昼休み。生憎の雨で屋上には行けず、教室で食べようといつもの5人で机をくっつけていると。


「悠先輩、先輩!」


ドア付近から呼ばれ振り返ると、強面な長身の男子生徒の姿が。
アッシュに染め上げたオールバックの髪、スカルのランニングシャツ、耳にはいくつかのピアス。
他身に付けているアクセサリーも、とにかく"いかつい"。
クラスメイトは、巽完二だヒソヒソし始めたが、本人が睨みをきかすと、そそくさと捌けていく。
うんざりしたように舌打ちをして、ため息をついた完二は5人の元にやってきて、礼儀正しく挨拶をした。


「ちーっす!あと先輩らも」
「おまけみたいに言うなよ。変なとこ雑だよな、お前」
「珍しいね、ちゃんと学校来てるなんて」


陽介の突っ込みはスルーして、出席日数っつーもんがあるんスと、千枝ちゃんの問いに面倒くさそうに顔を顰めた。
この強面の男子生徒は、一級下の巽完二という。
中学生のときに、母親が寝られないとかで暴走族を一人で潰して、伝説になったとかなんとか。
叔父さんにお世話になったことから、その親戚の私たちを気にしてくれたことがきっかけで、仲良くしてる。
始めは何の決闘の申し込みかと思ったけど、話してみるととってもいい子で。
顔は怖いけど、中身は素直で優しい子だし、何といっても手先が器用で、ぬいぐるみなど作るのがそれはもう上手い。
実家が染物屋をしてることから、裁縫全般も得意で、料理、特にお菓子を作るのに長けている。
本人は、強面ながらそういう趣味を持っていることがコンプレックスのようだけど。


私たちの母親の秘書、ミッキーはネイティブアメリカンで、ガタイも格闘家並だけども。
その容姿からは想像もつかないほど、ハイセンスなデザイン画を描くし、料理も家事も素晴らしいと女子力がかなり高い。
それに比例するよう中身の女子力もかなり、高い。所謂オネェだし、ゲイだしね。
マイノリティーに属していたとしても、ミッキーは最高の友人。本人も胸を張ってる。
悠がミッキーの話を交えながら、自分に自身を持てと話したところ、何故か完二はオネェのゲイという部分がかなり印象深く残ったらしく。


「おおおおおお、俺は!女が好きなんス!」


盛大にどもる方が怪しい、と陽介が疑っていたが・・・・まあ林間学校の一件で落ち着いたよう。


「偉い偉い。あ、一緒にお昼食べる?」
「っす。クラスにいると通夜みてぇで」
「そりゃあ、お前がいちゃあな。つーか完二の顔見てっと林間学校思い出すんだけど」


憂鬱気にため息をついたのは、陽介だけでなく、悠そして完二まで。
彼らがどうしてそんな顔をするのか、今まで思い返していたこともあり、はすぐ思い返すことができた。
泳いでいた川の下流では、モロキンのリバース、そして完二のゲイ疑惑・・・・・結局違うみたいだったけど。
それを証明するとか何とかで、私たちのテントに突っ込んできた完二をダウンさせたのは、他ならない私。
だって、不審者かと思ったんだもん。先手必勝とばかりに、急所ばかり狙ってダウンさせたら、完二だった、と。


本人はまったく覚えてないから、3人で口裏合わせて"突然気絶した"ってことにしてるけど。
朝目が醒めたら、クラスメイトの大谷さんと同衾していたらしく・・・・色々な意味でダメージを受けたのは完二だろう。
悠と陽介から言わせれば、千枝ちゃんと雪ちゃんが作ったカレーが、最大の原因だったと言うけど。
匂いはともかく、新食感と不思議な味が中々にやみつきで、おいしかったのに。
おいしいと笑う私に、千枝ちゃんと雪ちゃんに涙目になって抱きつかれ、2人には珍獣を見るような視線を向けられた。
中々にハードな林間学校だったけど、いや、ハードだったから深く思い出に刻まれたよね。


「ま、水着はよかったな」
「ああ、かなりな」
「先輩ら・・・・」
「鼻血垂らしてたよね、完二くん」


白けた目を向ける雪ちゃんに、真っ赤になって気のせいっス!と完二は声を荒げた。
陽介が準備したジュネスの水着に着替えたものの、彼らの失礼極まりない評価と、モロキンリバース事件のため、水につかることはなかったけど。
夏休みには、改めて泳ぎに行こうということになっている。陽介の言う、夏休みの計画の中に入ってるそう。
いなり寿司もそろそろ底をつき始めた頃、そういや、と完二が思い出したように口を開いた。


