「拒否権なし。で、ついてこようとしてるジュネス王子。と2人きりで話したいの、ついてこないで」


放課後、どこからともなくやってきたあいは、有無を言わせず呆然としているの手を取る。
それを止めさせようとした陽介を、牽制することも忘れずに。
されるがままのは首だけ振り返り、心配ないという意味も込めて陽介に笑いかける。
納得してない不満気な顔をしたものの、それ以上引き止めることはしなかった。


無言のまま連れて行かれた先は、屋上。抜けるように青い空が、眩しい。そして暑い。
定位置になっているフェンス傍に行くと、私を座らせあいは立ったまま、で?と促した。


「アダチサンとどうしたわけ?」


ドストライクもいいとこ、変化球なんてまどろっこしいことが嫌いな彼女からすれば、カードはそれしかないんだろうけど。
なんとなく彼女を真っ直ぐ見れなくて、フェンス越しに広がる運動場を眺めながらポツリと口にする。


「・・・・分からない」


恋愛感情で好きなんだと気づいたのは、つい最近のこと。
けれど足立さんには将来を約束した女性がいて、2人はとてもお似合いで。
入り込む隙は寸分もないことを、見せ付けられた。
諦めるしかないという状況を見せられたというのに、気持ちは増すばかり。
気持ちを打ち明ければ、少しはこの苦しさが薄れるかもしれないが、その勇気もない。


上司の姪。以前のように親密でなくとも、2人きりでなくとも今までのようにできればそれでいい。
そのはずなのに、どんどん欲張りになる自分がいて。


「結局、逃げてるだけじゃない」


2、3日前にも同じ言葉を言われたっけ。正論過ぎて苦い笑みしか浮かんでこない。
向き合う勇気がなくて、のらりくらりとかわしつづけて結果を先延ばしにして。
以前なら足立さんと会えるのが、楽しみで嬉しくて仕方なかった。
だというのに、今は顔を見てしまえば恋人への嫉妬心で目の前が真っ暗になってしまいそうで、恐ろしい。


唇を噛み締めて俯くに、あいは深いため息をつくと親友の手を勢いよく引いて、強制的に視線を上げさせた。
あいが怒っている表情なんて、日常茶飯事でその顔はとっても怖い。
けど今日はどこか違って見える。表情は至って冷静なのに、感情だけ怒りが頂点に達していて。
なんだかまっすぐ見てられなくて、また逸らそうとしたら、逃げてんじゃないわよ、と予想以上に強い力で両頬を包まれた。
栗色の瞳が、情けない女の子を映し出す。


「好きなんでしょ?アダチサンが。その彼女に嫉妬してんでしょ?」


その通り。顔を逸らしたくても逸らせないし、それを口にする勇気もない。
だんまりを決める私に、淡々とあいが続ける。


「何よ彼女の一人や二人くらい。奪ってやりゃーいいじゃない?」
「そっ?!そんなこと!」
「何勘違いしてんの、何恋に夢見ちゃってんの?いーい?恋愛ってのは温かくて、楽しくて、綺麗なものだけじゃないの。
自分だけを見て欲しい、誰にもとられたくない・・・・そんな独占欲と嫉妬で一杯になるの」
「あい・・・も?」


恐る恐る、という風に尋ねるに思わず噴出し、掴んでいた頬を離して鼻を摘んでやった。


「そおよ!あんたとは違って、片想いに年季が入ってんの」
「2ヶ月くらいしか変わらないじゃん」
「っさいわね、細かいことはどーでもいいの!想いブツけてないのに、諦めるって・・・・・らしくないでしょ?」


もう顔を逸らすことはないと思って、離してやったのに。
は今にも泣き出しそうな顔を隠すよう、俯いてしまった。


「だ、だって・・・・あんな、大事そうに」
「大体、アダチサン本人から恋人だって聞いた訳?」
「ううん、そうじゃないけど」
「じゃあ恋人じゃないかも」


この時見せたのポカンとした表情といったら。それに追い討ちをかけるよう悠が口を開いた。


「お見合い相手らしいぞ?まあ、足立さんが優柔不断なだけで、先方は縁談まとめる気らしい」


だから恋人のように振舞っていたんじゃないかと、悠が口にするがは信じられないと首を振るばかり。
最近分かったことだが、こう頑固なのは、鳴上兄妹の特徴的な性格だ。
色々柔軟なのになんでこう、変に融通利かないとこあんのよ。
はあと深いため息をついた私を、不安そうに見上げまた視線を彷徨わせた。


