ZERO







エヴィデー・ヤンライ・ジュネス

カタカナ発音の何ものでもない。
かといってネイティブに発音されても、それはそれで違和感だらけなんだけど。

現実に戻されたは、田舎スーパーの平和なBGMに耳を傾け、そんな感想を抱いた。
小さなイトコがえらくお気に入りのジュネスソングは、すっかり馴染みの鼻歌になってしまっている。
それは悠も同じで、微妙に音を外すのが気になる。片割れ曰く、私もらしいが・・・・今のところ否定してる。

もうそろそろ、皆が帰ってくる。多分、雪ちゃんも連れて。
現実に戻ったということは、そういうことみたいだから。
理由は分からないまま、放置しているけど、尋ねる人も分からないのだから仕方ない。
皆が帰ってからしか、聞けない。というか、照らし合わせるしかない。
分からないといえば"見える"範囲のこと。
映像は相変わらず濃霧で見えにくいけど、音の範囲が広がった。
シャドウ以外の声は聞き取れなかったのに、悠たちの会話が聞こえた。

どういうことなんだろう、一体何がきっかけでこうなったのか。
それが分かれば、もっと行動範囲を広げられるかもしれないというのに。
行動範囲といえば、皆が中に入ったとき、つまり私が向こうを見るときに起こる"急激な睡魔"

悠たちの会話を聞き取れたことが、能力の進化だとしたら、睡魔もどうにかできるのではないだろうか?
眠りに落ちず"見る"ことができたら、じっと待っているだけじゃなく、連続殺人事件に関する何を探すことができるんだけど。


「もどかしいな・・・・」
「何が?」

ビクリとして顔を上げると、陽介が首を傾げて立っていた。
その後ろには、悠、千枝ちゃんと彼女に肩を支えられた雪ちゃんが。
なんでもない、とかぶりを振り、辛そうな彼女に椅子を促す。

「おかえり、雪ちゃん」

はっとして顔を上げたものの、顔色がかなり悪い。
話しを聞くのは後日で、早く休ませてあげたほうがいいなと思っていると、雪ちゃんが笑みを浮かべた。
気遣っての愛想笑いの類ではない、ほんものの笑みを。

「ただいま、ちゃん」
「無事でよかった」

その後、話題はやはり犯人に移るものの、誘拐されたときの記憶は曖昧で分からないのだと、雪子申し訳なさそうに肩を落とした。
雪子が無事だっただけで、十分だよ!と親友を励ます千枝ちゃんに、私たち3人も頷いた。
ペルソナを扱えない一般人が、あの中に入ったにもかかわらず、無事に帰ってくることができたんだ。
それだけで、十分だ。十分すぎてお釣りがくるほどに、十分すぎる。

「でもまあ、天城が・・・その、前の2件同様殺されれかけた、ってのは間違いないよな」

テレビを凶器に殺人を実行した犯人。雪ちゃんの件も、その犯人の仕業なんだろう。
陽介はマヨナカテレビについて言及し、あれは本人ではなく影、すなわち無意識に抑圧していた自我。

「テレビに入ったことで現実になった、ってこと?」

多分、こう言いたいはず。先回りすると、陽介は驚愕に目を見開きつつ、頷いた。
あれ?にこの話ししたっけ?と首を傾げる彼に、見えるだけでなく聞ける範囲が広がったことを伝えた。

「理由は私に聞かないで、分からないから」

肩を竦めると、彼は苛立たしさを滲ませあー!と声をあげた。

「まっすます分かんねえ!犯人って、一体どんな奴なんだ!」
「考えることも大切だが、今日はこの辺りにしよう?天城も辛いだろ」

悠が辛そうな雪ちゃんに視線を向けると、陽介が無理をさせたいわけじゃないと謝罪し、千枝が心配そうに雪子を見やる。

「早く休ませたほうがいいし、あたし家まで送ってくから」
「私も一緒に行くよ」

千枝が雪子を支える反対側に回ると、青い顔でしかし笑顔を浮かべ、ありがとうと告げた。
支えた体が温かく、生きていると実感させてくれる。
助けられれたんだ、今度こそ。マヨナカテレビに映ったにも関わらず。
私じゃなくて、みんながだけど。

