散々悩んだパジャマは、パステルカラーの生地に白の小さな水玉が入ったものをチョイスした。
それぞれの好きな色があるという安易かつ、重要な理由で。
ちなみに、フードには獣耳―クマさんの耳がついている。
「しんごうみたいだね」
千枝ちゃんは淡い抹茶のような緑、私と菜々子ちゃんはレモンキャンディーのような黄色、雪ちゃんはピンクに近い優しい赤。
意図せずそうなったことに気づき、菜々子ちゃん以外の3人が顔を見合わせた。
3人の心情はきっと同調している。"意外と恥ずかしいかも"だ。
でもまあ・・・菜々子ちゃんが楽しそうに笑うのを見ていたら、どうでもよくなってしまう。
私だけでなく、他2人も同様のようで、彼女に優しげな笑みを向けていて。
結局誰一人として異を唱えることなく、次は食料品売り場へ夕食の食材と、おしゃべりのお供のお菓子とジュースの調達へ。
ちなみに、今日の夕食は"たこ焼き"
火加減にさえ気をつければ、失敗のしようもないし、何より楽しそうという安易な理由。
私と千枝ちゃんは"たこ焼き"の食材、千枝ちゃんと菜々子ちゃんは"お菓子"のチョイス。
手っ取り早いと思い、2組に分けてみたものの。
「粉、卵、ねぎ、たこ、しょうが・・・・あ。チーズいいかも」
「うんうん!」
「って千枝ちゃん、お肉は必要ないからね、ダメ!」
「えー?!絶対、お肉もあうよ?」
「いや、たこ焼きだから。たこが主役だからね」
それに今日ビフテキ食べたでしょ?と付け加えると、しぶしぶとかごからパックに包まれたお肉を取り出す。
粉ものだし、お好み焼きにもお肉はいれるけど、流石にたこ焼きに牛肉は・・・・あ、でもウィンナーぐらいならありかも。
タコばっかりも、飽きちゃうかもしれないし。
お肉を見つめる彼女に、ウィンナーならいいよと伝えると、嬉々としてオススメのウィンナーをかごに入れた。
もう一度かごに入った商品を見返し、買い忘れがないかチェックしていると、お菓子班の2人が帰ってきた。
かごをお菓子で一杯にして。とてもじゃないが、4人で食べきれる量じゃない。
「せめてこれの半分でしょ?!」
不満を漏らすのは、雪ちゃん。10歳下の菜々子ちゃんは、虫歯になるよと大変大人な反応をしているのに。
本当、人は外見では判断できない。千枝ちゃんに付き添われて、お菓子コーナーへ戻っていく2人を、菜々子ちゃんと笑いながら見送った。
会計を済ませた後、先に里中家に行く2人と一旦別れ、家へ。
悠、一人でいじけてないといいけどな。
ため息をつきつつ、ただいまと告げながら玄関を開けると、見慣れない靴が一足。
「おっかえりー」
「陽介?」
居間でテレビゲームをしていた彼が陽気に手をあげた途端、スピーカーから衝撃音が聞こえ。
「ちょ、ええ?!今のはないだろ!」
「余所見をしてるお前が悪い」
ありきたりな格闘ものらしい。今の余所見で陽介使用のキャラがK.Oされたと・・・・相変わらず負けず嫌いだな。
反則!と悠にぎゃーぎゃー喚いて詰め寄っているものの、当人は満更でもなさそう。
私が男だったら、悠とあんな感じになってたのかな。思わず笑みを零していると、悠の首が90℃回って私を見上げた。
「夕飯、どうするんだ?」
「千枝ちゃん家でタコ焼き」
「まじで?!タコ焼き家でやんの?すっげー!」
凄い、といいな!を繰り返して、目を輝かせ始める陽介を菜々子ちゃんがじっと見つめ、次にお姉ちゃんと私を見上げた。
「ようすけお兄ちゃんと、お兄ちゃんも・・・・・いっしょにたべたら、ダメかな?」
可愛いいとこにそう言われてしまっては、聞かないわけにはいかない。
さっそくお伺いの電話をかけると、すんなりいいとのお返事が。
ただし、片付けまで一緒にすることと、恐らく食材が足りないので男2人で追加の買出しいくことが条件だとか。
もちろん、と2人が頷いたことで、今晩は皆でたこ焼きを囲むことに。
「うまいもんだな」
悠が陽介の手際のよさに感心していると、何故か彼は遠い目をしてフードコートでな、とふっと暗い笑みを落とした。
