ZERO




「早くしろよ?遅れるぞ」

ボストンバックと"おみやげ"の文字が印字された某老舗店の紙袋を持って、少年は廊下を振り返る。
ややあってリビングへ通じる扉が開き、少年と同じ年頃であろう少女が姿を現す。
アイアンブルーの髪と瞳、どこか少年と似ている顔立ちの少女も、少年と同じようにボストンバックを肩に下げている。

「ごめんごめん」
「だから言ったろ、昨日のうちに用意しておけって」

呆れを滲ませて肩を竦める少年――悠に、少女――はチロリと舌を覗かせる。

「叔父さんたち、16時に迎えに来てくれるって」
「私たちってお昼前の電車に乗るんでしょ?ってことは・・・・4時間移動?」

その通りといわんばかりに、首が縦に揺れ、はうんざりとした顔でため息をついた。

「乗り換えが2回あるから、ずっと電車に缶詰って訳じゃないさ」
「ふーん・・・まだマシ、か」
「で、本当に忘れ物ないな?取りに帰るなんてできないし、送ってもらうことだって・・・・」
「分かってるって!ほら、行かないと乗り過ごすんでしょ?」

小言はうんざりとばかりに、ドアを開けたに悠も口を閉ざし、その後に続いた。


鳴上悠、そして鳴上
二人は血の繋がった兄妹で、双子だ。
両親が海外で仕事をすることになり、その間―1年ではあるが、母方の弟―2人にとっては叔父の家に居候することになった。
今いる中央と離れた、田舎町で住みやすい場所だそう。

「別に、いつもと同じでしょ」

特急電車から地方の単線に乗り換え後、一息ついたところでが何気なしに言った。

「2、3年したら引越し。今回は1年で最短記録更新、だけど」
「海外についてくよりマシ、だろ?」

悠が語尾を少しだけ強めた。耳にタコだ、と言いた気に。
中央の喧騒から離れ、どんどん田舎になっていく景色を見やり、は顔を綻ばせた。

「うん。田舎町っていうのがいいよね、中央より好きかも」
「コンビニはないかもな」
「あー・・・なら、昼間にお菓子とか買い込まなきゃ」
「この機に乗じて夜食止める、とか?」
「それはないなー」
「太るぞ?」

悠の一蹴にう゛と声を詰まらせ、今までの会話をまるっとなかったことにしたいのか、は話題を摩り替えた。

「新しい学校で部活、何かやんの?」
「特に考えてない・・・・は?」
「うーん・・・・部活より、バイト・・・かな」

後腐れない、と言いたんだろう。口にはしないが、そういうことだ。それは自分も同じだから。
言いようのない苦味を感じながら、悠はただ、そうだな。と同意した。

「いい1年になるといいね」
「ああ・・・・って、もたれるな。重い」

人の肩を"枕"にしようとしている妹に視線を通すと、彼女は小さくあくびをし、本格的に寝る体制に入り、目を閉じた。

「昨日緊張してぐっすり寝てないの・・・・・」

最後のほうはむにゃむにゃ言って聞き取れなかった。っていうか、本当に寝た・・・・のび太くんか、お前は。
双子だからといって、性格まで瓜二つではない。は図太いように見えて、変なところで神経質になる。
新しい環境に変わるときは、それが顕著に表れる。眠れるだけマシ、なんだろう。
同じ色の髪を撫で、塞がれていない反対側の手で、窓の縁に頬杖をついた。

「いい1年・・・な」

何事も起こらず、いつものように過ぎていけばいい。そう思いながら、悠も目を閉じた。





「真実なんてさ、現実以上に価値がないもんなの。僕は経験だから言ってるんだ、間違いないよ?」
「見たくないから見ない・・・・ただの現実逃避じゃないですか」
「大抵の人間はそうしてる。現実が苦しいだけだと知ってるから、こういう結果になったんじゃないか」
「神様になりたいんですか?」
「まさか!僕はそんな殊勝な人間じゃないさ」
「知ってます。あなた、私たち・・・違うか・・・私、にそっくりなんで。嫌になるくらいに」






