週明けには衣替えを済ませ、本格的な夏が始まる前に日本には特有の季節が到来する。


梅雨。


雨と曇天、じめじめとした空気はいつ体験しても、不快なもので。


「じめじめする」
「不快だ」
「流石帰国子女、2人そろって梅雨はだめか」


気を使ってくれた花村くんが、下敷きで風を送ってくれるけど、その風すら生ぬるくてじめっとしている。
へばる双子に女子2人も笑いを滲ませた。


「誰だって、梅雨は好きじゃないよね」
「うん。じめじめしてると気が滅入っちゃう」
「よし、なら放課後。気晴らし行こうぜ?」


自信満々にウィンクをした花村に連れられたのは、四六商店。
店内は相変わらず狭くて、駄菓子から雑貨までところせましと並んでいる。
顔なじみでもある、かえるっぽいおばちゃんが座るレジの壁。
そこに貼られた、文字。


「カキ氷?」
「そ。こうじめじめしてる時は、さっぱりしたもん食うのが一番だろ?」
「さっぱりって・・・・暑くないから、そんなに」
「食べ終わった後、寒いよね確実に」


千枝と雪子の冷静な突っ込みに、花村が身じろぎ双子を味方に引き入れようと、声をかけようとしたのだが。


「わあ!今年初カキ氷だー!えっと・・・・ここは宇治抹茶?」
「スタンダードにみぞれだろ」
「それも捨てがたいけど・・・・イチゴとかブルーハワイもいい!」
「どうしてそう、着色料のオンパレードが好きなんだ」
「あのジャンクな感じがいいの!」


類に見ない真剣な顔で、何味を食べるか相談している様子から、その必要はないらしい。
呆気にとられる3人を他所に、が笑顔で悠も心なしが嬉しそうな顔で、振り返った。


「みんなどの味にする?」
「やっぱみぞれだよな?」


3人はそれぞれにため息をつき、呆れを滲ませた陽介が言う。


「俺の分けてやるから、が食べたいやつ頼めよ」
「ほ、本当?!後でやっぱあげない、とか言わない?」
「どんだけ意地汚いんだよ、俺?!いわねえから」


結局が迷っている味、5つ――宇治抹茶、みぞれ、いちご、ブルーハワイ、レモンを注文した。


「なんか・・・絵の具のパレットみたい」
「目が覚めるような色、だな」
「あ、ちょっと待って。写メ撮るから」


氷の文字がおどる発泡スチロールのカップ、先がスプーンになってるストロー。
氷の山を崩しながら少しずつ食べる。
頭を襲う突然の鋭い痛みに、こめかみを叩いて足をバタつかせた。
これを食べると必ず起こる、アレ。


「キーンってする!」
「急いで食べすぎだ」
「これがまたいいんじゃない!」
「お。中々通だな、
「食べ過ぎるなよ?冷えて後が大変だから」
「鳴上くん・・・・・お母さんみたい」


千枝の悪意のない言葉に、ショックを滲ませる悠、それを見て笑いのスイッチが入る雪子。
彼女の隣では、バカ笑いにギクリとして微かに距離を置く花村。


「あんたら、仲いいねえ」


カエルにそっくりなおばちゃんが、にんまりと笑った。




「うう・・・・じめじめする」
「かき氷食べてたときは、元気だったのにねえ」


さっぱりしたのも束の間、振り出しに戻ったに千枝が苦笑いを浮かべる。
雨脚は弱くなっているものの、しとしと降り続く雨に自然と背中が猫背になっていく。
隣を歩いている悠も、猫背にはなっていないとはいえ、うんざりとしているよう。


「こんなで夏、乗り切れんのか?」
「考えたくないな」
「それじゃあさ!海水浴とかどうよ?菜々子ちゃんも誘ってさ」
「おお!里中ナイスアイディア!浜辺といったら・・・・ビキニだよな!」
「オヤジくさい」


夏の予定も立てつつ、何気ない話で盛り上りながら、帰り道を行く。
ふと顔を上げたとき、傘の間から見覚えのある顔に笑顔が浮かぶ。
の視線がそれたことに気づいた片割れも、その方向を向いて納得する。
声かけるだろうな、とうんざりしつつも放っておけずにの後についていこうとしたが。
一向に動く気配も見せず、それどころか声もかけないなんて。

おかしいと思うことが"おかしい"のだが、そんなことに気づけず俺はを覗き込む。

「どうかした?」
「え?あ、うん・・・・なんでもないよ!」


その動揺で"なんでもない"と言われても、説得力は皆無。
陽介達の方へかけていく妹を見送り、視線を足立さんの方へ向け・・・・無意識のうちに目を細めた。


足立さん一人ではなかったのだ。
清楚な女性と、肩を寄せ合って一つの傘におさまっていた。
一人用の傘を二人で使っているのだから、濡れないように密着するのは自然なことだ。
しかし遠目からでも分かる、二人の親密さにが声をかけることを戸惑ったのは頷けることで。