彼も店長の息子という、微妙な立場に立たされ色々苦労が耐えないらしい。
苦笑いをしていると、菜々子ちゃんがひっくり返すのをやりたそうに、ウズウズと目を輝かせている。
微笑ましくて笑っていると、それに気づいた陽介が菜々子ちゃんに竹串を渡して、やり方を説明し始めた。
「わ、できた!」
「お。上手だね、菜々子ちゃん」
陽介は人に何かを教えるのが、上手い。
これは最近知ったことだけど。相手が分からないと言えば、分かるまでなんとか教えようとする。
絶対に投げ出さないんだよね、面倒くさいって口では言うけど。
「ほら、お前らもやってみ?」
ぼうっと見ていた私たちにも竹串を差し出して、満面の笑みを浮かべて見せた。
不思議なことに、陽介の笑みを見ているとこっちまで、笑いたくなるというか・・・・不思議だ、すごく。
「うまいな、悠」
「見てればなんとなくな」
「さっすがリーダー・・・・つーか、何やってんの?」
「何って・・・・たこ焼き返そうと」
「それがどうして、鉄板の外に出るんだよ」
「面目ない」
こうして騒がしい夕食は過ぎていき、男子2人が帰宅した後(結局陽介は堂島家に泊まるらしい)順番にお風呂を済ませ、例のパジャマに身を包んで写真を一枚。
その後4人がどんなガールズトークを繰り広げたか、それは本人達の知るところ。
翌日、旅館の手伝いがあると昼前に帰宅する雪ちゃんにあわせ、千枝ちゃん宅を後にした。
「菜々子ちゃん、眠い?」
「・・・・うん・・・ちょっと」
「昨日遅かったもんね。帰ったら少し眠ろうか」
歩きながら船を漕ぎそうになる彼女を励まし、完全に寝てしまう前になんとか帰宅。
悠が責めるような視線が痛いけど、あえて無視をして菜々子ちゃんの部屋に布団をひいた。
「お昼前には、起こすね」
そう伝えると、寝ぼけ眼をこすって悠と私におやすみを告げ、部屋に入っていった。
「無茶させるなよ、まったく・・・でもまあ、楽しそうだったしな」
昨日の彼女の様子を思い出したのか、不機嫌そうな面持ちに笑顔が落ちる。
少しは気も紛れてくれたら、いいのだけど。
「そういえば、陽介は?」
泊まるといっていたのに、すでに姿はない。
「バイト。朝早く出てったよ」
「大変だね・・・・・で、悠さん教科書広げて一体何を?」
「復習。中間テスト近いだろ」
居間のテーブルに広げられたプリントやノートを見やり、はっと我に返った。
すっかり忘れていたけど、中間テストがあるんだった。
「でもさ、この範囲前に学校でやってるよね」
実は2年生の課程まで、学習済み。転校前の学校は、公立のくせに無駄に進学校で。
家から徒歩10分というだけで選んで・・・・・激しく後悔したのが、つい昨日のようだ。
とにかく知識を詰め込まれる。それはもう、基礎ばかり徹底的に。そのくせ月例考査になると、発展した問題を出す。
教師曰く、基礎ができていれば簡単だそう・・・・・・それはさておき、何故そこまでして保険をかけるのかが、気になる。
「やってみると、結構忘れてる。じゃあ、問題」
そういって口頭で出題され、やってみるものの。
「・・・・・・」
「やろう、今すぐ復習しよう!」
答えは間違っていたので、大人しく肩を並べて復習をすることにした。
1時間後、学習が一段落したところで菜々子ちゃんを起こして、昼食の準備。
今日はナポリタンスパゲッティに挑戦し、見事成功。
ちょっと味が濃いと言われたけど、食べられるだけでも凄いことだと思うよ、本当に。
少し眠ったことで元気になった菜々子ちゃんは、みっちゃん家に行ってくる!と遊びに出かけ、彼女を見送った後2人で机に向かう。
分からないところは悠に聞いて、理解を深めること・・・・・気づけば3時間経過していた。
「集中してると、時間忘れるね」
固まった体を解そうと伸びをしていると、悠が小さくため息をついて、シャーペンを机に置いた。
「息抜きにどこか、出かけるか?」
「・・・・うそ、悠どっか具合悪いんじゃ?」
まだ半分しかできていないのに、出かけようと悠から持ちかけるなんて!