「終点八十稲羽〜お降りの際は足元にお気をつけ下さい。」


しゃがれた駅員の声が目覚ましとは。
あまり嬉しくないと思いながら、重い頭をそこから起こして目を擦る。
ものすごく、変な夢を見た気がする・・・・・よく、覚えてないけど。
中途半端に眠ったからか、体勢変わらず寝ていたからか・・・・・とにかく体が重い。
寝ないほうが良かったかも、と今更なことを考えていると枕にしていた"そこ"が動く。

「んっとに・・・重い、痛い・・・」

枕代わりにされていた肩をグルグル回しながら、眉間に皺を寄せ、口から出てくる言葉といえば文句だけ。
私が寝た後に、枕代わりをやめればいいものの、それをしない悠は優しくて、どれだけ私に甘いんだと不安になる。
けどそれを言ってしまうと、二度としてもらえないから言わない。口は災いの元ってね。

ノロノロとした動作で立ち上がり、自分のボストンバックを手に取る。
ついでに悠のも、と手を伸ばす前に本人がテキパキとした動作で、おみやげも含めて取ってしまった。
肩痛かったんじゃないの、と思わず皮肉が口走りそうになり、慌てて手で口を塞ぐと、訝しげな視線を向けられた。








「ザ・田舎」
「いいね、見事に何もなくて」

テレビの中でしか見たことがない、田舎を絵に書いたような場所。
無人駅ではないが、2〜3人の駅員、上下線がそれぞれ単線のレール。
一つしかない改札口を通り抜けた駅前は、バスのロータリーであるにも拘らず、人気はない。
長閑な雰囲気は嫌いじゃない、人で溢れ返っているより数倍もいいとは思う。隣の片割れがどうか、分からないが。

「おおい!もう着いたか」

男の人の声に振り返ると、一人の中年男性が手を挙げていた。
客観的に見て、呼びかけているのは私たちだろう・・・・母さんに少しだけ雰囲気、似てるし。
その後ろを追う、小学校低学年くらいの女の子は娘さんだろう。

「写真で見るより男前と美人だな。つい最近までおむつしてたとおもったんだが・・・・」

向こうは顔見知りでも、物心ついてから会ってない叔父さんにどう反応するべきなのか、2人して戸惑っているのは一目瞭然。
彼は失笑し、髪をかきながらまいったなとつぶやき、自己紹介をしてくれた。

「姉さんから聞いてるとは思うが、弟の堂島亮太郎だ。こっちは娘の菜々子だ。ほら、挨拶」

ポンと肩を押された菜々子ちゃんは恥ずかしそうに、小さく挨拶をした。
それを見た叔父さんが、彼女をからかうと頬を染めた顔をむっとさせ、おじさんの背中を叩く。
バシンという豪快な音とは裏腹に、そう痛くはなかったらしい。
口で痛いと言いながら、叔父さんは終始笑顔だ。

気負うことなく1年を過ごせる予感に、思わず笑みを零した。



話もそのままに、移動するため車に乗り込むと同時に、視線を感じ、下を向ける。
菜々子ちゃんがじっと、観察するようにコチラを見ていた。
交わされた視線に、ビクリと怯え、体を固まらせる彼女を安心させようと、笑顔を浮かべてみた。
愛想笑いとはよくいったもので、菜々子ちゃんも戸惑い気味に、笑みを返してくれた。

「一緒に座ろうか?」
「・・・うん」

誘ったものの、何を話題にすればいいか分からず、菜々子ちゃんが緊張気味に座っているのを見ていると、それが移ったように何故か緊張してきて。
しっかりしろ!と自分に言い聞かせていると、ふいに叔父さんが口を開いた。

