「あ、だ・・・ち・・さっ」
一緒にいたガキが邪魔で、顔はよく見えなかったけど、声色で分かる。
泣いてる、彼女がちゃんが泣いてる。
分かった途端、体が熱くなるが打って変わって心はどんどん冷えて冴え渡る。
「何をした」
驚くほど冷たい声に、自分でも驚いている。なのに、体だけはずっと熱くて。
殴りかかりたい、けど殴るのはまずい、まずいと分かってるけど、このまま何も言わないで、黙ってられると。
何、するかわかんないよ?俺。
「ねえ、君。何をしたの?彼女に」
戸惑ってねぇで早く応えろよ、ガキ。
心中で悪態をつくが、ヨウスケとかいうガキは息を呑んで目を丸めるだけで、何も言やしない。
それどころか彼女の背に手を回したまま、むしろその手に力を込めたように見えて。
苛立ちが頂点に達しようとしていたまさにその時、腕の中にいたちゃんがあの!と擦れた声を上げた。
顔は見えないけど、俺に話しかけたのは間違いない。
たったそれだけなのに、荒んでいた心がほんの少しだけ、浮上する。
色々なことを棚に上げて、都合がいいのは百も承知のこと。
正直すぎる気持ちに、自嘲的な笑みが浮かびそうだ。
そんな葛藤を嘲笑うかのように、ちゃんが彼から離れ赤い目を擦り言う。
「な、何でもないんです。その・・・・目にゴミが入っちゃって!陽介はそれをとってくれて、でも痛くて」
「・・・・そっか。ははっ、ごめんねー?俺早とちりしちゃってさ!」
仮面を被るのは得意だ。いままでそうやって生きてきたから。
ちゃんに会って外せるかもしれないと、微かな希望のようなものを抱いた俺が・・・・バカだった。
ニヤリと俺は意地の悪い笑みを浮かべる。
「男は狼だからさ、気をつけなね?」
田舎は噂が広まりやすいし、特にジュネスの店長の息子である彼は、商店街の連中から敵意を向けられているし。
色々な意味を込めた言葉は、ガキには伝わったらしい。
不快感を露にしたガキの面を見れたことで、胸につかえていた何かがほんの少しだけ、スッとした。
意識的にちゃんの方を見ないようにしていたから、彼女がどんな表情で俺を見ていたかなんて、気づきもしなかった。
踵を返す俺に、刑事さん!とヨウスケくんの苛立った声がかかる。
首だけで振り返ると、ガキの視線が俺を貫く。怒りを隠さない目にまたも自嘲したくなった。
「もう、遠慮しないんで」
「・・・・・何の話?」
すっ呆けようとする俺に、彼は唇を噛み締め一層低くなった声で、何でもないっスと告げ、ちゃんの手を取った。
引き摺るような強引さに戸惑いつつも、彼女は俺を振り返ることなくヨウスケくんに歩調をあわせ歩き出していて。
「くっそっ!」
思わず悪態をついて、思い切り壁を殴ってしまったのは仕方のないことだ。
コントロールし兼ねる感情を爆発させるには丁度いい。
しかし・・・・何だ、この胸を締めるムカムカとしたものは。
腹の底から沸いて来る、訳の分からない苛立ちは何だ?
考えればすぐ答えに辿りつく。が、それには辿りつきたくなくて。
だったら逃げればいいだけだ。この苛立ちと不快感しか与えない感情を無視し、流れのまま過ごせばいい。
何も望まなければ、何の軋轢を生む事だってない。
簡単なことだ。ちゃんに会う前の自分に戻ればいい・・・・・ただ、それだけ。
aaa
花村に気分転換と託して、帰ってきたときは泣き腫らしてて、人選を誤ったと心から反省したが、そうでもなかったらしい。
目元はビックリするほど腫れてるが、表情は穏やかそのもの。
100%いつもの、って程じゃないけどほぼ戻っていて、今朝とは大違い。
更に驚かされたのは、陽介の目が今にも噛み付きそうな程、怒りに染まっていたことだ。
何があったと驚く俺に、陽介は嫌悪を隠そうともせず一言、刑事とぶっきら棒に告げた。
・・・・・何やらかしたんだ、あの人!
