「どうしたのよ、アレ」


エビが指さした先には、双子の妹のの姿。
いつも部活中ははしゃいでるし、積極的にゲームにも参加する。
それが今日に限って体育館の角に座り込み、腑抜けた顔のままそこにいる。


様子がおかしいに、いつもつるんでるメンバーも心配そうに声をかけるものの、あまりの腑抜けっぷりに手をこまねいていて。
その実、俺もどう手をつけていいものか、分かってない。
厳密に言えば様子がおかしいのは、足立さんのところから帰宅後。
原因は言わずもがな、であるが・・・・少し荒療治が過ぎたみたいだ。


泣きそうな顔をしつつ、隠そうとして無理に明るく務める
心配そうにしながらを見守る陽介・・・・・事情を知らなければ、2人の雰囲気は恋人そのものだ。
叔父さんも酔う前は、目を何度も瞬かせていたし。


どうしたものかと頭を抱えたくなる俺が、深いため息をつくとエビが怪訝な表情で俺を見上げた。


「何があったの?」


お見通しと言わんばかりの口調が恐ろしい。さあ、とおどけてみるものの効果はゼロ。
アンタねぇ?と呆れ返った声色に、どんな罵声が飛んでくるかと身構えてみたが。


「あの様子じゃ、足立さんに恋してる気持ち、自覚したんじゃない?」
「・・・・冷静だな、意外に」
「アンタに比べれば遥かにね?」


ニヤと口元を吊り上げたエビの背後に、悪魔の尻尾が見えそうだ。
俺の複雑な気持ちも全てお見通しって訳か・・・・一条にもその意気で向かっていけばいいのにな。
というのはさておき、彼女の言うとおり心情穏やかなはずがない。


心配なのはもちろんのこと、俺が余計な煽りを入れたことが原因で"ややこしい"状況を作り上げたようなものだ。
陽介が思った以上に直情的な猪突猛進型だったからか、足立さんが予想以上のヘタレだったからか、そもそも余計なお世話だったのか。
上げてみればキリはないが、時期尚早に物事を進めすぎた。


「恋心を自覚したのはいいけどさ。、告るつもりないんじゃない?」
「俺としてはもうしばらく、誰にも告白してほしくはないけどな」


場を和ませるための冗談も、エビには通じなかった。
汚物を見るような視線に、これは本当にダメだと本気で謝っていると締め切られていた扉が開く。
予想外の音に人間は反射的に反応するもの。コントのようなやりとりをしていた2人も例外ではない。


「陽介・・・?」


悠の声に反応した彼はヒラリと手を振った後、体育館に視線を巡らせ角に座り込んでいたを見つけると、当然のように足を向ける。
はらはらとした心地は2人共通のものだろう。じっと見守る彼らの視線を感じたのか、当人が顔を向けた。
陽介と2〜3言葉を交わすとは自分達の方へ、陽介は出口へ歩き出した。


「先に抜けてもいい?」
「ジュネス王子とデート、って訳?」
「デート、って・・・そんなんじゃないよ」
「じゃあ何?男と2人きりでいたら、そう思われても仕方ないんじゃない?例えばアダチさんとか」


エビがアダチサンと言った瞬間、はビクリと肩を揺らしきゅっと眉を寄せた。
名前も聞きたくないと言わんばかりの態度に、漏れるのはため息。


「アダチサンと何があったの?」
「・・・・もう少ししたら、言える・・・・と思う」


言わないつもりではないが、まだ心の整理が出来ていないのだろう。
俯いて泣きそうな顔で言われれば、納得はしたくないがするしかない。
待ってる、と憮然とエビが告げるとがほっと胸を撫で下ろす。


「・・・ありがとう」
「でも一つだけ、約束して。後悔しないよう行動しなさいよ?一番大事なのは、の気持ちなんだからね」


エビが自分の心臓に手を当てると、も目を瞬かせながら戸惑いがちではあるが、小さく頷く。
それを見届けたエビはの肩を押して180℃回転させ、背中を押した。
いってらっしゃい、の声にいってきますと答え、俺に視線をよこす。


「あまり遅くならないようにな?菜々子も心配するから」


肩を竦めてみせた俺に、は笑みを零し更衣室姿を消した。




「ありがとな」
「何よ、急に・・・・」
のこと、そこまで思ってくれて。ありがとな」
「フツーでしょ。友だちだもん」
「・・・・やっぱり俺、好きだわ」
でしょ?あーはいはい、もう聞き飽きたっつーの」
「エビ」
「何よ、話聞いてるでしょ」
「違う。エビのことが、好きなんだって」


え・・・・っと?ああ、そっか。親愛としての好きで、恋愛感情じゃない。絶対ね!
でも、コイツの言い方はややこしすぎるし、誤解を与える。だから、友だちとして忠告。


「悠、ちょっとしゃがんで」


何だ?といいながらも、背中を曲げて目線に合わせた瞬間、思い切り頬を掴む。


「あんた、ねえ・・・・ややこしいのよ?!いつか刺されるわよ、っていうか刺されなさいよ!」
「い、いひゃい・・・」
「若干トキめいちゃったじゃない、返しなさいよ?!それはあんたにあげるもんじゃないわ!」


