2人を送り届けたら、堂島さん家には、娘の菜々子ちゃんと堂島さんがいて。
もちろん、僕はそこでお役御免。書類も色々残ってるし、アナウンサーの警備もあるし。


「じゃあ僕、署に戻りますんで」


かなり名残惜しいけど、仕事は山ほど。
ありがとうございました!って笑ってくれるちゃんが見えただけで、十分だ。
にしても、本当可愛い。一目惚れなんてとバカにしていたけど、なんつーか、アレだ。
恋は人を変えるって本当だ。さっきまで俺、山野アナ殺そうとしてたし。
今は本当どうでもいい、むしろ応援したい気分。
不倫なんて危ない橋渡って、社会的地位ぜーんぶ失っても一緒にいたいって思ってるんだから。
本気じゃなくて、遊びだったらそれこそご愁傷様だけど。


「足立、お前も食ってけ」
「は?いや、俺夜勤ですし書類もまだ・・・」
「こいつらの歓迎会だ、少しでも人数が多い方がいいだろ?夜勤まで時間はあるだろ、書類はまあ・・・気合でどうにかしろ」


部下になってから無茶苦茶なこと言う人だと、常々思ってたけど・・・思わず顔を引き攣らせていると


「足立さんが迷惑じゃなければ」
「ぜひ一緒に」


なんて言われたら、この先3〜4日ヘロヘロになりながら書類仕上げることになったって、座るしかないでしょう。
ああ、バカだな俺。つい数分前なら非合理的なこと絶対にしなかったのに。


「じゃあ、お言葉に甘えようかなぁ?」
「お前は飲むなよ、勤務中だ」
「分かってますよ」


堂島さんはビール、俺と鳴上双子はお茶、菜々子ちゃんはジュース。
乾杯をして、堂島さんが余計な気遣いは無用だとか、どっかのドラマから借りてきたセリフばかり言い
2人はその言葉に耳を傾けていて、菜々子ちゃんはつまらなそうにテレビに視線を送っている。
堂島さんって結構話長いからな。


「堂島さん、早く食べません?僕腹っぺこで」


もちろん、睨まれたのは言うまでも無いが、つまらない口上は終わりようやく目の前のご馳走にありつけた。
お寿司を食べていた菜々子ちゃんがビクリと体を震わせ、目が見る見るうちに濡れてゆく。


「わさび、入ってる」
「取ってあげる。どれ食べる?」


早速お兄ちゃんを発揮する悠くんを尻目に、隣で幸せそうな顔をしているちゃんを盗み見た。
よっぽどお寿司が好きなのか、頬を少し膨らませ租借し続けている。
それがくるみを夢中に齧るリスにそっくりで、思わず噴出すとちゃんが首を90℃回転させ僕を見て、顔を赤くした。


分かってる、それがお寿司を頬張っているのを見られて恥ずかしいから、ぐらい。
けどさ、その顔俺のこと好きみたいなんだよ、上目遣いとか誘ってる訳?
いやいやいや、落ち着け俺とにかく落ち着け。
惚れたっていっても一方的なもので、そういう雰囲気じゃないし、つか何考えてるんだ俺!
そんなグダグダ考えている間に、口の中をからっぽにしたちゃんが恥ずかしそうに言った。


「あ、えと・・・お寿司食べるの久しぶりで、つい・・・あの、おいしくて」
「いや、小食より沢山食べる子の方が健康的でいいと思うよ」
「足立さんって、気遣いできる方なんですね」


思わず笑みを零した、なんて言い回しがピッタリだ。
どこがどうなったら、気遣いに繋がるんだと首を傾げていると、すぐ近くでガチャンと食器と台が派手な音をたてた。
何かひっくり返したのかと、慌ててちゃんと距離をとるが、予想していた粗相は起こしていない。
なら音の正体は何だというのか、正面に置かれたコップを辿った先にはペットボトルのお茶。


にっこりと作り笑顔をして、はい足立さん。だなんて、お茶を入れてくれるのは、悠くん以外にはいない。
笑ってない、目が全然笑ってないよ。
そして据わった目が語っている、必要以上にに近づかないでくださいと。
十中八九シスコンだとは思っていたけど、結構重症パターンか、双子特有の俺たちは二人で一つっていうアレか?