ん?違うでしょ、そんな僻んだって・・・・え?もしかしなくても、僻んでる、よね。
私もテレビに入れたら、ペルソナが使えたらって。

ちゃんも、疲れてる?」

我に返ると、雪ちゃんが心配そうに私を覗き込んでいて、慌ててかぶりを振った。
病人に気遣いをさせるなんて、一番やっちゃいけないのに。

「大丈夫、大丈夫!天城屋旅館ってどの辺にあるの?」
「高台って分かる?商店街前のバス停から、バスが出てて」

残りの本数が少ないバスに乗り、揺られること10分。
バス停と目と鼻の先にある旅館へ足を向けると、玄関前には着物に身を包んだ従業員らしき人。
水をまいていた彼女に、カサイさん!と千枝が声を張り上げると、顔をあげ、一瞬で驚愕に変わる。

「ゆ、雪ちゃん?!どこ行って・・・・ああ、ちょっと待って女将さんを呼んでくるわ!」

水が入っていた桶を蹴飛ばして、館内に入っていくカサイさんに3人で顔を見合わせ、笑った。
彼女に連れられてやってきた女将さん、つまり雪ちゃんのお母さんは娘を見とめ、彼女にそっくりな顔を歪ませた。
きっと言いたいことは沢山あっただろう、その証拠に口元が戦慄いている。
これは助け舟を出したほうがいいかもしれない、なんて思っていたのはすべて杞憂で終わった。

「おかえり、雪子」

往々にして母の愛は偉大だと言われていることに、間違いはなかった。
泣き出した雪ちゃんを、一歩下がった場所で見守っていると、ふいによかったね、と震えた声が隣から聞こえた。
泣いていなかったものの、目を赤らめ今にも縁から零れそうな涙をゴマかすように、乱暴に拭い千枝ちゃんは私と視線を交えた。

ちゃんだけじゃなくて、鳴上くんも花村も、クマくんも・・・・みんなのお陰だよ」

私一人じゃ、できなかったから。だから、ありがとう。
心からの感謝だったから、私も誤魔化せなかった。私は何もしてないという、疎外感を。

「悠と陽介に言ってあげて?私は、なにも」
「違うよ!マヨナカテレビに雪子のシャドウが映ったとき、無茶苦茶不安だった私を気遣ってくれた。絶対に、助けようって言ってくれた」

どうれだけ心強かったか、嬉しかったか。恥ずかしそうにしながらも、誤魔化すことなく本音を晒す千枝ちゃん。

「だから今度は私が、私たちがちゃんの力になりたい。何が辛いとか、そういうの言って欲しい」

解決できなくったって、一緒に考えることができるから、だから。

「一人で悩まないで?仲間でしょ!」

一線を越えるための誘いだ。
今まで他人と深く関わることをしなかった私には、その見えない境界線が見える。
越えるか越えないか、決めるのは私。匙は投げられてしまった。
いつもはそうならないように行動しているのに、稲羽に来てからというもの、全部滅茶苦茶。
悠の隣には私がいて、私の隣には悠がいる。
それは絶対的に変わらないことなのに、いつの間にか陽介がいて、千枝ちゃんがいて、雪ちゃんも増えて。

滅茶苦茶なんて言いながら、これっぽっちも疎ましいとは思えないのはどうしてだろう?
そういうことを考える時点で、きっと答えは決まってるんだと思う。

「・・・・・うん、ありがとう千枝ちゃん」

本音を曝け出してくれるんだから、同じ場所に立たないといつまで経っても疎外感は拭えない。
きっと、そういうことなんだと思う。予測でしかないんだけど。
ようやく晴れた気持ちで笑えた、気がした。