あれではが"彼女"だと思い込んでしまっても仕方がないだろう。
悠は思わずため息をつき、額に手をあてた。


「何やってるんですか」


恐らく、というか十中八九あの人は足立さんの特別な人じゃない。
とても愛し気に、溶けそうな表情で妹を見ているのだから、彼が大事なのは間違いなくだ。
あの手この手で、俺を出し抜こうとして、成功したり失敗したりしてるのだが。
彼も腐っても刑事、仕事の一環でああなっているのか、同僚なのかそれは分からない。


の反応を見るためにわざと、他の人と・・・ってことも考えられるが、と確実に会えるときにやるだろう。
向こうはこっちに気づいてないみたいだし、それも違う。
そう、問題はだ。あれを見て動揺したということは・・・・・認めたくない現実に、悠の眉間の皺が深くなる。


「相棒?」


訝しげな陽介の声に悠は彼らから視線を外し、じっと親友を見つめる。それこそ頭の天辺から、つま先まで。
値踏みされるようなソレに気づいた陽介が、警戒心露に何だよ?!と身構える。
悪い奴じゃない、むしろ実直でいい奴だ、情に厚い。
行き当たりばったりに見えて、実は石橋を叩くタイプ。
親友であることを含め"合格"ラインは越えている、越えているが・・・


「やっぱ陽介でも嫌だ」
「え、話全然見えねーんだけど?」


俺何か期待されて、すっげー呆れられてねえ?顔を引き攣らせる陽介に、気のせいだろ?とすっとぼけておく。
どちらにしろ、が傷つかなければそれでいい。いいのだが・・・・・とりあえず、の無自覚さをどうにかすべきだな。
見かけ上は何事もなかったように笑っているが、俺から言わせれば"何かが引っかかっている"ような顔だ。
その隣で身振り手振りで話す陽介。いつもの相棒であるものの、少しだけ浮き足立ってるようにも見えて。


ややこしいことに、ならなきゃいいが。


物語の語り部のように締めくくり、悠はそれ以上考えることをやめその輪に加わった。






aaa







ちゃんを見つけた。
時間帯的にも帰宅中だろう。
当然のようにお兄さんがいて、その隣にいるのは同学年だろう少年、その前に2人の少女。
学生には日常的な光景だろう、仲のいいクラスメイト達で帰宅するということは。
その日常に胸が痛むほど焦れてしまうなんて、ちゃん君は想像もできないだろう?


屈託のない満面の笑みを浮かべるちゃん。
あの笑顔は、いつも俺か兄である悠くんに見せていたものだ。
分かっていた、分かってはいたが・・・・・こんな小さなことでこんなに嫉妬してしまうなんて。


ちゃんは優しい、その優しさは特定の誰かに向けられるものじゃない。
平等だ。彼女の優しさには特別がない、初対面の人にでもその笑顔と優しさは与えられる。
分かりやすさで言えば、悠くんの方が分かりやすかった。
社交性があるように見えて、彼の実は排他的。
親しい者と、そうでない者に分けたがる傾向が見える。それは俺も同じようなものだけど。


だから分かりやすく、好ましくもある。同じ考え方だからかもしれないが。
趣味趣向が瓜二つだが、こうしたところでは間逆の2人だった。


他意はないことは分かっている、この集団下校はちゃんにとって日常なんだから。
頭では分かっていても、心はどうにも理解しようとしない。


お前は入れない


そうやって、足元で線引きされた気がした。
分かっていたことだ、いいや分かっていたふりをしていただけなんだろう。
俺は何一つ分かっていなかった。
年齢の差がどれほど大きなものか、環境の違いがどれほどの影響を及ぼすか。


自分じゃない異性に彼女が親しげに話しかけていることに、どんなに焦燥感を抱くか。
この歳になって、恋心がどんなに醜いものでできているか、知ることになるなんて。
それでも好きなんだから、どうしようもないんだけど。


「あの・・・足立さん?」


透き通った声に、足立は我に返り隣にいる人を見下ろし誤魔化すように笑った。


「すみません、ぼうっとしてしまって」
「ご気分でも優れませんか?」
「お気遣いありがとうございます。優しい方ですね」


照れたように俯いてしまった彼女は、初々しく微笑ましい。
そこには打算はなく、純粋な彼女故の仕草なんだろう、それくらい見分けられる。
俺を好ましく思ってくれてるのは嬉しいが、俺が欲しいのはこの人の気持ちじゃない。


見合いだと署長に強く推され尚且つ、失礼のないようにと重々言われた結果、紳士の見本のような振る舞いになった訳で。
柄にもないことをやったことが、どうやら裏目に出たらしい。
ため息をつきたくなる衝動を抑え、幾度言い聞かせたか分からない"仕事だ"を再び心中で繰り返し、彼らと反対側へ彼女を誘う。


これ以上彼らを見続けることは、例え仕事であっても耐えられなかったから。