ちゃんとの約束から一週間。
お弁当作ってくれるのなら、せっかくだしドライブしようと誘った俺・・・・・グッジョブ。
当日は快晴で、日差しが少し汗ばむくらい。ニュースで流れていた占いに目をやり、思わずニヤケる。
何をしてもうまくいくという、水瓶座・・・・やっぱ俺って日ごろの行いがいいから!
鼻歌でジュネスのCMを口ずさむのはご愛嬌。とにかく上機嫌で、堂島家の前に車を止め。
「おはようございます、足立さん」
「おはようございます!」
氷点下並みに下落した。何がって・・・・もう、色々と。
何食わぬ顔で爽やかな挨拶をする、愛しい彼女に良く似た彼。
泣く子も黙る上司と似ても似つかない、愛らしい菜々子ちゃん。いつもはツーテールの髪型を、お団子に纏めている。
彼女の手前、なんとか笑みを浮かべて挨拶をしたものの、心穏やかではいられない。
「今日はよろしくお願いします」
「えっと・・・・何?」
「皆で行ったほうが楽しいかなって思って・・・ダメでした?」
ちゃんの声に思わず振り返ると、彼女は髪をお団子にまとめ、サロペットを着ている。
今気づいたが、菜々子ちゃんとお揃いの髪型と服装。微笑ましくて、思わず笑みを零し指摘すると、本当の姉妹のように2人は嬉しそうに笑った。
「皆で行くほうが、楽しいじゃないか」
嘘を言うな俺?!悠くんから訝しげな視線を感じる・・・・・ああ、間違ってないよ、ちゃんと2人きりがいいにきまってるだろ?!
俺は君みたいな天然くんと違って、空気読める大人だから?
正しいことを言ったよ・・・・・クソッ、俺は二度と占いなんて信じない!
でもやっぱりちゃんが笑ってると、何故か俺も嬉しくて。
仕方ない、という心境で堂島家の子どもさんたちを乗せ、目的地へ車を走らせた。
着いた先はだだっ広い、海の見渡せる公園。どこまでも広がる青芝と空のコントラストが眩しい。
「いいところですね」
「でしょ?天体観測にも丁度いい場所なんだって。ちゃん星は好き?」
目を輝かせて頷く彼女に、なら今度と約束を取り付けようとした俺を遮ったのは。
「、荷物降ろすの手伝ってくれ」
「はーい!」
理不尽だ・・・・項垂れる俺をよそに、子どもたちは慌しくも楽しげに木陰と車を往復している。
悠くんがレジャーシートを広げ、菜々子ちゃんが持っていたバスケットを下ろした。
中からでてきたのは紙コップ、紙皿そして割り箸。
それらをテキパキと並べている間に、ちゃんが風呂敷に包まれた四角い何か、おそらく頼んでたものだ。
風呂敷の中から現れたのは、二段のお重。
おお、と思わず声を上げる俺に苦笑いし、一段目の蓋を開けた。
玉子焼き、タコさんウィンナー・・・は以前見かけたより、大分個性的な顔をしてらっしゃる。
カラフルな野菜炒め、ポテトサラダ、プチトマトなど、これでもかというほど、色々なおかずがぎゅうぎゅうに詰められている。
二段目には大きめな、いびつな形の楕円のおにぎり。
真っ黒な楕円の中心には目が二つ。某アニメに登場する、すすわたりらしい。
すすわたりが箱の半分を埋め、もう半分はサンドイッチとカップに分けられたいちごとキウイ。
「ちょっと悠と菜々子ちゃんに手伝ってもらいましたけど・・・・大方一人で頑張りました」
彼女には失礼かもしれないけど、想像以上の出来に驚かされた。
蓋を持っている指には、ところどころ絆創膏が巻かれていて。
きっと慣れない料理を頑張ってくれたからで・・・・ただただ、嬉しさと愛しさがこみ上げる。
「早速だけど、頂いてもいいかな?」
お茶を入れている悠くんを他所に、ちゃん自ら紙皿におかずとおにぎりを盛ってくれた。
「ど、どうぞ!」
緊張気味な彼女に笑みを漏らし、いただきますと合掌し、玉子焼きに箸をつける。
所々焦げてるようにも見えるが、そこがまたいい。
香ばしさが際立っているけど、味付けが絶妙で、幾重にも重なった卵の層がまたふわふわで。
「うん、おいしい」
「ほ、ほんとうですか?」
「無理しなくていいんですよ」
ケロっとした顔で失礼なことを言う悠くんに、必死に首を縦に振るちゃん。
妹命の彼が真顔で言うんだから、彼女は相当な料理オンチなんだろう。
でも食べられる、という次元じゃなく無難においしい。
ポテトサラダも、カラフルな野菜炒めは少し酸味があって、さっぱりしてていい。
食べ進める俺に双子はようやく、肩の荷が下りたようにため息をついた。
「菜々子、何がいい?」
「タコさんウィンナーと、卵と、まっくろくろすけ!」
すすわたりのおにぎりを見て、目を輝かせる菜々子ちゃんを微笑ましく思いながら、そのまっくろくろすけを一口。
中はゆかりの混ぜ込みご飯になっている。
「あの、足立さん・・・・本当に、大丈夫ですか?」
「うん。おいしいよ、本当。ありがと?!」
ふにゃりとした食感、乳製品のような風味と、人工的な香料。そしてゆかりごはんの風味。
絶妙にあいまって、なんともいえない風味をかもし出している・・・というか、単純に気持ち悪い。
思わず目を見開いて咀嚼を止めた俺を、ちゃんが不思議そうに見ている。
何だこれ、ガムじゃないな・・・・あ。ハイチューじゃないか、この食感!
