「はあああ?!デー「しっ!しーっい!あいちゃん、声おっきいよ!」
慌てて彼女の口を塞ぐと、周りにいた部員が私達を見ていたけど、興味なさそうに練習に戻っていく。
ちらりと悠達の方に視線を投げるが、彼らはあいちゃんの叫びに気づかなかったらしく、楽し気にシュート練習を続けている。
胸を撫で下ろしていると、口を塞いだままの彼女が唸り声を上げ始め、自分の手が呼吸の邪魔をしていると気がつき慌てて手をどけた。
コホコホと咳き込んで涙目になりながら、鋭い視線を私に投げかけズイっとその大人っぽい綺麗な顔を私に近づけた。
「どういう経緯でそうなったか・・・・教えるわよ、ね?」
彼女の後ろにチラつく般若に怯えながら、テストが終わったら映画に行く約束をしたと話すと、般若は引っ込んだものの怖い顔で考え込んでいる。
「デ、デートじゃないからね?!チケットもらったからって、足立さんが気を使って・・・くれた、だけで・・・」
お腹辺りにズシンと、重い何かが落ちてきてモヤモヤした。
そうだよ、足立さんとはデートじゃないんだよ。だって、ただチケットが余っただけだし、もったいないし・・・見たい映画だったし。
特別な意味なんてないんだよ・・・なのに、どうしてこんな嫌な気持ちになるんだろう?
こんな変な気持ちになるなら、行かないほうが・・・・いいかな?足立さんだって、行くなら楽しみたいだろうし。
「やっぱりこと「わらないわよね?行く、わよね?」
断れない何かを感じて、壊れたブリキ人形のように首を縦に振っていると、彼女はよろしいとばかりにしっかり頷いて、私の手を取った。
ぐいぐい引っ張る先は出口。
「え?ちょ、あいちゃん、練習・・・」
「私達がいなくたって和気藹々としてるわよ。一条君に話してくるから、先更衣室行ってて!」
勢いに押されながらも、彼女に従い着替えて学校を出た。悠が不満げな顔をしていたけど・・・ご存知の通り親友には適わず。
これからどうするかと問えば、勇ましい歩みを止め振り返り、仁王立ちのまま腰に手を当て、右手で私を指差した。
「デートは週末でしょ?」
「だから、デートじゃないって!」
「あーもうややこしいわね!なんでもいいから、とにかく約束の日まで3日でしょ?」
今日はテスト明けの金曜日、土曜日を挟めば約束の日だ。
だから、何だって言うんだろう?
「とにかく、私に任せて私の言うとおりにするの!いい?」
「う、うん・・・?
よろしい!とにっこり笑顔のあいちゃんは可愛い、けど・・・・・凄みに溢れていて、思わず息を呑んだ。
そしてあっという間に2日が過ぎて、約束の日。
映画館まで足立さんが車を出してくれることになっていて、約束の時間に彼の家にお邪魔することになってるんだけど
メールに添付された通りの場所に向かうと、既に男の人が立っていて。
「足立、さん?」
ふと顔を上げた足立さんは、いつもの足立さんとイメージが違って・・・・その・・・かっこ、いい。
チノパンに革靴、黒のブレザーにシンプルなインナー。髪はいつもの通り無造作。
服装が変わっただけで印象って変わるけど・・・何ていうか、ズルい!ギャップがありすぎる。
母親の仕事を手伝うとき、色々なかっこいいお兄さんたちに会うけど、その人たちに負けないくらい、ううん!それ以上に・・・・
って!何考えてるの私・・・!で、でもかっこいいのは本当のこと、だし・・・うん。
「、ちゃん?」
名前を呼ばれてはっと我に返ると、思った以上の距離に足立さんがいて、反射的に後ずさった。
明らかに挙動不審なんだけど、彼は一切口に出さずに笑った。
「おはよう・・・じゃないか、こんにちわ、ちゃん」
「こ、こんにちわ!あの・・・お待たせしたみたいでっ」
「俺も今来たとこ・・・っつても降りてきたとこ、なんだけど。ざわざわ来てもらって、ごめんね?」
「いえ!大丈夫です」
ちゃんはいつものように、笑っただけだ。
たったそれだけなのに、俺の心臓はドクンと大きな音を立てた。
シフォンスカートからスラリと伸びた足、春らしいカーディガンにコーディネートされたシャツ。
薄く施された化粧は、ちゃんの魅力を最大限に引き出している。
いつもは"可愛い"彼女に"大人っぽさ"がプラスされて・・・・ありきたりな言葉しか思い浮かばない!