俺よりよっぽど温厚な陽介怒らせるって・・・・流石足立さん。
そうして相棒は最後の最後に、衝撃の一言を残していった。
「俺、のこと好きなんだ・・・もう、遠慮しねぇから」
陽介ってのはちゃらんぽらんに見えて、実はものすごく真面目で、ものすごく気がきく。
一途っていうより、猪突猛進型。一回好きになってしまうと、その人だけしか見えなくなるタイプ。
心のどこかで、小西先輩のことを忘れるためにを想うおうとしてるんじゃないか、なんて思ってもみたが。
陽介の目を見る限り、その欠片もないようで。
一緒に過ごす機会が増えていたし、距離が縮まるのは必然。恋慕に変わるのも時間の問題だとは思っていたが・・・早いな。
というか、確実に足立さんのせいだ。あの人が煽るから、単純な陽介も乗っかってしまった・・・・簡単すぎて眩暈がする。
ものすごく癪で不本意だが・・・・例の人に話を聞く必要がある、な。
しぶしぶ電話をかけてみれば、これまた長めのコール音。
一切無視をするつもりなら、着信拒否にするだろう。あの人ならやりかねん。
色々な意味ではっきりしてる人が、拒否にしていないということは、心のどこかで期待してるってこと・・・なんだろう。
『はい』
電話口に出たはいいものの、今まで聴いたことのない声色に疑念が沸く。
しかしこのまま黙っているわけにもゆかず、口を開く。
「こんばんわ足立さん。鳴上です」
『どうかした?悠くん。あ、堂島さんならまだ帰れそうにないよ?』
「いいえ、あなたに個人的な用件です。今よろしいですか?」
『俺に?何かなあ・・・・っても、まだ仕事中だから。そんな急ぎ?』
「はい、できれば今すぐ話したいです」
『・・・・・・・分かった、ちょっと待って』
後ろで聞こえていた喧騒が、遠ざかっていくのが分かる。
とりあえず、話は聞いてくれるらしい。ややあって、お待たせと言った彼に直球を投げた。
「足立さんと一緒にいた女性・・・あの方は恋人ですよね?」
『は・・・・何、いきなり』
「質問を質問で返さないで下さい、イエスかノーで十分でしょう」
『・・・・彼女、というか。お見合いした』
「はあ?」
『おえらいさんのお嬢さんと。25歳で美人、高学歴、料理も上手い』
こんな淡々とした人、だったか?何もかもが、どうでもいいって言いた気な雰囲気だす人、だったか?
あんだけにぞっこんだったのに、お見合い?何だそれ、何があってそうなった?
『大人の都合ってやつさ。でも、いいと思うよ。文句なしの可愛いお嫁さんだし、また中央に戻れるかもしんないし』
「好きじゃないんですか」
『・・・・結婚ってのは、それだけじゃ無理なんだよ』
「好きっていうのが大前提でしょう。相手の人にも失礼だ」
『君には関係ないだろ?』
思わず携帯を耳から遠ざけ、ガン見してしまった。
誰だこの電話に出てる奴。本当に足立さんか?
呆然としてると、聞いてる?と冷めた声が耳に入り、困惑しながらも受話器に耳を当てた。
『もう君も安心だろ?ああ、でも気をつけたほうがいいよ。ヨウスケくんが妹ちゃんに、手出してるから』
「陽介?」
『大変だね、あんな可愛い子を妹持つと。ま、俺には関係ないか。そんじゃ、切るねー』
「え、ちょ、足立さん!」
本当に切りやがった。もう一度かけても電源が入っていない、と返ってくるばかりで。
ちょっと待て、整理しよう、うん。
「っていうか、見合いって何だ」
そもそもそこが分からない、多分が変になる前に見合いして、それを知ったがショックうけてああなった、てことか?
いやいや、それ知ったら大喜びでのとこ帰ってくるだろ、むしろソレが狙いで見合いの話受けたんじゃ?
の話になると、打算の権化のようになるあの人なら、きっとあり得る。
結構単純な人だ。が好きっていう気持ちを中心に行動してたから、好きでもない人と見合いできるような人じゃない。
そんな時間あったら、と過ごしたいなんて本気で考える人だからな。
で?何がどうなって、陽介と足立さんがいがみ合う様な自体に発展したんだ?
手出そうとしてるっぽいから?いや出してるよ、しばらく前から。
そういや放課後2人きりで出かけた、よな?送り出したのは、間違いなく俺だ。
もしかしなくても・・・・・2人でいたとこを見て、勘違いしたとか?
いやいや、大人しく眺めてるタマじゃないだろ。絶対邪魔しに行くだろ。
待て、邪魔するなんてどうして考えられる?
俺ならまだしも、見知らぬそれも同年代の奴と仲良さそうにしていたら・・・・・勘違いもするか。
それで・・・・に確かめる勇気もなくて、仕方なく見合いしたのか何か知んないけど、そのままズルズル・・・ってことか?
じゃあ・・・・・・・何か?
が他の男と仲よさ気にしてるとこ見て、諦めの境地に達した?
え、そんな打たれ弱い人・・・・・だったのか。人は見かけなんかじゃ判断できない、ってのは分かるけど。
それにしたって、打たれ弱すぎじゃないか?!完全に自暴自棄じゃないか。
「め、面倒くさ!」
確認もしないで、決め付けて諦めたのか、あの大人!
は足立さんからではないが、その恋人と名乗る女性から牽制されて身を引いた。
というより、あんな言い方されれば下がらずにはいられないだろう。
そもそもの原因は・・・・・お見合いとヘタレなあの人だ!
陽介・・・・・はだめだ。収拾どころか増々悪化させる。
天城と里中・・・・・もっとダメだ、恋愛経験値が少なすぎる。
そうなれば頼れるのは、ただ一人。
『何、どしたの?あたし、まだあんたに怒ってんだけど?』
女王様然、とした声にため息が漏れそうになるのを押さえ、開口一番謝罪すると、更に怪しまれた。
『気味悪いわね、あんたが素直なんて』
「のこと、だ」
『・・・・まあいいわ、話して』
何だかんだ言って、こいつもが好きだからな。やっぱり頼りになる、うん。持つべきものは女友達だ。
と他男2人に起こった出来事を端的に告げると、深いため息が耳に止まった。そうして一言。
『ばっかじゃないの?!面倒くさっ!』
激しく、それはもう激しく同感だ。見てみないフリをしてしまいたいほどに。
「そっとしておくか?」
『それなし?!放っておけるわけないでしょ!』
「・・・・・ですよね」
何度目か分からないため息に、幸せ逃げると思いつつも、つかずにはいられなかった。