「しかし、親の都合とはいえお前たちも大変だな・・・ま、1年間だがよろしくな」
「「お世話になります」」

声を”はもらせた”私たちに、菜々子ちゃんも叔父さんも目を丸くし、一呼吸の後噴き出した。

バックミラー越しの責めるような視線に、も顔を顰めてみせた。
何ではもるんだ、と言わんばかりに。
ミラー越しの静かな攻防は、叔父さんの更なる笑い声に霞んでしまう・・・・なんて恥ずかしい。
苦笑いを浮かべると、隣に座っていた菜々子ちゃんが叔父さんの肩をぽんと叩く。
言いにくそうに、何度か口を開くと消え入りそうな声で一言。

「トイレ、行きたい」

給油を兼ねて、ガソリンスタンドに寄ることとなった。
そこは稲羽市一だという、商店街の一角にあるが、ガソリンスタンドの先に広がっている商店街には、人影がほとんどない。
まだ昼間だというのに、シャッターの閉まっている店舗が殆どで寂寥感を漂わせている。

「君たち、高校生?」


給油をしていた店員さんが、帽子を被り直しながらこちらに向かって話しかける。
眉目秀麗な男性で、比例するように体の線も細い。女の人だと言われても、頷ける様な雰囲気の人だ。

「うちバイト募集してるんだ。あ、学生でも大丈夫だから」

とっても明るい笑顔で、爽やかに告げると周囲に目をむける。

「都会から来るとなーんもなくてビックリっしょ?実際退屈すると思うよ。バイトでもしないと・・・ま、考えといてよ」

私たちにウィンクをした彼は、悠に向って手を差し出す。

「よろしく」

自然な流れで握手が交わされ、彼の手は私の前にも差し出された。
よっぽどの潔癖症でもない限り、握手は自然とやるものだろう。
けど何故かお兄さんの手を取ることが憚られて、戸惑っていると彼は苦笑を浮かべ、手を取り下げた。
私の失礼な態度に、悠が謝罪していると、見計らったかのように堂島親子が戻ってくる。

「それじゃあ、仕事に戻らないと」

去っていくお兄さんに、悠は再度謝罪して私に振り返った。
何故と言わんばかりの表情に、項垂れると片割れは大きなため息をつく。

「どうしたんだ?まさか、人見知りって訳じゃないだろ」
「う、ん・・・・多分」
「多分?」
「分かんないけど、あのお兄さん」

何となく嫌だった、なんて言ったら余計に心配されるに決まってる。
かといってこの"何ともいえない"気もちはどう表現していいか分からない。
うんうん唸る私にふと影がかかり、反射的に顔を上げると悠が頭を抑え、私によりかかってきた。
立ちくらみだろうか、大丈夫?と声をかけていると、傍にいた菜々子ちゃんが駆け寄って不安そうに悠を見上げる。

「大丈夫?」
「車酔い?図太い悠が?」
「上を行くに言われたくない」

いつもの調子で毒が返ってくるものの、本当に気持ち悪そうで。
とりあえず背中を摩っていると、菜々子ちゃんの隣に叔父さんが肩を並べた。

「長旅で疲れたんだろう。早く帰ろう」

顔色の悪い悠を支えながら、一緒に後部座席に乗り込み、菜々子ちゃんも心配そうに私たちを気にかけながら、助手席に乗り込む。
だから気づいていなかった。私たちを見送った店員が"何か言った"ことに。










堂島家に着くやいなや、私たちに用意された部屋―それも一部屋ずつ―に通される。
自宅でも私と悠は寝室も共有していたし、1部屋でもと伝えると。兄妹といえ、思春期の男女が一緒に寝るのは道徳観念から良くない。
と真剣な表情で諭され、結局一人一部屋のままになった。

「叔父さんの好意だよ。一人一部屋使わせてもらおう」
「うん。」
「叔父さんはああ言ってたけど、変なことしてるんじゃないんだし、たまに一緒に寝たって・・・」
「そういう言い方がむっつりっぽいよね」
「・・・・そういえば」
「(ごまかしてる)何?」
「ガソリンスタンドで何言おうとした?」

「多分?どういうことだ?」
「分かんないけど、あのお兄さん」

「大したことじゃないから、気にしないで」

首をふった私を気にとめず、悠は片付けを再開する。
そんな片割れに視線をやりながら、店員とのやりとりを思い返すと、言い知れない不安が広がってゆくのを感じた。
値踏みされてた・・・と思う。アルバイトを募集してるって言ってたから、店員に相応しいか値踏みした?