ちょっと寄っていって!とどうにかして私たちを引きとめようとする、雪ちゃんのお母さん始め従業員さん達に丁重にお断りを入れ、旅館を後にした。






「おかえりなさい」

稲羽に来てからというもの、堂島家に帰ると必ず小さないとこが、そう言ってくれる。
たった7文字がこれほど心を温かくしてくれるものだと、彼女が教えてくれた。
これもこっちに来ての予想外。
子どもが大好き、という訳ではないのに私も悠も菜々子ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がない。

だから余計に寂しく感じるんだろう。彼女はまだ私たちを明確な呼称で呼んでくれない。
無理からぬことだろうけど、もう一ヶ月そろそろ・・・・と思っているのは私だけじゃないはずだ。
居間に顔を出しいとこにただいまを告げると、台所にいた片割れが振り返り、目で二階を指した。
小さないとこの前では話せない事柄、つまり事件のことなんだろう。
菜々子ちゃんはテレビに夢中だし、晩御飯にはまだ早い時間だ。それを確認し、階上の悠の部屋に向かった。

「イザナギ以外使えた」

ソファーに腰をかける悠を追い、その隣に座る。
そのイゴールが言っていた"ワイルド"の能力が関係あるんだろう。
最初に覚醒した武人のようなペルソナ以外、扱えるようになったらしい。
聞くと勾玉のようなものと、ハロウィンの王、ジャックランタンだとか。
絵に描いてやろうかと得意げな顔をするから、一蹴すると軽く首関節をきめられた。
落ちる落ちると、腕をタップすると離してくれたけど・・・・やっぱり落ち込んでる、間違いない。

悠は何かあるとき、やたらと寄ってくる。基本的に甘えたがる、それは私も同じだけど。
片割れの大きな手の上に、自分の手を重ね視線を交える。

「どうしたの?」

隠し事がバレたような子どものように、少しうろたえ隠そうとしたが、結局諦め私の肩に頭を寄せた。
同じ色をした髪を撫でてていると、弱いんだ俺、という言葉を皮切りにポツリポツリと語り始める。
ペルソナは仮面、心を纏うための鎧をいくつも扱える俺は、自分がないんじゃないか。

「不安なんだ・・・・俺、俺は」
「大丈夫だよ」

いつの間にか開いてしまった身長さ、男女の差。
小さくなっている片割れを抱き寄せ、落ち着くように何度も何度も背を撫でる。

「自分がないなんて、私だって思うこと沢山あるよ?」

悠に見せる自分、菜々子ちゃんや叔父さんに見せる自分、学校で見せる自分、両親に見せる自分。
数えてしまったらキリがない、それくらい私は、人間は仮面をいくつも持っていて、付け替えている。
それこそ舞台に立つ演者のように。

「陽介も言ってたけどさ"自分と向き合う"って難しいことだよ?そんな簡単に答えなんて出ないでしょ。っていうか、そう考えられたことが、凄いんじゃないかな」

訝しげな悠と目が合い、笑いかけた。たった今、千枝ちゃんたちにもらった温かい気持ちが蘇る。

「こっちに来てから、予想外だらけでしょ?本当、笑えるくらいにさ・・・・でも、悪くないと思うんだ。悠もでしょ?」
・・・」
「今日ね、千枝ちゃんに言われちゃった。仲間でしょって」

一線を越えた、つまり他人と深く関わったことを告げると悠は、一瞬怒りたいような、泣きたいような顔をし、かぶりを振った。

「俺もリーダーを引き受けて分かってたはずなのにな・・・・の方が覚悟があったな」
「ううん。私だって"突きつけられて"気づけたから、そういう意味じゃ悠の方が、とっくに覚悟できてたんじゃないかな」