ま、まさかちゃんが?!いやいやいや、まさかそこまで味オンチでもないだろうし・・・じゃあ、菜々子ちゃん?
いやいやいや、彼女はいたずらなんてする子じゃない・・・・・・・ということは?
「大丈夫ですか?足立さん」
「?!」
思わず口の中のものを、ちゃんにぶちまけるとこだった。
言葉の裏に激しい悪意と、とげとげしさ、そして嘲笑を感じる。
ここで中のものを吐き出して、ハイチュウだけを抜き取り、証拠だと突きつけることはできなくも・・・・ない。
だが今俺を不安げに見ている彼女の手前、それはできない。
なぜなら彼女は自分の手料理に不安を抱いており、俺が無理をしていないかしきりに気にしている。
ここでおにぎりを吐き出そうものなら、俺は口で大丈夫といいながら無理をしていた、と一瞬でも傷つけてしまうことになる。
もしハイチューを出したとしても、悠くんがやったという証拠はどこにもない。
それにこうしている間にも、ハイチューはどんどん小さくなっているのだ。
アメやガムを仕込まないところが、またなんというか・・・・・悪趣味にも程があるだろ?!
分かるかい、君にこの不快な味が!
ゆかりの爽やかな風味とご飯の微かな甘み、海苔の磯の香り、そしてハイチューの人工的な甘さと香り。
最悪だよ、ああ口の中が大変なことになってるさ!
よしんばこれを飲み込めたとしても、この不快感を洗い流すにはお茶が必要不可欠。
しかし目の前に置かれた紙コップからは湯気が立っていて・・・・何故熱いお茶にした!
くっそ、本当カミサマなんていない、世の中クソだ?!
ゴクリと喉を鳴らした俺を見て、悠くんがゲヘンッと不思議な咳払いをしたのは、気のせいではない、断じて!
今に覚えてろよ、クソガキが!