とにかく綺麗で、可愛いいんだ。
特に唇。思わずキスしたくなるような、むしろしてくださいと言わんばかりに、誘惑しているように見える。
「あ、の・・・やっぱり変、ですよね?」
「へっ?!・・・・えっと・・・、何が?」
唇に集中していて聞いてませんでした。とも言えるはずなく、尋ねるとちゃんは目に見えて肩を落とした。
「格好っていうか、その・・・お化粧・・・とか・・・・ごめんなさい!やっぱり着替えて」
「何で?すっごく可愛いのに?」
ちゃんなら何着ても、例え体操服だって・・・うわ、ブルマとか履いてたらたまんない・・・いや、今はブルマはおいとこう。
とにかくちゃんはかわい・・・・・待って。彼女、今の格好とか化粧とか含めて"自信なさ気"なんだよね?
てことは、普段はこういう格好してないってことだろ?・・・・・・もしかしなくても、俺のためにおしゃれ、してくれ、た?
そして彼女は俺の直球な褒め言葉に、顔を赤らめて背けてしまった。
う、そ・・・・だろ?これって、この反応って、まさか!
「友だちがやってくれたんですけど・・・・・そう言ってもらえるなら、彼女に申し訳が立ちます」
ですよね!
ちゃんが俺を好きなわけ、ないよね・・・・・・いい、はじめっから長期戦は覚悟の上だし。
今まで散々、邪魔もされてるし?ちゃんとデートできるって事実だけでも、万々歳なんだから。
とにかく、今は彼女とのデートを楽しもう。こんなに可愛い彼女を独り占めできるんだから、ポジティブになんなきゃ。
「じゃ、行こっか」
「はい!」
彼女を助手席にエスコートして、いざ出発。
沖奈までは小一時間程。車中で会話は途切れることなく、テストのことに始まり、部活、ちゃんをここまで可愛く仕上げてくれた友だちのことなど
一日中彼女が隣にいて、独り占めできるなんて。最高だろ?日曜日に休み取れるなんて・・・やっぱ日ごろの行いがいいからだね、うん。
でも、やっぱりというか・・・・・・・世の中そう簡単に出来てないらしく。
「悠?!なんで沖奈に・・・」
「どうしても買いたい本があって」
何食わぬ顔で、書店の紙袋を見せる双子くんはそれはもう、曇りのない笑顔でにっこりと笑った。
おい、その中身エロ本だろ。分かる、分かるよ同じ男だからね!稲羽じゃ目立つ君が堂々とエロ本買えないよね?
だから、その中身を今すぐ見せろ。見せなくてもハプニングと見せかけて引き裂いてやる・・・じゃないと、この腹立たしさは収まらない!
「2人は・・・・デート?」
「ちちちち、違うよ!た、たまたま映画に誘ってもらっただけで・・・」
それを世間じゃデートって言うんだよ、ちゃん。
そう精一杯拒絶されると・・・傷つくもので。それを分かって妹に言わせる兄はとんでもなく性悪で。
俺の日ごろの行いの良さにご褒美くれたんじゃなかったのかよ・・・もういい!俺は今後一切神とやらは信じない!
今まで絶頂だった気分はどこへやら。どん底・・・いや、奈落の底へと落ちた。
この流れは、あれだろ?"俺も行っていいですか?"だろ?空気読めなさすぎて、俺君の将来不安だわ。
頼むから!2人きりにしてくれないかな?っていうか、俺のこと認めたんじゃないのかよ?!
もう裏切るか・・・・世の中クソだな!
「じゃあ、俺も「あっいた!悠ー!」
甘ったるい声と共に悠くんの腕に絡みつく、女の子・・・・・つーか女連れで妹の邪魔しに来んのかよ?!
目を白黒させてる俺をよそに、ちゃんが驚いた声であいちゃん!と叫んだ。
待てよ?あいちゃんって、確かさっき話しに出た親友の名前じゃあ・・・・?
「んもう!いつまでたっても来ないから、電話してたのに!」
「は?エビ、俺は・・・・」
「今日、買い物の荷物持ちしてくれるって、前に約束したじゃん!?」
「いや、してな「した、よね悠?」
ちゃんとはまた違うタイプの、どちらかといえば美人な女の子あいちゃんは迫力たっぷりに詰め寄った。
「約束してたんだ」
「はぁ?ちが「そうそう!に言うの忘れてたけど、前から約束してたの」
否定する悠くんの言葉にかぶせて、約束を強調した彼女がこちらに目配せした。
ごめん神サマとやら・・・・俺、あんた信じることにするわ。
「そうか・・・約束なら仕方ないね?」
「足立さんまで何言ってるんですか!おれ「ほら、早く!今日はたっくさん買うんだから!ボサっとしてたら時間、もったいないでしょ?!」
ズルズルと引きずられる彼は、最後まで違うといい続けていたが後の祭りで。
「あいちゃん、元気だなあ」
苦笑いするちゃんに、俺たちに気を使ってくれたんだよ。なんて言っても分からないだろうから、言わないけど。
俺の中で彼女の株、急上昇だよ。かんなり、いい子!彼女は神サマ・・・もとい恋のキューピットはに違いない!