そうか、とほんの少し寂しそうに笑う理由が見つけられず、不安になるが片割れはすぐいつもの笑顔に戻った。

「あいつらとなら、見つけられるかな?」
「うん。きっと、見つかるよ」

一人ならできなくても、みんながいればきっと。
沢山考えて、悩めばきっと見つけられる。

「でもさ、やっぱり怖い」
「うん?」

今度は私が甘えるよう肩に頭を乗せた。髪を撫でる手が気持ちいい。

「みんなが戦ってるでしょ?いつか、大きな怪我しちゃったら、って」

戦う姿を見られないから、詳しくは分からないし、帰ってくる皆はケロリとしているけど。
きっと傷だらけになって戦ってる、そしてその傷を癒せる手段も持ってる。
大丈夫なんて言い聞かせてるようなもので、燻る不安はいつまでたっても消えやしない。

「怪我はしてるけど、治せてる。けど・・・・・そうだな、少し怖いかな」

頭を撫でる手が、肩に添えられている手が微かに震え、はっとして頭を上げると、悠は言っちゃったと苦い笑みに肩を竦ませた。

「怖いのは俺だけじゃなくて、みんなも一緒だと思うから。けど俺はリーダーだから、不安な顔しちゃダメだ」

たまらず悠を引き寄せた。どうしよう、怖い。すごく怖い。悠が、みんながいなくなってしまったら、私。
ううん、ダメ。不安を見せちゃダメ。ちゃんと平気な顔で笑わなきゃ。

「私の前ならいいよね?だって、対等だもんね」
「ああ・・・・・・ありがとう」

心臓の鼓動にここまで安心させられるなんて、思ってもなかった。
トクントクンと響く悠の音に、そっと耳を傾け、抱き寄せる腕に力を込めた。





平静を取り戻した後、階下に下りて菜々子ちゃんも含め、3人で食事の準備をしている時だった。
玄関の引き戸が開く音がし、ただいまという叔父さんの声が居間に響いた。
お父さんだ!とウキウキとお出迎えに行ったいとこを、笑顔で見送ったのも束の間。
何故か慌てた顔で戻ってきて、私と悠の後ろに隠れた。首を傾げていると、廊下から現れたたのは、叔父さんと若い男。

「おっじゃましまーす」

足立さんだった。なるほど、と納得し後ろに隠れたままの菜々子に視線を向けた。

「おかえりなさい」

足立さんに視線を向けると、彼は相変わらず頼りない笑みで笑った。
悠が声を潜めて知り合いか、と尋ねるので"友だち第一号"と告げると怪訝な顔をした。

「珍しく上がりが一緒だったんでな、連れてきた」
「堂島さんにコキ使われててね」

苦笑いする部下に、これでも遠慮してんだぞと堂島が言い放ち、冗談キツイっすよーと笑ってはいるものの、彼の顔は引き攣っている。
意外に仲いいんだと考えていると、足立さんがはっとして私たちに向き直った。

「君ら天城雪子さんの友達でしょ?彼女、見つかったから。皆にも伝えてあげてよ」

知ってます。とも言えず、安心しましたと答え悠と共に、準備を続行していると、でもと足立さんが続ける。

「まだ全てがクリアって訳じゃないんだけどね」
「どういう意味ですか?」

行方不明の間のことを覚えておらず、足取りも掴めず、まさに神隠しにあった状態。
確かに雪ちゃんとはそういうことで、口裏を合わせたけど。
うん、改めて聞くと怪しいことこの上ないな・・・顔が引き攣りそうになるのを必死に押さえている。

「なーんか、裏にあるっていうかっ?!」

とてもいい音がした。例えるなら、野球でヒットを打ったような。実際は叔父さんが足立さんの頭を叩いたんだけど。
叩かれた場所を押さえて、何するんすか!と若干涙目になってる彼に、バカ野郎!と叔父さんの声が木霊し、背後にいた菜々子ちゃんがビクリと体を振るわせた。

「気にしなくていいぞ、コイツの勝手な妄想だ。」

うん、やっぱり彼は"歩く情報漏洩"なんだ。つい口が、なんだろうけど警察官にとっては命取りじゃないんだろうか。
そんなことを考えつつ、気にしてませんよ、と伝えると叔父さんもほとほと呆れたように、困った奴だよとため息をついた。

