「今日久々に足立さん呼んで、食事会しようと思ってるんだ」


今朝一番双子の弟から出た言葉に、困惑しなかったと言えば嘘になる。
どうして?と尋ねるのも今更過ぎて、は戸惑いつつも頷くしかなった。
好きなのか?と聞かれれば即答できる。
けれどそれが"特別"な好きなのか?と聞かれたら分からなくなってしまう。


足立さんはとっても素敵な人だと思う。
頭の回転が早いし、気配りも細やかで・・・・ちょっと悪戯っぽい側面がるのも知ってる。
恋人と名乗ったあの女性が、心配になる気持ちも頷ける。


「要するに、アダチさんって人を自分以上に理解してて、距離が近い人に嫉妬したんでしょ?」


嫉妬というんだろうか、この胸に掬った醜い感情を。いいや、嫉妬というには汚すぎて、みっともなさすぎて。
あいちゃんにも、悠にでさえも気づいて欲しくないこの気持ち。
自分で向き合って"名前"をつけるにはもっともっと難しくて。


会ってみれば、分かるかもしれない。
避けているから余計に気まずく感じているだけかもしれないし、それに彼女さんとのことも祝福したい、し・・・・
そこまで考えて、はお腹を押さえる。シクシクだろうか、チクチクだろうか・・・・痛むのだ。
どこも悪くないのに、食欲が消えうせてしまったり、物思いにふけってしまうなんて、経験のないことで。
誰かを想うたびそうなっているとが気づけるのは、もう少し後の話。


「今日バイトある?」


部活終わり、ダラけて体を休ませている陽介にタオルを渡しながら尋ねる。


「・・・・・・この後バイトまでやったら俺・・・・死ねる」


のタオルを受け取り、力なく答えた彼には笑みを漏らす。


「そっか・・・ちょっと付き合って欲しいことあったんだけど、やめておくね」


体休めてね。そう声をかけ、早く着替えてしまおうと踵を返すと、パシリと腕を掴まれグンと引き戻される。
振り返ると仰向けになっていた陽介が、いつの間にか上半身を起こしてこちらを見上げていた。
どうしたの?と首を傾げるに、彼は言いにくそうに視線を彷徨わせ、あんさ!とどこか頬を赤らめ言った。


「つ、付き合う!けど・・・・俺でよかったら、だけど」
「え?でも疲れてるんなら無理しなくても」
「無理じゃねーって!」


いつもに増して強い口調で言われたことに驚く―陽介も同じような顔をしていた―が、次の彼の言葉で笑みが浮かんだ。


と一緒にいると・・・さ、なんつーか・・・元気もらえるっていうか?だからいいんだよ!」


ちょっと恥ずかしくなったのは言うまででもない。
言った本人も少しだけ耳が赤くなっていたことが、更に羞恥を掻き立てて。
あいちゃんが悪態をついて通りかかってくれなければ、しばらくそのままだったろう。
ともかく!今日堂島家で叔父さんの後輩さんも交えて食事会をすることを伝え、陽介にも参加して欲しい旨を話す。
すると彼は少しだけ眉を潜めた後、あのさと神妙な声で言った。


「何か思いつめてねぇ?」
「・・・・・そう見える?」


質問を質問で返して誤魔化そうとしたのが、いけなかったのだろう。
そうじゃなくてさ!と陽介はもどかしそうに頭をふった。


「俺・・・そんな頼りない、か?」


違う!と咄嗟に叫んで、その予想外の声の大きさに自分でも驚き、彼にも余計な心配をかけていることに、少し自己嫌悪。
対処法が分からないから困っている、誰かに話すということも上手く出来なくて、余計にもどかしくて情けない。
何か掴めるかもしれない、そうこの後の食事会で・・・・・・・
ジャージを握り締めていると、ポンと頭の上に手が置かれは反射的に顔を上げ、ドキリとした。


