい」」
何で同じタイミングなんだと、2人で顔を見合わせていると、足立さんはフロントミラー越しに苦笑いを浮かべた。
「双子って特別な何かがあるっていうけど、本当みたいだね」
「どうでしょう?テレパシーみたいなのは無理ですけど」
「でも意見が食い違ったことはないですね、怖いぐらいに」
「あははっ」
足立さんはとても気さくで、私達もすぐに打ち解けて3人で世間話に華を咲かせていると
悠が何かを思い出したように、はっとし足立さんに視線を投げた。
「足立さん、俺達叔父さんの家に入れるんですか?」
言われてみれば、私達は居候でまだ鍵はもらえてないし、叔父さんは仕事、まだ小さいという娘さんがいたら入れるけど・・・
悠に尋ねられた足立さんは、運転しながらポケットを漁り、左手で鍵を見せた。
「堂島さんから預かってるから、大丈夫。なるべく早くって言ってたけど・・まぁ被疑者の取調べが終わってないみたいでさ」
「被疑者って・・・叔父さんの仕事は?」
「聞いてない?刑事だよ」
「ってこては、足立さんも?」
「ああ、刑事だよ」
2人でむせ返ったのは言うまでもない。