あいが力の限り悠の頬を抓り、悠は何とか逃れようと精一杯抵抗する。
ぎゃーぎゃーと騒々しくしていたため、着替え終わったが通りすがりに、微笑ましいものを見るような視線を向けたことに気づかなかった。
もし気づいていれば・・・・・互いが互いに全力で誤解を解こうとしただろう。







恋をした。
何故過去形なのかって?それは、気づいてすぐに失恋したから。
"恋"はキラキラして素敵なものなんだとばかり思っていた。
実際、恋する乙女のあいちゃんは綺麗だし、とっても嬉しそうな顔をするときがあるから。
けど・・・・実際は違ってた。あいちゃん然り、陽介然り・・・・辛くて、痛い。
皆にも、悠にも沢山心配かけてるって分かってて、愛想笑いだけでも浮かべたいのに。


でもそれをすると彼が、足立さんとその恋人が脳裏を過ぎって・・・・・気づいたら笑顔が消える。
気を抜けば小さな子どものように、ただただ泣いてしまいそうで、誰かに縋ってしまいそうで怖くて、とっても情けなくて。
途方にくれていたら、稲羽で連れてってないとこに連れてくって、陽介が誘ってくれて。


「えっと・・・・いつもの自転車じゃないの?」


陽介が跨っているのはママチャリ。いつものマウンテンバイクじゃない。


「2人乗りすんならママチャリのが楽だろ?」
「え・・・乗るの?」
「お手をどうぞ、お姫様?」


なんとなく、差し出された手を掴むと優しくエスコートされ、後ろへ。


「なんか・・・・・・・しまんないね」
「高校生にはこれが精一杯だっつの!ほら、行くぞ」


足で助走をつけたものの、バランスが取れず蛇行する。
振り落とされる、と思わず背中を掴むと、そのまま掴んどかねーと落ちても知らねえからなー。
と呑気な声が聞こえ、落とされたくないので先程より強めに、背中を掴む。


午後から雨が上がる、天気予報通り午後には雨が止み、うっすらだが陽もさしてきた。
風邪は相変わらず湿気を纏っていて、爽快ではないけど、気持はいい。
草木についた雨の雫が、陽に照らされキラキラと真珠のような優しい光を放つ。
水溜りは鏡のように空を映しだし、黒ずんだ地面にところどころ蒼穹が織り交ざる。
鼻梁を擽るのは、雨上がりのアスファルトの香り。


梅雨は憂鬱な気分になりがちだけど、雨上がりは嫌いじゃない。
薄暗い雲から夕焼けが覗き、眩しさに目を細めていると、陽介が少し声のボリュームを上げなあ、と話を切り出した。


「もうすぐしたらさ、夏休みじゃん?」
「・・・その前にテストだよ?」
「嫌なこと思い出させてくれんなよ」


うんざりとした声にが思わず吹き出すのを聞こえ、陽介は前を向いたまま少し頬を緩める。
偽れるくらいには、余裕がでてきたらしい。本人には悟られないよう、何もなかったように会話を続ける。


だって赤、ヤばいんじゃねーの?」
「そ、それはあだ・・・・ううん、大丈夫!何てったって、私には優秀なお兄様がいますもの!」
「いやいや、相棒は俺で手一杯になる予定だから!」


何でもない話を続けながらも、俺の心中は複雑だった。
足立透という人間の存在が、の根深いところにまで入り込んでいる事実を突きつけられているから。
昨日は初恋を体験し、同時に失恋も味わった。本当に"失恋"なのか怪しいところだが、本人は思い込んでいる。
だから見たこともないくらい落ち込んでいて、海老原も双子の相棒も手をあぐねてたんだけど。
一番近いとこで好きな人が傷つくのを見てしまった俺は・・・・もう引き返せないくらい、気持ちが増したのを痛感した。


繋いだ手は冷え切っていて、唇を噛みしめて今にも泣き出しそうな彼女を見ていたら、守らなければと強く思った。
嫌味の一つでも残してやろうと彼らに視線をやり、俺は目を疑った。
足立さんが今にも飛び掛りそうな、鋭い視線を俺に向けていたから。
"向けられるはずのない敵意"に思わず眉を潜めそうになったが、ふと思い直し俺は唇を噛み締めた。


の片想いなんかじゃない、足立さんだってその実想っているのはすがり付いている恋人じゃない。
相思相愛だった。お互いが知らないのはおかしな話だが、分からなくもない。
はたった今恋心を自覚したばかり、足立さんって人は・・・・・よく分からないけど、間違うはずがない。
ただ心配しているだけで、俺を今にも殺したそうな顔なんてするか?大の大人が、ガキの俺を。


だからって俺が2人の誤解を解く義務もない・・・むしろ好都合だと思った。
卑怯だって言われてもいい、だって仕方ないだろ?好きなんだ、が。
足立さんって人に負けないくらい、いやぜってー負けねぇ。
俺だって・・・いや違う、俺がを守ってみせる、笑顔にしてみせる。


