こうして幾度と俺は時間を繰り返した。
が不幸な事故で、死ぬという時間を。
184回まで数えていたが、そのことに何の意味がないことに気がつき途中でやめた。
転落死、圧死、交通事故その他諸々・・・・事故といわれ思いつくような様々な方法で、は死に至る。
俺が関わるからいけないのかと思い、彼女に連絡を取ることをやめたこともあった。
けれど彼女は死んでしまう。俺の目の前ではないけれど、どこかで死んで、訃報が相棒によって知らされる。
が死んだ先々で現れる"もう一人の俺"といえば、ただニヤニヤと笑うだけ。

「夢じゃないって。認めろよ、は死ぬんだ」

まるで始めから決められたことのように、そう繰り返すばかり。
受け入れるしかないのか?彼女が死ぬことを?
そんなこと、絶対に嫌だ。どうして彼女が死ななくちゃならない?
なぜ、どうして・・・・?
不幸な事故に会うと分かっていながら、原因だって分かっているのに、どうして助けちゃいけない?
それが運命だから?
そんなバカな話があってたまるか。
彼女は死ぬ。原因だって分かってる。
それを回避しようと必死になって町中駆け回っているのに、どうしてなぜか彼女は逝ってしまう。
そうしてシャドウが出てきて、哂うのだ。お前は、バカだと。
ふと、その言葉にとのやりとりを思い出した。

「陽介ってさ、バカだよね」
「・・・・・ケンカ売ってんなら、格安で買うぜ?」
「違う違う、ただ事実を」
「よし買う」
「だから違うって!褒めてる・・・・の?」
「何で疑問系なんだよ」
「うーん・・・上手く言えないのが歯がゆい」
「意味分かんねーんだけど」
「要するに、あれです・・・・その、うん・・・・悟って!」
「意味分かんねえ!」

どうして死なせたくないか。
それは、彼女のことが大事だから。
そのことに意味を求める理由はないんだろうと、思う。
思っているのに、彼女の笑顔が浮かぶたび何故だか胸が締め付けられて。

「よーすけ」

笑うたび、あの明るい声で呼ばれるたび、切なくなってそれなのに嬉しくて。
ああ、簡単なことじゃないか。
俺は単にのことが・・・・・・。




覚醒するようにパチリと目が醒めた。
蝉の鳴き声が煩く、ジッとりとかいた汗がベタついて気持ちが悪い。
覚醒した頭で寝返りを打ちながら、携帯に手を伸ばした。ディスプレイに表示されたのは、8月15日の10:46。

いつも通りの朝、けれど少しだけ違っている朝。
陽介はその日初めて、一回目の朝と同じように行動した。
身支度を整えて、家事をこなし、簡易な昼食を作ったところでからの電話をとる。
軽口を交えて、バイト前に会う約束をとりつけた。


「あっちー」

むせ返る様な夏の昼、雲ひとつない青空が眩しくて、陽介は手で影を作った。
生ぬるい風と共に運ばれたのは、土煙の香りと蝉の大合唱。
見据えた道路の先には陽炎がゆらめいていた。
自転車をこいで、指定された公園へ向かうと人っ子一人いない公園で、がブランコに揺られていた。
腕の中には黒猫。真っ白いワンピースに身を包んでいる彼女と黒のコントラストが異様に眩しかった。

「やっほー」

軽く掌を揺らす彼女に、思わず笑みが零れた。
笑えたのはいつぶりだろうか。うっす、と返事を返して彼女の隣のブランコに腰掛ける。

「つか、どうしたんだその猫」

尋ねると彼女は困ったように、けれど嬉しそうに笑い懐かれたと言う。

「首輪してるから野良じゃないんだろうけど」

が猫を撫でるたび、首輪の中心にある鈴がリンリンと涼しげな音を立てる。
そこから2人は様々な話をした。
くだらない、それこそいつでもできるような世間話を。
数分続いた頃、ふと訪れた沈黙に猫を抱いたままが顔を上げた。少し眩しそうに目を細めて。

「でもまあ、夏は嫌いかな」
「暑いし、蚊多いしな」

即答した陽介に、違うと言わんばかりに顔を顰めだって、とが口を開いたときだった。

「あっ!」

突然膝にいた猫がポンと、勢いをつけて飛び出し、その勢いのまま公園の出口に走り出した。
反射的に猫を追いかけようとするの腕を掴み、ブランコから立ち上がって駆け出した。