キューピッドがくれたチャンスをフイにしちゃあ、意味がない。初デート、何が何でも成功させてやる!
まだ2人を見送る彼女の肩を叩き、映画館へ促した。
「映画見て、普通に喋って、帰ってきたわけね」
「うん。楽しかったなあ・・・・あいちゃんも悠と約束してたなら言ってくれればいいのに」
これはなんかもう・・・・ため息つくしかないでしょ。
カマトトぶってるとかじゃない。もう全っ然分かってない。
微妙にグレる悠連れまわすの、大変だったんだからね。
色々空気呼んで、あんたらが行かなさそうな場所に行ったのに、双子の勘っていうの?
すぐとアダチサン見つけて、嫌がらせしまくるのかと思えばあっさりひくし。
アダチサンを信用してるけど、任せるのは癪に障るってこと?
ああ、面倒くさい!っていうか何で私が、こんなに疲れなきゃなんない訳?
親友の恋路の手助けしたいって思ったけど・・・・ややこしいことになってるとは。
思わずため息をつくと、が心配そうな顔をして覗き込んだ。
「あいちゃん、ため息つくと幸せ・・・いでで?!」
「知ってるわよ」
実際逃げてる気がしてるから、ちょっと腹立つんじゃない。
の緩みきった頬を力の限り抓っていると、エビと呼びかけられ、力を込めるのをやめた。
私をこんな風に呼ぶのは、一人だけしかいない。
「いじめてるんじゃないわよ、じゃれてるの」
「一方的にな」
可愛い可愛い、妹に危害を加える奴は許さない。ってことでしょ?
ちょっとした冗談じゃない、それくらいでそんな怖い顔しないでよ?
肩を竦めた私に、悠は大げさにため息をついて天を仰いだ。
「い・・・いたいよ、ひどいよ・・・あいちゃん」
赤くなった頬っぺたを摩って、か弱さを演出しながらも、きっちり私を責めてくる。
それ遠まわしに、わたしの頬も引っ張らせろって言ってるんでしょう?
まだ双子と出会って1ヶ月ちょっとしか経ってないけど、この2人の性格はほぼ把握してる。
天城って子と並んで、か弱いお嬢様系とか、悠に至ってはクールな都会イケメンなんて言われてるけど。
私の知ってる悠とは、とんでもない悪ガキなんだから。
ネチネチ絡みだしたは放っておくに限る。
そう学んでる私は、クールな都会イケメンに振り返った。
「で、おにーさまは何しに来たの?」
「ああ、愛しの妹にコレ届けにな」
まだブツブツ言ってる妹に、一枚の紙を手渡す悠。
頬っぺたを押さえながらもそれを受け取って、目に見えて顔色を真っ青に変化させた。
恐る恐る悠を見やる、その視線を受けてイイ笑顔、もとい寒気のする大人向けの作った笑顔を見せる悠。
の右手でプルプル揺らされている紙を覗き込み、合点がいった。
「英語、数学、古文・・・・赤点」
「どういうことか、説明してもらおうか」
顔を引き攣らせる、仁王立ちで立ちはだかる悠、その後ろでお腹を抱えて笑うあい。
張り詰めた空気に似合わない爆笑が響く中、は弁解しようと口を開く。
「むこうの生活が長かったから、なんて言わないよな?そのために、俺が見てやったんだから。
これで完璧!とか言って笑ってたよな、。
言い訳もさせない気らしい。ん?と、ほら言い訳してみろよと言わんばかりに笑った悠に、すいません。と項垂れるしかなかった。
aaa
「足立・・・そのニヤけきったツラァどうにかしてこい!」
泣く子も黙る鬼の上司に一喝されたって、このニヤけズラはどうにもならない。
意識してやってるもんでもないしね?無意識なんだから、どうにもできないでしょ。
なんて堂島さんに楯突く勇気はなく、すいませんと一応謝って一服をしに外へ。
禁煙、禁煙と煩い世の中の慣例に従って署内は禁煙、喫煙者にはやりにくいよまったく。
紫煙をくゆらせながら・・・・なんてたそがれてる場合か、俺。
そーだよ、ニヤけてますよ上機嫌ですよ。ちゃんとのデートが忘れられないんですよ!