「ニュース見たっスか?」
「あー・・・久慈川りせ、電撃休業ってやつ?」
「ブレイク中なのに、どうして休業なんだろうね」
「アイドルも色々大変なんじゃないか?」
「そうだよねえ。りせちーの新曲、楽しみだったのに」


振り付けもバッチリ憶えて、菜々子ちゃんと踊るつもりだったのに。
くたり、と机に突っ伏したをよそに、陽介は自分がいかにりせちーのファンか語りだし、キャワイイ!と褒めたところで、千枝の冷たい突っ込みが入る。


「おっさんかよ。でもまあ、稲羽出身で小さい頃住んでたみたいだし、ファン多いんじゃん?」
「お祖母さんのお豆腐屋さんに行くんでしょ?もしかして・・・・」
「マル久のお婆ちゃんとこだよ」


いつの間にか復活したが、顔を上げながら言い、マル久?とオオム返しをする陽介に、説明し始めた。


「マル久豆腐店。商店街のとこの」
「ああ、そういや前よく通るな」
「お婆ちゃんのお豆腐美味しいから、よく買いに行ってるんだ」
「うちの旅館でも、昔お豆腐卸してもらってたの」


ねーと顔を見合わせると雪子をよそに、悠が思い出したように口を開いた。


「そういや・・・・孫が帰ってくるって言ってたな」
「え、何、相棒もマル久行ってんの?」
「荷物持ち」


とサラリと言ってのけたを悠が小突くと、それじゃあ!と陽介が嬉々として声を上げた。


「そこ行ったら、りせちーに会えんの?!」
「孫がりせちーだったらね・・・・ってか、そうだろうけど」
「近いうちって言ってたから、会える可能性はあるだろ」


最後にお婆ちゃんのところに寄ったのは、3日前。
もうそろそろお豆腐が食べたいし、一緒に行く?と陽介に声をかけると、間髪入れずに行く!との返事。
千枝ちゃんと雪ちゃんは、先約があるから。完二は興味ないけど、行くとのこと。
結局4人で、放課後マル久豆腐店に向かうと。


「うっわあ・・・・・すっげえ」


人気の少ない商店街に、というよりマル久豆腐店前に溢れかえる人、人、人。
それこそ子どもから、大人まで様々な人。それも町の人じゃない雰囲気の人たちも沢山。
人だかりが店前の公道を塞いで、通行人や自転車、自動車の運転手まで迷惑そうな顔をして、通り過ぎていく。


「お豆腐残ってるかなあ」


作っているのはお婆ちゃんだけだから、数も限られている。
平日でも夕方に行くと、絹が売り切れとかあるのに。


「豆腐目的じゃねえから、あるんじゃないっスか?」


完二の励ましに、そうだよね!と豆腐をゲットしようと意気込んでいると、後ろからドンっと音がし、軽い衝撃に体が前かがみになる。
すれ違いざまに嫌そうな顔をされたから、きっとぶつかってしまったんだろう。
すいません、と口にしようと体勢を戻したのに、再び後ろからの衝撃。
体勢を変えようと片足に体重を移動していたところに、ぶつかられバランスを崩しかける。
このままいけば、地面と熱烈なキスをすることは避けられないのは分かる。
分かるが、それを回避するほどの身体能力は持ち合わせていない。


「うおっ?」


にできたのは、間抜けなを上げて、せめて鼻っ柱を守ろうと顔を手で覆うこと。
絶対に痛い。来るはずの衝撃に備えて、ぎゅと強く目を瞑ったときだった。


「っと、セーフ」
「え・・・・・?」


耳元で聞こえた声に、鼓動が高鳴り、来るはずの痛みは来ず、温かい何かに支えられている。
ソロリと瞼を開けたの目に飛び込んできたのは、大好きな彼。
ふっと短く息を吐いて、大丈夫かい?と顔を覗きこまれ、はようやく状況を理解した。
こける寸前のところを、足立さんが助けてくれたらしい。