「で、陽介さん。今日はどこへ連れてってくれるの?」
「ん?海」
「何で、海?」
「ほら昨日、言ったろ?海水浴行こうって。その下見」


国道を挟んだ反対側は防波堤、つまり海。
目的地寸前で信号待ちになり、は後ろから降りて隣に並ぶ。
まだ気が早いんじゃない?と苦笑いを浮かべるが愛しくて、愛しくて。


「早いからって、悪いもんでもないだろ?」


平静を装ってそう答えた俺に、せっかちだねと笑う


「そこが陽介の長所だよね」
「俺の・・・長所?」
「うん。せっかち・・・・じゃない、用意周到なとこが」


思わず笑みを零すと、また頭を乱暴に撫でられ、髪だけ嵐が通った跡のようにボサボサに。


もやわっ毛だよな・・・悠にそっくり」
「遺伝子が一緒ですから?」
「ちげーねえ」


肩を竦めて、笑みを浮かべたその仕草が、何故か足立さんを彷彿とさせて。
シクシクとした痛みが胸を指し、また彼と彼女が脳裏を過ぎる。


「どうした?」


少しだけいつもを取り戻していたが、ふいに肩を落とし、ややあって口を開いた。


「陽介は、さ・・・その、」


口ごもり、視線を泳がせるがじれったくて、言ってみ?と先を促すと、何かを決めたように俺に視線をあわした。


「どうやって立ち直ったの?」
「立ち直った・・・・ああ、小西先輩のことか?」


直接的な言葉を使わなかったのは、彼女なりの気遣いだろう。
遠まわしな物言いは面倒だし、個人名を出すと何故かが動揺を見せる。
それがおかしくて、つい吹き出すとの目がこれでもかという程丸くなったが、すぐ怒りと羞恥を乗せた瞳に変わる。


「な、何で笑うの!こっちは真剣に!」
「や、分かってる、分かってるから・・・・・まあ、たちのお陰だよな」


始めは悠、そして、天城、里中・・・・・色々な奴の励ましがあったけど、一番大きな存在は""だ。
過去の恋を忘れるためには、新しい恋を始めることだと言われるが・・・・・忘れるために好きになったんじゃない。
小西先輩には想いを告げることもできなかったけど、それも思い出の一つだ。


「悠が一番の頑張ったで章、だね。私は何もしてないし」
「そんなことないって!」


予想以上の大声に恥て、視線を逸らすと奇妙な沈黙が降りる。
もう一度仕切りなおすよう、今度は適度な音量でそんなことないと口火を切る。


の笑顔ってさ、こう・・・人を元気にする力があるっていうか」
「そ、そう・・・かな?」
「腫れ物に触るような態度じゃなくて、いつも通りにしてくれたのもすっげぇ嬉しかったし。
そりゃあ、小西先輩のことふいに思い出したりして辛くなるときもあったぜ?けどさ」


小さく息を吐いて、改めてを見やる。
少しだけ腫れた目、うっすら浮かぶ隈・・・眠れていない証拠だ。
俺も体験したように、の頭はアダチって男とその恋人の2人の睦まじい姿が何度もリフレインしているんだろう。
自分の想い人の気持ちが、全て別の人に向けられているという事実は、心を引き裂かれるように辛い。


それを今が味わっていると考えると、いてもたってもいられなくなりふいにの頬に手を伸ばした。
ふいに距離を詰められたことに、驚いているものの拒絶はされない。
そのことに安心し、陽介は口を開く。


「俺、ほんとにの笑顔に救われたんだ・・・だから今度は俺が・・・・助けたい」


その言葉とともにの腕を軽く引っ張る。
予想にしたかった力に、の体はいともたやすく陽介の腕の中へ。
ビクリと震え、面を上げたと視線が絡み合い、陽介は笑みを浮かべ背中に腕を回して、優しくを抱きしめた。
愛しいものへ向ける特別な表情。いくら鈍いでさえ、その熱っぽい視線を理解できないわけではなく、さっと頬を赤く染めた。


「俺じゃ頼りねーかもしれねえけど、話し聞いたり、胸かすくらいできっから」
「・・・・ご、めっ・・・・」
「気にすんな?見えてねえから、しばらくこうしてろ」


好きだと言ってしまうのは簡単だ。というより、この行動が何を意味するか・・・・も少しは感じ取ってくれたらしい。
なら今はそれ以上の言動は必要ない。を余計に混乱させるのは避けたい。
何より腕の中で嗚咽を漏らし始めたに、自分の気持ちだけ押し付けたくはない。


好きだから臆病になる。
誰かの言葉が頭を掠め、ふと自虐的な笑みを漏らしたときだった。


、ちゃん?」


その声には聞き覚えがあり、腕の中のが震え、微かな力でも俺を押し返したのがその証拠だ。


「あ・・・だち、さ・・・」


殆ど擦れているのに、距離が近すぎて聞き取れた声色が切なくて、俺は思わず眉を顰めた。