ハシが転がってもおかしい。とはよく言ったもので、ちょっとしたことでも笑いたくなるのが思春期・・・らしい。
が、まさに俺は今それを実感しているところだった。
青芝を体中にくっつけながら、ゴロゴロ転がって、腹をかかえて呼吸困難になるくらい、笑いたかった。
げふん、という咳払いにも取れる妙な音だけで済ませたことは、大いに褒めてあげたい。自分を。
「おいしーよ、お姉ちゃん!」
「ありがとう!菜々子ちゃん」
ニコニコ笑いあう妹達はそれはもう、可愛い。
問題はその奥でブルブル震えて、真っ青な顔で俺を睨んでくる大人。
せっかくの癒しが台無し。本当に、お願いですから本当やめてください。
今にも噴出しそうなんで。
俺はそっと視線を逸らし、彼を視界に入れないよう、噴出さないよう努めた。
まさかこうもあっさり、食べてくれるとは・・・・・上手く行き過ぎた感が否めない。
弁当箱の両端にハイチューを仕込んだものを、忍び込ませた。
足立さんのために作ったものだから、始めに食べるのは足立さん。
これだけ大きなおにぎりを取り分けるのに、わざわざ真ん中から取ったりしない。
両端のどちらかが足立さんに行き渡ると、その空いたところから次のものを取る。
取りやすいから。そしてもう一つの闇おにぎりは、俺が取ってハイチューだけ廃棄してしまえば、普通のおにぎり。
彼は聡い人間だから、俺がやったことは百も承知。それを言わないことも、分かってる。
分かっているから、面白くない。
これなら、他のものを入れてもよかったかもしれない・・・・例えば、ハバネロだとか。
耐え難いものの方が、それはもう泣いて呼吸困難になるほど笑えただろう。
そこは俺の"なけなしの良心"が働いたことは、理解いただきたい。
でもまあ・・・・楽しませてもらったし、ちょっと、ほんの少し哀れだからと2人きりにしてやることにした。
もちろん、牽制は忘れずに。
aaa
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまです」
両手を合わせた足立さんは、それはもうよく食べてくれた。
2個目のおにぎりから、何故か半分に割り出し、菜々子ちゃんがそれを見て、悲壮な顔をしたのはちょっとおかしかった。
その小さなイトコはというと、悠と2人でシロツメクサが群生している場所で、花冠を鋭意製作中。
器用に編みこんでいく悠を見て、菜々子ちゃんも負けじと必死になっていて。
その微笑ましさに思わず笑みが零れる。傍で見守る双子の片割れはもちろん、私の隣にいる足立さんも。
「ありがとうございます」
「・・・・僕、お礼言われるようなこと、言った?」
「突然人数増えたのに、快く頷いてくれて」
キョトンとしていた足立さんは、肩を竦め苦い笑みのまま、口を開いた。
「皆で来たほうが楽しい、でしょ?」
当たり前のはずなのに、胸の奥が変だ。
一瞬顔を顰めるが、今は考えないでおこうとその感情を押しやった。
「菜々子ちゃん、堂島さんと約束してたんですけど・・・・仕事で反故に」
「そういうこと・・・・ね」
「菜々子ちゃん寂しいはずなのに、お仕事頑張って。って堂島さんを送り出して・・・・」
「健気だね」
「もう少しわがまま言ってくれるようになったら、嬉しいんですけど」
母親を亡くして、娘を愛しているのに、素直に伝えられない不器用な父親。
あの年頃ならもっと、親に甘えて、わがままを沢山言って・・・・そう、なるはずなのに。
聡い彼女は、全てを飲み込んで笑顔で頷いてしまうのだ。
「私たちも両親が留守がちで・・・・・でも、私たちにはお互いがいたから、寂しさも殆どなかったんですけど」
彼女は違う。私たちが来る前は特に、たった一人で食事も済ませていたのだ。
一人では広すぎる、あの家で。
「もう平気でしょ、菜々子ちゃん」
「え・・・・・・・」
「家族が2人も増えたんだし、寂しくないでしょ。親とは違うけどさ、君ら兄妹みたいなもんだし、ある程度はカバーできると思うよ」
「だと・・・・・嬉しいです」
「じゃなきゃ、あんな笑顔できないでしょ?」
足立さんの視線の先には、花冠をかぶり満面の笑みを浮かべる菜々子ちゃんの姿。
こちらまで思わず、笑みを零してしまいそうな、そんな幸せそうな笑みを浮かべて笑ってる。
「僕、一人っ子でさ」
寂しそうな声色に、思わず足立さんを見る。
彼は表情も視線の先もも変えず、淡々と話す。
「友だち作るのも上手じゃなかったし、親は絶対的で怖いものだったから・・・・・ちゃんたちのような家族が、すごくすごく羨ましかった」
「足立さん・・・・・」
「他者との繋がりなんて、面倒でダサいなんて思って捻くれてたけど・・・・この歳になって、というより君に出会って実感したよ」
言葉を切って、彼が振り返る。
「大事なんだって。うーん、ちょっと遅いかな?」
「そんなことないです?!絶対、そんなことない!」
声を張り上げたことに、足立さんが目を見開いて、私も予想以上のボリュームに恥じ、慌てて口を噤んだ。
「・・・すみません」
「ありがとう」
「え?」
「ありがとう、ちゃん。本当に」
先程見せた憂いは一切、なくなりその代わりに温かい笑みが浮かんでいて。
私こそ、ありがとうございます。そう伝える代わりに、笑った。
その後悠たちと合流し、鬼ごっこを始め、思いつく限りの遊びを4人でおこない、時間の許す限り夢中で走り回った。