「よろしく」

終始笑顔だったけど、目はが全然笑ってなくて・・・顔立ちがよかった分、うすら寒かったのを覚えている。
きっと彼に会うことは、殆どない。きっと考えすぎだ、そう・・・・・考えすぎ。

「それより片付け、始めた方がいいんじゃないか?」
「え、悠がやってくれるんじゃないの?」

当たり前のように尋ね返すと、悠は疲れたようにため息をつき、何か言いたげな顔をして口を開いた。
きっと説教。それから逃れようと、立ち上がったときだった。
ドアが控えめにノックされ、ナイスタイミングと部屋の持ち主より先に返事をして、ドアを開けると菜々子ちゃんが立っていた。
私がいたことに驚いたのか、まだ私たちに慣れないからか、きっとどちらもだろう。
彼女は落ちつかな様子で、少し早口に言った。

「あのね、お父さんがごはん、って」

寂しさを感じるのはお門違いかもしれないが、やっぱり寂しいのは寂しくて。
早く打ち解けないとと思いつつ、菜々子ちゃんに頷くと彼女はそわそわとした様子で、階段を下りていった。
迷惑、と思われてないのが救いかな。肩を竦めると、手を止めていた悠が立ち上がった。

「早く慣れてくれるといいよな」

同じことを考えていたらしい。さすが、と心中で呟くとポンと肩を叩かれた。

「自分のことは、自分で。いいな?」

片付け云々は、忘れてくれなかったらしい。説教タイムに突入しなかっただけ、ましだけど。
その足で階下へ向かうと、テーブルに広げられたお寿司と数本のジュース。

「歓迎会、にしちゃあ寂しいが、まあそう思ってくれ。今日から1年、ここはお前達の家で、俺たちは家族だ。何も遠慮すんなよ?」

さすが母さんの弟・・・・そういうとこもそっくりだ。
悠も感じたらしく、顔を見あわせて笑うと叔父さんが何だ?と首を傾げたので、母さんに似てると伝えると、すごく微妙な顔をした。

「姉さんが嫌いって訳じゃないんだ・・・・・ただ・・・なあ」

何ともいえない気持ちは、とっても分かる。あのインパクトの強い母親に会えば、誰でも"こう"なる・・・・多分。
少し重くなった空気を一変させるためか、叔父さんが乾杯する、と言い出し未成年は好きなジュースを、叔父さんはビールを開け、さあこれからという時に。
電子音が鳴り響き、叔父さんの表情が険しいものに変わる。
懐から携帯を取り出し2、3言交わすと、通話を切り大きくため息をついて、私たちに振り返った。

「すまん、仕事だ。今日は遅いから先に寝ててくれ・・・・ああ、戸締り忘れずにな。菜々子、後頼む」

菜々子ちゃんの寂しそうな声に、思わず振り返る。
仕事だから仕方ない、と無理に自分を納得させている姿に、胸が痛む。
叔父さんもきっとそれを知っている、けどどうにもならないことでもあって・・・彼はソファーにかけてあったブレザーを肩に引っ掛け、そのまま出かけていった。

「叔父さんの仕事って?」

肩を落としていた菜々子ちゃんが、はっとして顔をあげる。

「けいさつ・・・けいじだって。じけんの、そうさ・・・とか」
「それで、あの迫力か」

道徳観について諭されたときのこといいたいんだろう。確かに、迫力があった。

「菜々子ちゃんの前じゃ、優しいお父さんだもんね」

コクリと頷く彼女は、叔父さんが大好きのようだ。だから感じる寂しさも、強いんだろうな。
私たちで少しは紛れればいいけど。
まだ緊張気味で、ぎこちない菜々子ちゃんの笑顔が見れるといいな。
そんなことを考えながら、彼女が食べたいという"ひらめ"をとり皿に分けた。