「歳離れてるし、私ガキだし、料理もへたくそだし、バカだし・・・・望みなんてないもん」


一旦言葉を切ったは、彷徨わせていた視線を私に固定する。

「でも、でも・・・・!好きになっちゃったんだもん、好きで、好きで・・・・どうしようもないくて!
こんな辛いなんて思ってなかった・・・・・なかったことにしたいけど、できないの!消えてくれないの!」


初めて会ったこと、道の途中で荷物を持ってくれたこと、2人で沖奈に出かけたこと、4人で行ったピクニック。
些細なメール。学校で何をしたとか、職場で何があったとか、空が綺麗だったとか、ご飯がおいしかったとか。
勉強を教えてもらって、救いの手を差し伸べてくれた。
サボりグセや不精なとこもあるけど、それ以上に一緒にいるのが楽しくて、本当に時間を忘れてしまうくらい楽しくて。


「こわい。あの人が本当に特別な人だったら・・・・・・・」


ほんとうに、邪魔をしてしまうかもしれない。
そんなことしたくない、のに。嫌だ嫌だと、駄々を捏ねている心の声を無視しきれなくなっちゃう。
嫌われたくないのに、嫌われてしまっていいから、足立さんの隣をとらないで!


「だったら、ちゃんと確認しなさいよ。もし違ってたら、望みはあるじゃない?だいじょーぶ」


聞いたこともないような、優しい声に顔を上げると満面の笑みを浮かべたあいが、その場にしゃがんで私の頬を指でつついた。


「フられたら、ちゃんと慰めてあげるから。カラオケでも、ショッピングでも・・・・学校サボってもいいから。どこでも付き合ったげる」
「それ・・・あいがサボりたいだけじゃ」
「しっつれいね、サボったらヤばいんだから!でもだから、特別」
「じゃあ・・・・学校サボらないように、遊んで・・・・ふっ・・え・・・・あい!」
「あーはいはい、泣かないの!昨日も泣いたんでしょ?それ以上泣いたら干物になるよ」


口では突き放すようなことを言いながら、抱きついてきたを邪険にせず、泣き止むまでずっと撫でてやった。
足が痺れてきた頃には、いい加減泣き止め!と怒鳴ってしまったけど、は笑っていた。


「ありがとう、あい。私・・・今から、行ってくる」
「ん。いってらっしゃい」


勇気をくれてありがとう。
温かい手に背中を押され、屋上を後にしもどかしいばかりの階段を駆け下りていると、2階に差し掛かった踊り場に一つの影が。
慌しい足音に顔を上げた陽介は、私だと分かると驚きに軽く目を見開き、けれど何かを悟ったのだろう、優しい笑みを見せる。


「・・・あいつんとこ、行ってくるんだろ?」
「うん。好きだから・・・ちゃんと伝えてくる」


赤くなった目を細め、満面の笑みを浮かべる
悔しいかな。その笑顔を引き出しているのは、引き出せるのは自分ではないと思い知らされた。
今の自分にできることは、胸に抱える想いを伝えるのではなく、彼女の背を押す事だ。
やわっ毛の髪を乱暴にかき混ぜ、いってこい!と文字通り背中を押すと、文句を上げつつも最後には小さな声で、ありがとうと言った。


伝わっていたのならそれでいい、今の言葉が全てだ。


「分かってたんでしょ?には王子さまがいるんだって」


より微かに高い声色に振り返ると、海老原さんが呆れた表情で俺を見ていた。
案にバカだと言われている視線を浴びつつ、肩を竦める。


「いたって王子が逃げてちゃ、俺にだってチャンスはあるかなって」


確かにね。今度は海老原さんが肩を竦め、俺の隣に並ぶ。


「間に合った?」


真剣な声色で尋ねられれば、はぐらかすわけにもゆかず。けれど苦い笑みは自然と零れ落ちた。


「アウト、だな・・・・けどまあ、俺はが笑ってりゃあそれでいい」


ゆるゆるとかぶりを振った花村は、梅雨の晴れ間を見上げ笑う。
うまくいくといーな、と。
そーね。と間延びした声で返事をする海老原も、彼に倣って空を見上げた。






aaa






「こんにちわ」


俺としては愛想の良い笑みを、浮かべたつもりだったんだけど。
振り返った大人は、これ以上ないほどに顔を顰めてくれ、何事もなかったかのように歩き出すから、慌てて腕を掴むと睨まれた。
今までにない以上の険悪さを孕んだ、鋭い目で。
荒れてるな、と思わずため息をついていると、何?と会話する気のないような、冷淡な声に思わずたじろぐ。
今までのこと全部なかったことのように、のことを全部忘れようとしてる。本気で。