思わず額に手を当てて、体温が上がっていないか確かめるも、同じくらいの温かさで、とりあえず熱がないことを知る。
「休憩は必要なさそうだな。なら丸1日潰して、全範囲終えよう」
「嘘です、ごめんなさい。お出かけしたいです!」
せっかくのいいお天気だし、このまま家にいるのももったいない気がする。
「行ってみたい場所、あるか?」
突然言われても・・・・と最近出かけた場所を思い返し、とある場所が思い浮かんだ。
「商店街にある神社、分かる?」
「ああ・・・・そういや、あるな」
北側の豆腐屋さんや、染物屋さんのすぐ近くに鳥居が立っている。
無人らしくて、一人で行くのも何だか気が引けて行ってなかったけど、せっかくだから行ってみたい。
みんなの無事も祈願しておきたいし。
そう伝えると、何故か頭を撫でられた。それもやや乱暴に。
髪の毛が乱れて必死に直していると、先行くぞと一人玄関へ行ってしまう、広げていた教科書などもそのままにして。
「んもう、何なのさ」
ブツブツ言いながら全て片付け、財布と携帯だけ持って悠の後を追った。
「久々のデートだね」
「俺は久々じゃない」
あいちゃんとのことを言ってるらしい・・・・まあ、そっか。
でも私と2人きりで出かけるのは、こっちに来て初めてじゃなかろうか?
中央にいるときは、頻繁に2人で出かけてたけど。
「そういうときは、はいって言うの。ったく、女心を分かってないというか」
「には言われたくないな」
「・・・・どういう意味よ」
肩を竦める片割れの背を軽く叩いてやろうと、手を上げたときだった。
「あれえ?悠くん、ちゃん?」
間の抜けた声に2人して振り返ると、カーゴパンツにシャツというカジュアルな格好をした若い男―足立さんの姿が。
彼はいつもの通り人当たりの良い笑みを浮かべ、その手にはジュネスの買い物袋が提げられている。
若干猫背のまま歩くのは癖らしい。その歩きづらそうな姿勢で、私たちに追いついた。
こんにちわ、と意図せず同じタイミングで挨拶をすると、豆鉄砲くらったような顔もつかの間、すぐ破顔し、こんにちわと返す。
「2人でデート?」
「そんなとこですね」
私が肯定すると、ぎょっとして目を見開いた。
おかしなことは言ってないはず・・・・でもまさか、足立さんが百面相だったとは。
「深い意味はないですよ」
「ははっ・・・だ、だよねえ」
悠の言葉に乾いた笑いを浮かべる彼に、ジュネスで買い物ですか?と尋ねると、彼は首を縦に振った。
「当直明けでさっきまで仮眠とってたの、で飯を調達に」
ジュネスの袋を掲げて、大人は笑った。
袋の大きさからして、出来合いの惣菜かお弁当、インスタント食品だろう。
それが目に入り、何故か心がすっと冷えていくような気がした。
これは・・・・そうだ。かつて一人で出来合いの惣菜を食べていた、菜々子ちゃんを見ている時に感じたものだ。
「自炊もたまにはやるんだよ?でも最近はねえ・・・・忙しくって、手がまわらなくって」
私の考えを読み取ったように、自嘲的な笑みを浮かべられ、はかぶりを振る。
自炊ができないことを咎めたいわけでも、ご飯を作りに来てくれる人がいない、つまり独身彼女なしであることを揶揄したい訳じゃない。
「なら、また来て下さい」
私の代弁をしたのは悠。まっすぐ足立さんを見据え、ご飯を食べにと付け加えを指した。
「最近自炊始めたんです。すごくおいしい訳でもないですけど、出来合いのものに飽きるよりかまだマシだと思うんで」
出来合いのものがおいしくない、と言ってるわけじゃない。
とにかく飽きるのだ。同じものばかりというのは、飽きる。
そうしているうちに、食べられれば何でもいいと食事が疎かになる・・・・私たちも経験したから、間違いない。
「足立さん。好きな料理、何ですか?」
「え?うん、と・・・・キャベツ。キャベツ使ったのなら、何でも」
「分かりました。キャベツ料理のレパートリー増やして、待ってますから」
「あ・・・うん・・・ありがとね」
唖然として感謝の意を述べた足立さんは、しばらく心ここにあらずという感じだったが、突然我に返るといつもの人の良い笑みを浮かべた。
「じゃ、僕はこれで。デート楽しんできてね」
「はい・・・また」
踵を返した猫背が、何故か拒否しているように見えたのは気のせいだろうか。
「似てるな、足立さん」
「・・・・・そだね」
悠も感じていたらしい、私も彼に感じたものを。
他者とのコミュニケーションが煩わしい、けれど一人っきりは寂しいから、たまに関わる。
けど関わって後悔をして、築いた壁を更に高くする・・・・・過去の私たち、そのままを見ているようだ。
何が原因でああなったのか、育った環境がああしてしまったのか・・・・分からないけど、いつか知って欲しい。
私たちが気づけたように、あの人にも。私たちや堂島さんが気づかせなくても、他の誰かでもいいから、いつか。
誰かと一緒にいることは、素敵なことなのだと。
「、行くぞ」
小さくなる猫背をもう一度見つめ、は片割れの後ろを追いかけた。
「雰囲気あるね・・・」
鳥居を潜った先は、日が差していないからかどこか空気が冷たい。
風が吹くたび、生い茂った木々が揺れその音は人間が会話しているよう。
サワサワ、ザワザワと揺れるたびなんだか気味が悪くて、思わず悠の服を引っ張ると、ふと手に感じる温かさ。
「度胸あるくせに、変に怖がりだよな」
手を取りながら笑う悠は私を褒めているのか、貶してるのか。多分後者。
腹は立つけど何かしたら手を離されそうで。せめてもの抵抗にと、目で怒りを訴えていると。
「ほら、参拝するんだろ?」
拗ねるなとばかりに手をひっぱられ、社の賽銭箱の前に押し出される。
まあ、いつまでも拗ねていたって仕方ないんだけど。は小さくため息をついて、財布から黄金色に輝く硬貨を取り出す。
やっぱりお賽銭といえば、5円玉でしょう。
言わずもがな験担ぎなんだけど・・・・今回はみんなの無事をお祈りするんだし、ご縁って意味があるのかな?