例えるなら・・・・悠がよくする顔であり、足立さんから注がれる眼差しに似ていて。


「・・・話はいつでも聞くから、言いたくなったら言えよ?」


ニカッと彼の長所である人懐こい笑みを浮かべ、すれ違いながらもう一度の頭をポンと撫でる。


「俺、着替えてくるわ。下駄箱んとこで待ってる」
「・・・・あ・・・うん。ありがと」


手をひらひらさせる仕草も、陽介らしくては思わず笑みを零した。










急いで準備をして、帰宅の路についたはずなのに悠から再三の着信が。
何事かとかけなおすと、食材を買い忘れたという・・・・・・たまに詰めが甘いとこはお父さんにそっくりだと思う。
堂島家まで半分というところで、わざわざ引き返し2人でジュネスへ寄り、急いで堂島家へ。
足立さんが待ってくれている、それだけで浮き足立つのは変なことなんだろうか?
一瞬彼女さんの顔を浮かびそうになり、は慌てて首を振った。


今日くらい思い出さなくたって、いいだろう。
足立さんは上司の家にお邪魔するんだから、私たち2人に会うのが目的じゃないし。
そこまで考えてははっと気づく。どうして言い訳なんかしているんだろう?
そもそもこれは誰に対する言い訳なんだろうか?


「悪い、ペース配分考えてなくて・・・・疲れたか?」


タイミングよく陽介が声をかけてくれなかったら、またも考え込んでただろう。
大丈夫!と笑顔で返し、逆に彼の腕を掴んで引っ張る、まだまだ走れるということをアピールするために。
2人で息を切らして、言い合っているとあっという間に到着。


息を整えながら靴が一つ足りないことに首を傾げつつ、ただいまと声を張り上げて靴を脱ぐ。
お邪魔しますと声を張り上げたものの、ヘロヘロの陽介は荷物と共に玄関先に座り込む。
お疲れと声をかけていると、シュールなエプロン姿の悠がお玉を持ったまま登場。
顔をひきつらせる陽介に、悠がしれっと悪かったなと声をかけ、荷物を持って台所へ戻っていく。
何だあれ?と言葉なくても目で語る陽介に、エプロンのいきさつを話そうと口を開いたときだった。


「体調崩したって・・・・早く言えよ」


叔父さんの固い声色が耳に届き、は居間の方へ歩き出す。
もしかして仕事の呼び出しでは?と少し不安になりながらも、徐々にはっきりとする会話のやりとりに、相手は足立さんだと分かる。
どうやら彼は体調を崩してしまったらしく、行けないとのことで。
叔父さんを見ていたから、足立さんがどれだけ多忙を極めていたか想像に固くない。
一人で平気かと尋ねる叔父さんに、思わず恋人がいますよと告げそうになり、は慌てて口に蓋をした。


ついつい忘れそうになるが、足立さんは叔父さんの同僚で後輩なのだ。
プライベートなこと、それも恋人という大事な事柄は、ペラペラと喋られたくないものだろう。
叔父さんの口ぶりからすると、足立さんは独り身という認識だ。
飯はあるのか?食えるのか?と尋ねた叔父さんはふと、悠に視線をやりこう言った。


「悠が腕によりをかけた料理だ、俺たちじゃ食いきれん。今から持っていく・・・・・ごちゃごちゃ言ってねぇで、受け取れ」


一方的に電話を切り、悠に料理を詰めるよう告げ叔父さんは身支度を始めた。


「あ、あの!私が行きます!」


具合が悪いのかと思うといても経っていられない。
私が行ってどうにかなる話でもないけれど・・・・でも、会いたい。
しかし一人で行かせるには夜も遅いからと、悠の代わりに陽介が付き添ってくれることに。


「頑張れよ」


笑って見送りだした片割れの笑顔と、含みある言葉が気になるとこだけど深く考えず2人で家を出た。


「足立さん、って堂島さんの後輩なんだろ?・・・・・仲、いいんだな」
「うん、色々お世話になってるから」


静かに笑うの表情にドキリとした。
いつも俺たちといるときは、どちらかといえば"妹"という印象を受ける子どもっぽい感じ。
今隣にいる少女の雰囲気は大人で、それを引き出しているのが"足立"という懇意にしてる男で。
ソワソワと浮き足立つのは、嫉妬からなんだろうか・・・・その大人がきっと、の好きな奴。


小西先輩のことがあって、想いも告げられることもできなくて失恋してしまった俺。
しばらく引き摺るって予感があって、それを忘れるためだけに誰かを好きになることだけは、絶対にやめようと思ってた。
なのにはどんどん俺の中に入ってきて、それが嫌じゃなくて逆に彼女のこと知りたくて。
もっと一緒にいたいと感じ始め、はっきり自覚したのは2〜3日前のこと。