「おなかすいた!」

背後にいたままの菜々子ちゃんが、少し不機嫌そうな声で言ったので食事をしようということになる。
手を洗いに行った大人2人をよそに、キッチンを取り仕切る悠の指示に従いながら菜々子ちゃんと準備していると

ちゃん」

廊下と居間を隔てる、木製の暖簾を掻き分け手招きする足立さん。
テーブルにお箸を並べ終わり、彼の元に行くと見覚えのあるハンカチを渡された。

「やっと返せたよ」

苦い笑みを浮かべる彼に、色々立て込んでましたもんね、と笑うと間髪いれず、そうだよ!と力強く返された。

「13連勤だよ、13連勤!殺す気だよね」
「それは・・・・ご愁傷様です」
「ま、ちゃんと代休はもらうけど。しばらく無理だろうな」
「足立さんたちが頑張れば、ね?」

励ましたつもりなのに、何故か足立さんはムッとした顔になり。

「これ以上ない程頑張ってるのに、それ以上頑張れって・・・・鬼だね、ちゃん」
「あ・・・気分を害されたのなら、謝ります」

軽々しく、つい口にしてしまった。これじゃ私も足立さんのこと、笑えない。
本気で落ち込む私に、今度は足立さんが慌てた。

「ええ?や、やだなあ。そんな落ち込まないでよ、怒ってないから。君とコミュニケーションとろうとしただけだから」
「コミュニケーション?」
「うん、友だち第一号としては、仲を深めないといけないじゃないか。生活のリズムが違うから、中々会えないだろ?」

こういう時に、距離を縮めないとね?と笑う足立さんに、なるほどと頷き、それならばと携帯を取り出した。

「連絡先聞いてもよろしいですか?」
「え?え・・・・・?で、でも」
「これなら会えなくても、大丈夫ですよ?」

毎日とは行かなくても、少しずつでも。名案だと思ったけど、何故か足立さんは困った顔をしている。
あ、そっか。社交辞令だったんだ・・・・私それにも気づけなくて、すごく迷惑なことを。

「ごめんなさい、やっぱり」
「え?あ、違うよ?君と連絡先交換するのが嫌なんじゃなくて、その・・・・・・」

嫌じゃないのに、困った顔するのは何故?
首を傾げると、急に真面目な顔をするから思わず身を引いた。

「いいかい?女の子がそう簡単に連絡先なんて交換するものじゃないよ」
「・・・・やっぱり、嫌なんですね」
「違う違う!僕は、その・・・・おいといて!」
「どうして?」
「どうしてって・・・わっかんないかな!」

じれったそうに、あーあー言う大人の真意が分からないし、悟れといわんばかりの態度に、微かに苛立ちを覚える。

「言って下さらないと、足立さんの苛立ちも取り除けませんよ」
「苛立ってないよ?ただ、たださあ・・・・そういうのって勘違いされやすいしさ、気をつけたほうがいいよ」
「勘違い?気をつける?」

意味がまったく分からない、同じ言語を喋っているにもかかわらず、だ。
足立さんは顔を引き攣らせたものの、とりあえず交換しちゃわない?と提案し、元々そのつもりだったから、赤外線を立ち上げる。

「電話は仕事中でられないけど、メールならいつでも。ああ、返信遅いかもしれないけど」

はあ、と曖昧な返事をしたところで、暖簾から悠が顔を出し、手招きをしたのが見えた。
手伝えということらしい。まだ手を洗っていないらしい足立さんに、洗面所の場所を指し、踵を返すと。

「男は狼ってことだよ。悠くんにでも聞いてみなよ」

と背中に投げかけられた声に従い、賑やかな夕食が終わった後尋ねると。

「足立さんには近づくなよ?」
「え、何で?」

なんでも!と眉間に皺を寄せ、静かに怒りを露にする片割れに、理不尽さを感じつつ、イエスとしか言わせない迫力に、頷くしかなかった。