「ありがとう、悠くん」


何の前触れもなく、突然親しげに下の名前で、それも嫌悪感を憶え始めた相手に、満面の笑みで呼ばれることの屈辱といったらないよね。
こんな嫌味で顔を引き攣らせるなんて、まだまだガキだ。
そんな直下型じゃ、世間は渡っていけないよ?


心の中で独り言を零し、ある程度世渡りを経験した大人らしく、俺は続ける。
自然な流れで、ちゃんの名前を呼べるようにするために。


「ほら、鳴上くんって言っちゃうとややこしいでしょ?だから、つい・・・ごめん、初対面でいきなり・・・嫌だったよね」


少し苦笑いすれば、完成。心の中でほくそえんでいると、慌てた様子でちゃんがいいえ!と強く言う。


「迷惑だ何てそんな!むしろ、呼んでほしいくらいです」
「おい、っ」
「苗字で呼ばれるの、ややこしいでしょ?名前なら確実、どこが悪いの?」


何もいえない悠くんは、じっと俺を見た、それも悔しさを滲ませながら。
ああ、楽しい。生意気なガキを虐めるほど楽しいことは無い、だって悠くん賢いんだもん、つい構いたくなる。
少し話しただけで、頭の回転の速い2人だと分かったが、悠くんはプラスねじくれている。
どちらかといえば、俺もねじくれた人間だ。所謂同族嫌悪ってやつ。
それに、ちゃんと仲良くなろうとしてるのを中断されるなんてさ、腹立つよ?いくら身内でも


「じゃ、僕はそろそろ。堂島さん、ごちそうさまでした」


ヒラリと手を上げた上司に会釈をし、まだ不機嫌そうなガキ、ちゃんと菜々子ちゃんにまたね、と言おうとすると
ちゃんが立ち上がり、玄関までと言い出す。
うわっ、何このサプライズ。本当、嬉しいかも・・・いやたったこんくらいのことで、喜ぶなんて中二かっつーの!
数分前まで中二だった俺が言うのもなんだけどさ。


双子の片割れ、露骨に嫌そうな顔してるし、俺も行くとか言い出したけど、ちゃんに止められた。
番犬も主人に止められれば牙を向けることもできない。ちょと大人気なかったかな?いや、でも楽しいからいいや


「これから何回かお邪魔すると思うけど、よろしくね悠くん」


もっと大人気ないことをしたけど、大人の余裕っていうのを君も習うべきだよ?
その意味を込めて言えば、彼は理解しているようで完全な火に油。
彼の中で俺は、ブラックリスト最上位に躍り出たはず。
しかし流石というべきか、思った以上に大人だった悠くんは笑顔を浮かべた。もちろん目は据わっているけど。


「いつでもいらしてください。と待ってます・・・って言っても叔父さんと一緒でしょうけど」


賢い奴がひねくれているとロクなことがない。
今実感した、当面の敵は悠くんでちゃんには彼氏がいないことを。
こんな調子の番犬がいたんじゃ、他がつけ入る隙なんてないはずだ。
まあ、障害があればあるほど燃えるっていうし?望むところだ。


「ありがとう。それじゃあ」


彼女と2人で玄関へ向かう。当たり前、という風にちゃんは外へ出て俺を送り出してくれる。


「今日はありがとうございました。本当にまた、いつでもいらしてください」
「こちらこそ。明日から学校でしょ?頑張って」
「はい。友だち、すぐできればいいんですけど・・・」


苦笑いを浮かべていてるちゃんは、どこか悲しげだった。


「何かあったら、話聞くから。伊達に歳重ねてないし、何か助言できるかもしれないし」
「足立さん・・・・やっぱり優しいですね」


ちゃん限定です、下心ありありです。なんて言える訳も無い。
この子かなり警戒心薄いみたいだし、お兄ちゃんがああなったのも頷けるな。
ま、敵だから同情してやんないけど。
名残惜しいが、もうそろそろ行かないと間に合わないし、仕事も終わらない。


「それじゃあ、また」
「はい、お仕事頑張ってくださいね」


これ以上見ていると、顔が赤くなりそうだったので慌てて背を向け、後ろでに手を振った。