「大丈夫?っち、あんのバカ共」


舌打ちをして、いささか低い声で反対方向を睨みし、私と向き直った。


「どこか怪我してないかい?」
「は、はい。それは大丈夫なんです・・・・けど」
「けど?」
「いい加減離れたらどうですか足立さん?現職刑事が現役女子高生にセクハラですか」


冷たい声に2人同時に振り返ると、仁王立ちで腕を組んでいる悠の姿が。
はいはい、と適当な返事をした後、勢いをつけて起き上がらせてくれた。


「怪我がなくてよかったよ」
「あ、ありがとうございました」


と言ったものの、離れがたくてそのままでいたけど、やっぱり不自然だからしぶしぶ距離をとる。
いいえ、とかぶりを振って笑う足立さんと私の間に悠とまた別の背中―陽介が割り込んだ。
そして隣には、何故か完二が。


「ケージさんが、何でここにいるンすか?」
「見ての通り、仕事だよ。久しぶり・・・・よーすけくんだよね?」
「花村陽介っス。アダチさん、であってます?」
「へぇ?まさかジュネスの御曹司君に知って貰えてるなんて、光栄だよ」
「大事な常連さんなんで、ね。それにこの間は色々とドーモでした」
「いやいや、こちらこそ!ようすけくんのお陰で誤解が解けたんだから」


不穏な空気が漂い始めたのは、気のせいではないだろう。
陽介のシャツを2回程引っ張ると、何?と嫌に優しい声で話しかけられ、思わず身を引いていると、陽介の隣にいた悠が一歩前に出た。


「仕事って・・・・あなたいつから交通課に?」


足立さんの右手に握られている赤い誘導棒に視線をやると、心なしか硬い表情だった彼も解れ、肩を竦めため息を一つ零す。


「人手が足りてなくてね。君らは通りすがり?」
「普通に買い物です・・・・買い物だけでもないですけど」
「りせちーね。すっかり忘れてたけど、君も健全な男子高校生だもんね」
「ファンなのは花村ですよ」
「ええ?!俺だけ?もりせちー、好きだろ?」
「うん、かわいいもん」
先輩はあんたみたく、邪な目で見てねぇだろ」


な?と完二が同意を求めるので、深く頷いた途端、ひでぇ!と一人嘆き始める陽介。


「君は・・・・巽完二?」


微かに目を見開いて完二を見つめる足立さんに、完二は不機嫌そうにあ゛ん?!と声を荒げた。
そんな失礼な態度はないでしょう、完二?と名前を呼ぶことで暗に咎めると、不機嫌そうな表情を浮かべ、顔を逸らした。
色々伝説を作ったらしいし、叔父さんにもお世話になったんだから、他の警官と面識、または知られていたって何も不思議じゃない。
過去の暴力事件のまま、完二のイメージが固定されてしまって、そのことで誤解を受けることが多い。
だから、完二もこういう態度をとってしまうらしいし、自分でもそういうことが諍いを呼ぶから、反省してるようだけど。


感情的になりやすいらしく、中々コントロールができないとか。
私たちはそのブレーキ役になっているんだけど、ここまで嫌そうな顔をしたのは始めて見た。
叔父さん以外の警察には、いい印象を持ってないらしい。
どうフォローすべきか迷っていると、足立さんはあっけらかんとした表情で首を横に振った


「別に変な意味じゃなくて。学校行ってるんだ?堂島さんも喜ぶよ」


彼の"初めてみせた笑顔"に私は軽く目を見開いた。
その種類の笑顔は、悠が私に対してよくする表情だ。
兄または姉が弟、または妹にする類のものだ。
足立さんもそういう顔できるんだ、と新たな一面にときめく私をよそに、完二はまたしてもそっぽを向く。
これは確実に照れに起因する行動。


「・・・・・あいつにゃー関係ねぇだろ」
「嘘つけ。何かにつけて、堂島さん堂島さんって煩いくせに」
「うううう、煩ぇえ!いつ俺がそんなこと言ったよ!」
「呼んだか、巽」
「どどど、堂島!・・・・さん」


マル久豆腐店さんから出てきたのは、本人。
完二がピシッと背筋を伸ばしたのを見て、堂島さんだけでなくその場全員の笑いも誘った。


「久しぶりだな、巽・・・・それよりお前ら、仲よかったのか」
「完二がね、叔父さんの親戚は俺のダチ公っス!って」
「ちょ、先輩?!」
「愛されてますね、堂島さーん」