気づけば辺りは深い霧に覆われていた。
視界は乳白色のみ。自分がいる場所さえ、分からなくなりそうな、体に纏わりつくような濃霧。
夢なんだろうか?それにしては意識がはっきりしすぎてるよな。


『     』


ふと、声がした。


「誰かいるの?」


問いかけても、返ってくるのは”質問した自分の声”だけで、他一切の音がしない。
恐怖と不安で心拍数があがったのを感じつつ、耳をそばだてた。


『―――っ』


先ほどより大きな声だった。
残念なことに、何を言っているのか分からないけど


「どこ?」
『しん・・・が・・・たい・・・・・って?』


居場所は特定できないものの、なんとなく分かってきた方向に一歩踏み出す。
ねっとりとした濃霧の中、辺りを警戒しながら一歩一歩、声の中心には確実に近づいていってるようだが。


「だれ!?ねぇ、ここは…!」
「待てっ!」


突然腕を引かれ、たたらを踏むこともできず勢いよく声の主にダイブしてしまう。
思い切りぶつけた鼻を摩りながら顔を上げると、自分によく似た顔立ちの少年が、白銀色の瞳をこれでもかと言わんばかりに開き、そこにいた。


「悠!?」
!?」


双子の兄だ。
互いが互いの名前を呼び、また同じタイミングで尋ねる。


「「どうしてここに?!」」


今までの声も、全部悠?ううん、その前にこの場所何?
尋ねたいことが山積みだけど、ガッチリホールドされた手首を、まずはどうにかしてほしい。


「悠、痛い、よ」


視線と声で訴えると、悠は慌てて手を離した。
かすかに赤くなった手首に視線を落とし、擦りっていると、悠が反対の手に棒のようなものを握っているのが目に入った。
鈍い視界の中でも分かる、銀色の刃先。


「なんで刀?」
「さあ?・・・・・・・気づいたら握ってた」


二人で首を傾げていると、また声。


『捕まえてごらんよ』


今まで以上に鮮明な声がし、ゆらりとゆれる人影。


「待てっ!」
「ちょ、悠!?」


私の手首を掴み、ほぼ反射的に影を追う悠。
何故"誰か"を追いかけているのか、悠が刀なんて物騒なものを持っているのか・・・突っ込みたいことだらけだが、とにかくはぐれない方が得策だ。
得策だけど、1m先も見通せない視界不良の中で、先程の影を本当に追跡できているのか確証がない。
むしろ、相手の思うツボなんじゃ?
悠を引き留めようとしたその時、の耳元で"声"が囁いた。


『霧はますます深くなる』


私が驚愕のあまり肩を揺らすと、悠は私を背に庇いながら、刀を構え立ちどまる。
荒い呼吸を落ち着かせつつ、ぐるり視線を巡らせていると、またも視界にゆらりと揺れる影。


「悠!」


私の声に反応した悠が、躊躇いなく影に向かい太刀を振り下ろす。


「くそっ!」


手ごたえはなかったらしい。影は嘲笑うかのように、ゆらりゆらりと移動する。


『真実は霧の中…』


やけに愉しそうな声が、鼻につく。思わず顔を顰めた瞬間、突然場面が切り替わる。


テレビの砂嵐のような不鮮明な黄色い映像。その中ではショートヘアの女性が何者かに首を絞められ、もがき苦しんでいる。
やめて!と咄嗟に叫んだはずが、それは声にならず女性は苦しみ続け、首にかかる手はどんどん強くなる。
比例するように、女性の抵抗が弱々しいものになっていき宙を掴んでいた手がパタリと落ちた。


声が出てなかったのだから、自分の喉から悲鳴も上がらなかった。
もし声が出ていたとしても、きっと悲鳴は上がらなかった。


衝撃的すぎて、息を呑むことしか出来なかったのだから。


おもむろに、首を絞めていた何者かが面を上げた。
加害者は今しがた絶命した女性に、瓜二つ。
ただ違うのは、ほの暗く黄昏色に染まる瞳。
それが私を貫き、彼女はルージュがひかれた鮮やかな口元を吊り上げ、言った。






「今のあなたには、救えない」