「お話があります。もちろん、付き合ってくれますよね?」


触るな、話しかけるな、放っておけ。
そんなオーラを出してるのは分かっている。分かってるからこそ、引く気はないけど。
鋭さを孕んだ瞳が、掴まれている腕を一瞥したので、逃げないのなら手を離します。と告げると忌々しいと言わんばかりに、舌打ちをし手を振りほどいた。
逃げる様子はないから、一応約束は守ってくれるらしい。
この人実は相当、面倒くさい人なのか・・・・・ため息を呑み込み、さっさと本題に入ることにした。
でないと、目の前の人が爆発してしまいそうだから。


「昨日に会いましたか?」
「ああ・・・・・ようすけって子と一緒にね」
「泣いてたでしょ?」
「目にゴミが入った、とか言ってたよ」
「ほんとうに?」


彼女にそっくりな切れ長の瞳が、探るように俺を見つめる。
居心地悪い。最っ高に居心地が悪い。
何故って彼女と、昨日のヨウスケって奴がチラつくからに決まってるだろ。


「妹ちゃんが言ってたんだから、間違いないでしょ」
「それ誰ですか。俺の妹はです、鳴上。妹ちゃんなんて名前じゃないです、何で今更」
「どうだっていいだろ、君には関係ない」


はあと深いため息に比例するよう、苛立ちが募っていく。
何なんだこのガキ、俺に何をさせたい?まさか言葉遊びがしたいだけ、って訳じゃないだろう?


「その言葉、軽々しく口にしちゃダメですよ」
「説教なら帰るよ」
「そういうことじゃなくて・・・ああ、面倒くさい?!いいですか!」


突然声を張り上げた悠くんに、ビクリと体が震える。
何だこのガキ。こんなむさくるしい感じの奴だったか?あ、忘れてたけどこいつ堂島さんの血縁者、だったか。
前言撤回、納得。ただスかしてるだけで、本質はむさっ苦しい奴なんだ。


が泣いていた理由、よく考えてください」
「何で俺が・・・・」
「いいから考えろ!頭脳派なんだろ、また中央に戻りたいんだろ、面倒くさがってないで頭使え!」
「おいガキ、いい加減に」
「いい加減にするのはアンタだろ?!が他の男と一緒にいたぐらいで、諦めるのか!そんな中途半端な気持ちだったんですか?!」


中途半端、だと・・・・・?お前に、何が分かる?
積み重なった苛立ちが、今にも崩れてしまいそうだ。落ち着け、落ち着け俺。
呪文のように言い聞かせ、離れようと踵を返すと痛いくらいの力で腕を掴まれた。


「あなたは!ちゃらんぽらんですけど、根は熱い人じゃないか!
俺たちと、といたときの笑顔は嘘じゃなかったはずです!が他人とあんな風に楽しそうにしてたの、初めてだ」
「え・・・・・?」
「あいつ自分に無頓着なんですよ?なのに精一杯お洒落してみたり、メールだって不精のくせに、携帯がいつ鳴るかそわそわしたり」
「ちょ、ちょっと待ってよ意味が分からない」
「俺たち家族が反対したことは一度だって、やらなかった。そのが反対押し切って料理まで始めて・・・・もう分かるでしょう?」


それって、もしかしなくたってちゃんは、俺を?


「俺の話を信じるも信じないも、これからどうするかも足立さん次第です」
「ちょ、ちょっと」
「大事なものは大事だと、欲しいと意思表示してください!どんなにみっともなくったって、いいじゃないですか?!」


驚かされたのは、俺だ。
感情の起伏がなかった子が、俺のことを邪険にしてたあの悠くんが。
息を切らして、声を枯らさんばかりに叫んで・・・・・なんでそんなに必死になれるのさ。
これだからガキは嫌いだ。さも自分が正しいと声を大にして、押し付けて。
鬱陶しい、煩わしい、俺はそういうの大嫌い、反吐が出る。
でも、でもさ。今回は、というかこれからはそうすることにするよ。


「話は、それだけ?」
「足立さんっ?!」
「俺行くとこあるから・・・・ちゃんに、会いに行くから」


その時の悠くんの顔といったら。鬼のような形相が、まるで憑き物が落ちたようにボウっとしちゃって。
そういう顔もできるんだ、と素直に口にしてみたら真っ赤にした顔を90℃回転させ、手を振り払った。乱暴だな、もう。


「ありがとね」

面と向かって言うのは癪で、今更過ぎて羞恥もあった。
すれ違いざまに言ったから、彼がどんな顔をしていたか分からないけど、呟くように返ってきた言葉は、優しさに溢れていた。

を、頼みます」