が一組の男女を見かけて、感情の抜け落ちた顔を見せたときだ。
その表情には嫌というほど見覚えがあって、が何を考えているか自分のことのように分かった。
何故って?理由は簡単だ、俺だからだ。失恋をした俺と同じ顔をしていたんだ。
一つの傘を分け合う、どこからどう見ても恋人の2人には目を細め、ふと笑った。
諦めたような、落胆したような・・・・・傷ついた表情で苦い笑みをみせた。


それを見たときの強烈な焦燥感と、胸がつかえそうな愛しさといったら。
俺ならあんな顔させない、とベタなことを考えてしまった自分に嘲笑が漏れた。
小西先輩を忘れるために、同じようなことを経験しているなら俺の気持ちを分かってくれる。
そんな打算的な感情を恋愛感情に都合よく摩り替えたのかと、何度も自分を疑った。
けど・・・・・今日のことでよく分かった。


本当はここにいるのが、すごく嫌だ。
足立って人にがあった時、すごく嬉しそうな顔をするに決まってるから。
好きになった人を、そう簡単に忘れられるはずがない・・・・・それに、あの傘を分け合っていた女性は恋人とは限らないし。
まあそう思っているから、は失恋したと感じているのだろう。
そもそもはっきりと自覚できてないみたいだし?・・・・・・鈍いにも程がある。


「あ・・・そこ右ね」


道を教えられ、ようやく我に返れば目的地間近のようで、アパートらしき建物が目に入る。
色々考えすぎてしまっていたせいか、ほぼ会話はゼロ。
らしくない、と舌打ちしたくなったがで色々思うことがあったのだろう、気にした様子もなさそうだ。
そのまま会話なく見ていたアパートに入り、外階段を上がって2階にさしかかった時だった。


「・・・・ご迷惑、ですか?」


女性の声に2人で足を止め、顔を見合わせた。
どう考えても世間話をしているような、穏やかな口調ではないから。
しかしこのまま踊り場でじっとしている訳にもゆかず、階段を上がりきってそっと顔を出す。


「あだち・・・さん?」


具合が悪いと言っていただけに、遠目に見ても少し疲れたような面差しで、心なしかヤつれた印象を受ける。
足立さんの正面、私たちには背を向けている人は女性・・・・・きっと恋人さんだ。
お見舞いに伺った、にしてはどうも雰囲気が違うような?
2人して首を傾げた瞬間、俄かに騒がしくなった彼らに視線を戻すと、恋人さんが足立さんの胸に飛び込んだのが目に入って。


ヒュッと喉が鳴ると同時に、何かが手の中から滑り落ちゴトリと鈍い音を立てた。
響く派手な音ではなかったけど、注意をひきつけるには十分すぎる音量で。


、ちゃん・・・?」


足立さんの驚いたような声色に、ビクリと肩が跳ねる。
何か言わなくちゃ、それより先にお弁当落としたの拾って謝らないと。
頭で考えれば考えるほど、体は一向に動いてくれなくて、2人を見ているのが辛くて視線を逸らす。


「あースンマセン。多少ごちゃまぜになってると思いますけど、味は変わってないっスから」


陽介がしゃがみ込んで弁当箱を拾い、苦笑いを浮かべる。
場の雰囲気が和んだことに、ようやくの金縛りも解け、彼と一緒に謝る。


「ごめんなさい・・・うっかりして手を滑らせちゃって」
「ああ・・・いや、うん。悠くんの料理が美味いのはよくわかってるし」


胸の中にいた恋人さんの肩を押して距離を置き、差し出されたお弁当を受け取る。
ふと視線を感じて、恋人さんに目をやり・・・・・後悔しすぐ視線を逸らす。
陽介と私にではない、私にだけ向けられた敵意とも言うべき厳しい視線に、身が竦んだ。
彼女に言われた言葉が脳裏を過ぎり、分かっていますとその言葉に心中で返事を返す。


「入れ物は後日、堂島さんに預けるから」
「はい・・・・・お大事に」


恋人さんにも会釈をし、すぐに踵を返す。それ以上彼らを見ていたくなかった、見ていられなかった。
平静を装っていられるのは陽介が、手をとってくれているからだろう。
一人だったら無様にドタバタと足音響かせて、走り去っているところだ。


大丈夫だ、と言わんばかりに少し力が込められた手が頼もしくて、温かくて・・・・気を抜けば涙が溢れ出そうだった。