「ナイッシュー!」


自分のことのように喜んで、掛け声を上る
美しい放物線を描いてシュートを決めた本人は、ガッツポーズでに応える。
一通りの流れを見ていたあいは、頬杖ついたまま憮然と呟いた。


「カレカノかっつーの」
「苛ついてるな、エビ」


すぐ傍で聞こえた声に、ビクリとして振り返ると制服のままの悠の姿が。
壁よりかかったまま妹と、ジュネス王子を見比べ小さくため息をついて、あいの隣に腰を下ろした。
それに不満を憶えたあいが、柳眉を吊り上げ悠を睨む。


「あれ見て何も思わないわけ?」
「・・・・何を思えって?」
「おかしいでしょ、の様子が!ジュネス王子はおいといてさ」


不満げにあいが漏らすのを、悠はアイアンブルーの瞳でたっぷり10秒見つめる。
居心地悪そうにあいが身じろいだところで、悠はため息と共に視線を逸らした。


「よく分かったな」
「分かるわよ、あの子毎日"アダチさん"繰り返してたのに、ここ2〜3日ぱったり止んでさ」


むしろ一緒にいるジュネス王子の話題が増えてきて。
何もジュネス王子こと、花村が嫌いな訳ではない。
あいが気に喰わないのはが"何も言わない"こと。
アダチさんのことで、何かあったのは明白。
彼と何かあったのか、彼に何かあったのか・・・・理由を言わないから分からない。


言い出すことを待っているものの、短気な性格故そろそろ限界で。
それで?とあいは不機嫌な表情のまま、悠を見上げる。


「何か心当たり、あんでしょ?」


釣り目のエビが更に釣り目にさせて、尋ねているはずなのに、確信めいた言い方で。
これは誤魔化せないと、悠は2、3日前に見た出来事をありのままに話した。
終始あいは黙り込み、悠の話に耳を傾けていたが話が終わるや否や、勢いよく立ち上がる。
悠が声をかけるが聞く耳持たず、と花村が親しげに会話しているにも関わらず、妹の腕をとった。


、ちょっと2人で話したいことあるんだけど?」


幸いにも表情は見えなかったものの・・・・額に青筋でも浮いてたんだろう。
花村がドン引きした表情で、連れて行かれるを見送っていて・・・・少し心配になった悠は2人の後を追う。
エビのことだから、手が出るって事も・・・いやそれはないよな、流石に。
浮き足立ちつつ、エビたちの後を追ってたどり着いたのは屋上。


「あ、あいちゃん?」


困惑する妹に開口一番、最近アダチサンとはどーなのよ?と直球を投げるエビ。
少し目を見開いたものの、は何事もないような笑顔を浮かべ、どうって?と質問を質問で返した。
その様子に俺は眉を潜める。
俺ならまだしも、が天邪鬼な受け答えをするなんて珍しいことで。
足立さんと女性が2人きりでいた以外に、何か決定付けるようなことでも見たんだろうか?
思考をめぐらせる俺を他所に、エビも怯まず淡々と質問を続ける。


「いつも話してくれたじゃない?アダチさんとメールしたこととか、色々」


そんな話題に上げるまで、頻繁にメールしていることに苛立ちを覚えるが、ここは見守るべきだと自身に言い聞かせる。


「最近メールしてないから・・・足立さんの話題がないと、変?」
「変に決まってるでしょ?あんた、最近どんな顔でいるか分かってんの?」


無自覚ではなかったらしいは、困惑気味に視線を伏せ、それを見たあいは額に手を当ててため息を一つ。


「何かあった、んでしょ?」
「・・・・私たちはね、目立ちすぎるんだって」
「目立ちすぎる?」


不可解な言葉をそのまま返すと、は自嘲染みた笑みを浮かべた。


「大人の、それも警察官が特定の、それも未成年と仲良くしていると"よくない"でしょ」
「・・・何、それ」


あいの呆然とした、それも苛立ちを隠さない声色に俺も大いに賛同したくなった。
頭では理解できる。どこの誰か、なんて一目で見れば分かってしまうような、狭い田舎じゃ噂が広まるのも異常に早い。
人目を気にする傾向にある、なぜかって?コミュニティが小さすぎて、些細なことでハブられてしまうからだ。
それに加えて"俺たちが目立ちすぎる"ねえ・・・・確かに、父親がハーフで俺たちは少し日本人離れしているが。


「誰に言われた」


容姿のことで、とやかく言われたことは一度や二度ではない。
心無い言葉を投げかけられた事だって、数えればきりがない。
けれど俺たちは、自分の両親のことが大好きだったから一度も負い目に感じたことはなかった。
だというのに、は明らかに"負い目"を感じている、いいや感じさせられたと言うべきか。


何事にもポジティブな考え方のを、こう思いつめさせたのは・・・・・許しがたいものがある。
俺が何を考えているか察したのだろう、は頭を横に振るばかり。
見かねたエビから睨みをきかされ、しぶしぶ引き下がると妹は肩を竦めた。


「的は得てるでしょ?近すぎる距離は足立さんのためにならないって・・・だから」
「距離を置こうとしてんの?」


言葉を先取りしたエビに、少し間をおいての首が縦に動いた。
あいつのこと、そんなに・・・・?これで無自覚って、鈍いにも程があるだろ。
唖然とする俺を他所に、エビが耳なじみのある辛辣な言葉をに突きつけた。