「俺が行く」
「え、でも・・・!」
「だいじょうぶだって!」

首だけで振り返った俺は、上手く笑えていただろうか?
鏡もないから確認できないだろうけど、きっと笑えていたと思う。
繰り返してきた日の中で、一番上手く。

猫を追いかけて道路へ飛び込んだ瞬間、悲鳴のような声で自分の名前が呼ばれた気がした。
それさえも泣き叫ぶようなブレーキ音に紛れて、届きはしなかった。
ぶち当たったと思った瞬間、凄まじい痛みが駆け抜けると共に視界が真っ赤に染まった。
いつかののように舞い上がったのだろう。浮遊感に襲われたが、もう体を自由にすることはできず、受身の姿勢もとれず地面へ叩きつけられた。
痛い、なんて言葉じゃ足りないくらいの痛みだ。

こんな思いを何度も、何度もにさせていたことに気づき激しい後悔を抱く。
けれどもうそれもなくなる。きっとこれで、終わる全て終われる。
真っ赤に染まった視界の先には、もう一つの影。きっと、シャドウだ。

「な、に・・・やってんだよ、お前!」

その必死な声に、思わず笑みが零れたがごふっという奇妙な音に変わり、到底笑い声には聞こえなかった。
視力も聴力も段々衰えていく。声もままならない。
だというのに、最後に聞いた声がシャドウとは。
俺はついてない。ああ、きっとこれも運命なんだろう。

ざまあみろ

俺は笑えていただろうか。
分からない、確かめることは出ない。だって俺はこのまま死んでしまうのだから。
を助けたかった。ずっとずっと、一緒にいたかったんだ。
くだらないことで笑いあって、喧嘩して。
あいつとなら、あいつらとなら苦しいことだって越えられるって。
と一緒にいることが気でないなら、彼女が死んでしまうことが運命なら。
それを知った俺が、の代わりに死ぬことで"死の人数"ってのを合わせられるなら、いいだろう?

じゃなきゃいけない理由、ないんだろう?
その日、その時間に誰かが死ぬだけでいいんだろう?
だよな?だって、は助かったんだから。

「陽介、や・・・だ、やだよ、ようすけぇ!」

ははっ、俺ってば妄想力だけは人一倍らしい。
なんにも聞こえないはずのに、体よくの声が、それも俺の死を悼むような言葉を発しているように補うなんて。
泣かないでくれ、俺のために泣いたりなんかしないでほしい。
笑って欲しい。あの底抜けに明るい、見てる誰もを笑顔にしてしまうあの眩しい表情で。

好きだ。自分でもびっくりするくらい、が好きだ。
愛なんて良く分からなくて、愛していると告げる自身はないけれど。
でも最期に一度くらいは、言った方がいいよな?

愛してた
近くにいすぎて、気づけなかった。俺鈍いし、怖がりだからさ。
あの人のこととか、色々考えてグダグダしちまった。
これ怒られるよな、絶対。だって俺、今からそっち逝くし。
気づいてから傍にいられないとか、洒落になんねーよな。

ほんと、俺ってバカだわ。









覚醒するようにパチリと目が醒めた。
蝉の鳴き声が煩く、ジッとりとかいた汗がベタついて気持ちが悪い。
はゆっくりと起き上がり、携帯を手に取った。
ディスプレイは8月15日の9:38を指している。

汗に混じって、目尻から涙が零れる。
ポロポロといくつもいくつも、零れては跡をつくっていった。
人形のように焦点の合わぬ瞳で空を見つめ、窓枠に寄りかかるに、窓からヒラリと舞い込む黒い影。

「ニャア」

リンと涼しげな鈴の音を響かせ、訪れたのは黒猫。
彼女は生気の篭らない瞳でそれを見やり、のろのろと手を動かして猫を懐に抱きこんだ。
スリと身を寄せる猫を撫でながら、再び空を見上げた。
入道雲が張り出す夏空は、どこまで青く澄んでいる。
ふわりと髪を撫でた風は生ぬるく、土の香りがした。

乱暴に頬を通った涙を拭い、猫共々両膝を抱え小さくなる。

「また・・・・ダメだったよ」

ボソリと呟いた声は、蝉の声にかき消されて消えた。






おわり?