初めて手繋いだしね。たったそれだけでニヤニヤしてる俺・・・・30手前で切ないね。
分かってるけど、嬉しいんだから仕方ない。色々な表情のちゃん見えて、ずっと二人きりでいられて。
まあ・・・邪魔はあったけど、腹立つこともあったけども。初デートにしては成功でしょ。
もちろん、このまま"いい人"ポディションで終わる気もない。
次のデートに向けて、色々と準備してるんだよこれでも。
いかにあの番犬くんを出し抜いて、もとい説得して自然に誘う方法とか・・・・まあ主にそれしか考えてないけど。
「会いたいな・・・」
デートから3日、社会人と学生の違いを痛感している真っ最中で。
気がつけば、こうして独り言を漏らしてる。自分が思う以上に、会いたがってるらしい。
かろうじてメールはできてる、けど圧倒的に足りない、ちゃん要素が。
かといってモヤモヤしていても、どうにかなるものじゃない。
戻るか。火を消して伸びをした時だった。
ポケットの中で携帯が震え始め、何気なく手に取って、落としそうになった。
小さく光るディスプレイには"鳴上"の文字。しかも着信。
嘘だろ、目を瞬かせてる間にも携帯は震え続けていて、とにかく電話にでた。
「はい、足立です」
ヤベ、声震えた。それより緊張しすぎ、俺。とにかく落ち着け、落ち着け!
平静装えと呪文を唱えていると、囁くようなボリュームでスピーカーからちゃんの声が届く。
『こんにちわ、鳴上です。今大丈夫ですか?』
「うん、どうしたの?」
『えと、その・・・あの・・・・』
ものすごく言いにくそうに、口ごもる彼女。
言いにくいことって・・・何だ、俺に言いにくいことって!
早く行ってくれ!と別の意味でドギマギしていると、意を決めたらしいちゃんがこう言った。
『数学得意じゃないですか?!』
「・・・・・・・・・・へ?」
間の抜けた声がでた。いやだって、今数学って・・・・何?
呆けている俺をよそに、切羽詰った様子で喋り始めた。
『は、恥ずかしながら赤点をとっちゃって!悠が教えてくれる、とか言ってるんですけど明らかにスパルタで!
この間理系だった、ってお話してたでしょう?だから、だから数学教えてくれませんか・・・・!』
高校程度の数学なら少しやったら思い出せる、はず。
勉強しかやらなかった学生生活、ナメんなよ。
テスト範囲と再試の日程を聞いて、勤務時間を計算して・・・よし、いける。
「うん、僕でいいなら」
『ほ、本当ですか?!あ、ありがとうございます』
「ところで、赤点とってるのって数学だけ?」
『・・・・・・・・え、英語と古文・・・・も』
「英語?君が?」
古文はともかく、海外生活が長かった人間が・・・じゃない、だからだ。
英文の授業なんて喋ることが目的じゃない、やたらと専門用語に分類して・・・とにかくまどろっこしい。
『テスト前に悠が教えてくれたんですけど・・・赤とっちゃったから拗ねちゃって』
「はは、悠くんらしいな」
ほんっと、ちゃんのことになると本性剥き出しだな、あの悪ガキ。
それが彼なりの甘え方らしい、ものすんごく分かりにくくて最近分かったことだけど。
「それじゃあ、今日から始めよう。9時くらいからでも、いいかい?」
『はい・・・あ、ごめんなさい。私何も考えなしに、無理やり頼んでしまって』
「無理やりなんかじゃないよ!」
『えっ』
うわ、力みすぎた。というより、ほぼ衝動で言ってしまった・・・・!
ほらちゃん困ってんじゃん、何か言え、何か言い訳しないと気まずいまま、会うことになるだろ。
「悠くんにいじめられるのは嫌でしょ、彼って結構・・・」
『俺が、何ですか?』
「う、わっあ!」
突然聞こえた当人の声に、思わず耳に当てていた携帯を離して、ガン見してしまった。
なぜ沸いて出る!とは口に出来ず、もう一度スピーカーを耳に当てると。
『俺が結構・・・何ですか?』
うん、君が根に持つタイプだってことも知ってるよ。
「どうでもいいじゃない、とにかく今日からしばらくちゃんのカテキョすることになったから、よろしく」
『は・・・?どういうことですか、それ』
「可愛いからって、いじめ過ぎるのよくないよ?ガキじゃないんだから、余裕を持って」
『・・・・あなたが言いますか、それ』
きっと携帯を耳に当てながら、しかめっツラしてるに違いない。
本音が口にできるようになったのは、いい傾向だと思うよ。腹は立つけどさ。
「まあそういうことだから、あんまちゃんいじめないでよ?じゃあね」
『え、ちょ、足立さん?!』
一方的に通話を切り、伸びを一つ。ニヤケ面といわれた頬をバチンと叩く。
これ以上何か言われて長引くと、ちゃんと一緒にいられる時間が減る。
彼女とは一分でも、一秒でも長く一緒にいたい。時間を共有していたいから。
「さーて、やるか」
とにかく今は、仕事終わらせることだけに集中しておこう。
ちゃんに会えるって思ったら、無意識にニヤけてしまうから。