部下に肩をポンと叩かれたところで、羞恥がピークを迎えたらしい。
油売ってねぇーで、仕事しろ!と足立さんを一括し―本人はまったく堪えていない―まぁ、なんだ。と口ごもりながら乱暴に頭をかいた。


「格好見るからに真面目、とは言いがたいが学校行ってるんならな。まあ・・・・頑張れよ」
「っす」


微笑ましい空気に耐えられなくなったのか、叔父さんは私たちを見止めて、何しにきたと首を傾げるので、豆腐買いがてらりせちーを見に。
そう正直に答えると、迷惑のないようになと言い残し、今度こそ去っていった。
背中を追っていると足立さんがいる方向に行き着いたので、仕事してる姿がカッコイイと、目に焼き付けていると、タイミングよく足立さんだけが振り返った。
目が合ったことが嬉しくて、思わず笑みを零すと足立さんも笑みを返し、小さく手を振ってくれた。
カッコイイのに、可愛い・・・・きっとこれが、あいちゃんの言っていた"胸キュン"だ!
大っぴらに手を振り返す訳にもいかず、ヒラリと手を返すと頷いて、車内に消えていった。
どうしよう・・・・・写メに収めた方がよかったんじゃ・・・・あ。写真といえば、足立さんと一緒に撮ったものは、まだ一枚もない。
思い返せば、足立さんの写真自体一枚たりとも持ってない。


これは中々に由々しき自体なんじゃ?と恋人としての歴史が浅いことなどすっかり忘れ、一人青ざめていると


「何やってんだ。早く来いよ?」
「あ・・・うん、すぐ行く」


マル久とロゴが入った暖簾から顔を出した陽介に、何時の間に置いてけぼりにされたのかと思い、ふと一つの結果に辿りつく
もしかして私、足立さんのこと考えすぎ?
またも彼のことで埋め尽くされそうになる思想を取っ払っている最中にも、足立さんの笑顔を思い出してしまい、赤面。


「イ、イカン私・・・しっかりしろ」


こんなニヤケきった表情で暖簾を潜ると、何を言われるか分からない。
片割れの軽蔑するような視線を思い出すと、赤らんだ頬もすっと元に戻るのを感じる。
我が身内ながら恐ろしいと思いつつ、頬を数度ペチペチと叩き、今度こそ暖簾を潜った。


「悠先輩。あのアダチとかいう刑事と先輩って」
「皆まで言うな」


底冷えするような声色に、ケンカでは向かうとこ負けなし、百戦錬磨の完二もさすがに戦慄を覚え、押し黙る。
この人の先輩に対する溺愛っぷり―逆も然り―は知っていたけど、まさかここまで重度とは。
顔を引き攣らせる完二の反対側にも、不機嫌な面持ちが一人。
花村先輩は悠先輩とは違う感情、恋愛の感情で先輩が好きなんだろう。
でも彼女の気持ちは、全部あの刑事に向けられているのは一目瞭然。
刑事も先輩しか眼中にありません、ってくらいしまんねーニヤケ顔晒してたし、それに先輩2人への態度見てたら分かるよな。
露骨過ぎんだよ、敵意が。悠先輩をあしらっていたのには、本当に驚かされたし、ほんの少しではあるが奴への見方も変わった。


「つーか完二、よく分かったな」
「いや、分かるっしょ。先輩、俺らといると態度、全っ然違いましたもん」
「・・・・・・・・」
「いてっ?!んだよ、足踏むことねぇだろうが!」
「あーごめんごめん、つい」


心が篭ってないどころか、棒読みで謝る陽介に沸点の低い完二は、強面をズイと彼に近づけ。


「ケンカ売ってんのかゴルァ!」
「完二やめろ。陽介も、大人気ない」


悠に窘められ、陽介が素直に謝り、完二も悪かったと口にしたところで、マル久と達筆な文字が躍る暖簾が揺れ、が顔を出す。


「何やってんの?お豆腐注文できたの?」


何も知らないというのが、一番幸せかもしれない。
できれば二度と、先輩とアダチが恋人オーラを放ってる場面には出くわしたくない。
特にこの人らと一緒にいるときは。完二は人知れずため息をついた。