「それってさ、アンタが傷つきたくないだけじゃん?」


え、と言葉をダブらせる俺たちに、エビは淡々と今まで見たこともないような、大人びた表情で続ける。


「そんなこと、誰に言われたか知んないけどさ。要するに、アダチさんって人を自分以上に理解してて、距離が近い人に嫉妬したんでしょ?」
「ち、違「わないでしょ。んで、その嫉妬するのが辛くてアダチさん避けたんじゃないの?」


畳み掛けるエビには反論する暇さえなく、みるみる内に元気がなくなっていき、俯いた妹はぎゅっと心臓辺りを押さえつけた。
ここがね、と今にも消え入りそうな声でポツリと呟いた。


「何か詰まってるみたいにさ、ずっとモヤモヤするの」


初めてだった、足立さんのあんな顔。
誰かを思いやる眼差し、大人の男たる表情。それを引き出したのは、隣にいる綺麗な女性だった。
女の人が何か言うと、足立さんが笑顔で答え、女の人もおかしそうに口元に手を当てて。


女性は仕草も品があり、知性が滲み出てて・・・がさつで子どもっぽい私とは、大違い。
どこからどう見たって、お似合いの恋人でしかない。
それに比べて、私が隣にいたら・・・・兄妹くらいにしか思われないんだろうな、と考え始めたらなぜか2人を見ているのが辛くなった。


それからこの胸に巣食う"違和感"は広がり続けている。
例えるなら、一つの染みがジワリジワリと広がっていくような・・・・緊張している訳でもないのに、心臓がドクドク煩くて。
なんでこんな嫌な気持ちになるのか、自分なりに答えを見つけようとしたいたら、そこに現れたのが"例の女性"
間近で見れば見るほど、庇護欲に駆られる儚気な女性で。


彼女は足立さんの恋人と名のり、彼が大事だと愛しげに言い、同時に心配しているとも言った。


『田舎はね、ほんの少しの誤解が大きな、それも取り返しのつかない噂になるの』


そう切り出した彼女は、私たち双子の距離が近すぎることが、気になっているようだった。
オブラートに包んでいたとはいえ、案に迷惑だと言われたも同然だった。
叔父さんもお世話になっていて、かつ私たち自身もお世話になった。
だから家族のように親しいのだと・・・少し思い違いをしていたのだろう。


いくら恋人といっても、足立さんの交友関係に口出しはして欲しくない、ないけど・・・・悲しいかな、彼女の言うことは正論だ。
大人には大人の世界があるの、分かってね。と付け加えた彼女の顔はもう見ることは出来なかった。
その日から距離を置こうと、不審に思われないよう少しずつと思っていたけど・・・・やっぱり上手くいかない。
ぱったり足立さんの話題が途絶えたことが、そんなに不審だったんだろうか?
やはり恋人さんの言うように、私の距離は近すぎたんだろうか。


「アダチさんのこと、好き?」


思考の海に飲み込まれていた私を救い上げたのは、打って変わって優しい声色のあいちゃんで。
きょとんとしつつも、好きには間違いないのだから首を縦に振り、続いてかぶりを振った。


「わかんない。好きなんだけど・・・・なんだか、上手くいえないけど・・・嫌な気持ちになったりしちゃう」
「どういう風に?」


これでは小さい子そのものだ。ダダを捏ねる理由が上手く言えなくて、あいちゃんを煩わせてしまって。
自分の気持ちがこれほど分からないとは、17にもなって情けないやら、恥ずかしいやらで。
お腹に力を入れてないと、涙が溢れてきそうで。
黙り込んだまま再び頭を振るに、あいと悠は同じような表情で顔を見合わせた。


顔と同じように心の声も二人同調していただろう。
の鈍感さは筋金入りらしい。まあ・・・・今まで色恋沙汰から遠ざけてきた、自分のせいでもあるような、ないような・・・
ともかく!自覚させることが大事だと思っているのは、俺だけじゃないだろう。
しかしここまで辛そうに、まさに胸が張り裂けんばかりの言動をとられてしまえば、どうも強くでることができない。
それは隣にいるエビも同じらしい、先ほどまでの強気の姿勢はすっかりなりを潜めてしまっている。


どうしたものかと、を慰めるあいを眺めつつ思案していると、パタパタとこちらに向かってくる一つの足音が。
エビの目配せを受ける前に、自ら進んで足音の主を回れ右させようと突き当たりの角を曲がると。


「うおっ?!び、びっくりさせんなよ相棒!」


ユニフォーム姿の花村が。校内の心当たりのある場所を探していたんだろうか、若干息が乱れている。
俺たちの帰りが遅いから、心配して―何せエビの般若顔にドン引きしていた―様子を伺いに来たってとこだろう。
大丈夫なのかと、語らなくとも目がそう言っていて。
気持ちを整理するという意味で、時間が必要であるがすぐに元のに戻るだろう。
エビに任せようとだけ告げ、花村を連れてその場を去ろうとしたが、何故か花村は顔を顰めてしまって。


「どうした?」
「・・・・・俺、そんな頼りねぇかな?」


はあ?と思わず口に出すと、何故か花村が焦れたような表情でだってさ!と言い募り、俺はあっけにとられた。
相棒の表情が友だちを思う以上のものにしか、見えなかったからだ。
ややこしい、と頭を抱えたくなるのを抑え込み、冷静を装いつつ花村を宥めながら、ふと一つの提案が浮かんだ。


それが吉と出るか、凶とでるか・・・・荒療治だが、このまま進展がないよりは数十倍もマシだ。
俺はただ、世界でただ一人の半身に笑っていて欲しいだけだ。
誰の隣であろうと、幸せになるならそれでいいのだから。