無事と縁がありますように、ってことでいいや。苦しい気がするけど・・・ええい、気合が大事!
賽銭を入れようと手を伸ばすと、横から同じように伸びる手。紛れもなく隣にいる悠だ。
「何お願いするの?」
「口にしたら叶わないって、知ってるか?」
それもそうか。祈り始めた片割れと同じように、2礼2拍して合掌、後1礼をして顔を上げたその時。
小さな社の屋根に、一つの影が。
鳶か鷹でも止まってるのかなと目を擦って見えたのは、狐だった。
「はい・・・・?」
「何だ?」
思わず間抜けな声を出すと、悠が尋ねるので狐を指差すと。
「・・・・・・・きつね?」
「・・・・・に見えるよね」
やたらと目つきが悪い上、首には赤の前掛けが。
稲荷神社の狐の像に、赤い前掛けというセットはよく見かけるが、本物の狐が赤い前掛けをしているのは初めてだ。
というか、何故社の上に?そもそも野生の狐って・・・・疑問だらけのたちをよそに、狐はその場を蹴って目の前に降り立った。
思わず後ずさる私たちをよそに、そのキツネは相変わらずガン飛ばすような目つきで私たちを見ている。
でも不思議なことにその狐が何かしてくるのでは?という気にはならない。
しばらく無言が続いていたが、ふと狐が何かを銜えていることに気づき、目を凝らす。掌くらいの木片のように見える。
もう少し近くで見ようかと足を踏み出した時、狐から私たちに近寄り、犬でいうお座りの姿勢をとった。
「絵馬?」
近づいたことで、銜えているものの正体が分かり声を上げると、狐はに視線を向ける。
まるで見てください、と言わんばかりに。
「・・・・ちょっと見せてね」
声をかけ絵馬を手にしても、あっさり放したことから、狐はこちらの言葉も分かっているし、見てくださいで間違いないんだろう。
「おじいちゃんの足がよくなりますように」
「けいた・・・・・普通の絵馬、だよね」
何の変哲もない絵馬だと思う。これがどうしたというのか。
不審に思いつつ絵馬の裏を返すと、不思議な形の葉っぱが張り付いていた。
葉っぱの先からのぞくのは白色の2本の楕円のような絵。おそらく今年の干支の兎、耳辺りだろうか。
「これも、君の仕業?」
狐と視線を合わせるように膝を折った途端、狐は何かに反応し、あっという間に茂みに消えていった。
絵馬どうするんだろう・・・・姿を消した茂みを見つめていると、砂利を踏む音が耳に入り振り返ると、おじいさんの姿が。
「あンれまー珍しいね。あんちゃんらみたいな若い人が来なさるとは」
皺の多い顔に更に皺を増やし、おじいさんが朗らかに笑う。
おじいさんの話によれば、ここの神社は無人でたまに手入れをしていたけれど、足腰が痛くて疎かになっているとか。
老人の話に私と悠は顔を見合わせ、握ったままの絵馬に視線を落とす。
けいたくんのおじいさんも、足が痛いようだけど・・・・・・まさか。
「どれ、わしもお参りしてこうかの・・・・足が治らんと手入れもできん。それに、孫の圭太とも遊べんしのお」
遠い目をするおじいさんに、私たちは再び絵馬に視線を落とす。
この願い事のおじいさんって、目の前にいる人・・・・だよね。
まさか、あの狐この絵馬の願いを叶えてくれって?いやいや、それは考えすぎでしょ。
思わずが笑みを漏らした時、それは!とおじいさんが、悠の手の中にある不思議な形の葉っぱを見て、目を見開いた。
「間違いない!死んだ婆さまの代から、湿布にはそれが一番じゃと伝えられてての!」
この辺の山ではまったく取れんと思っていたが、懐かしい!と目を細めた後、突然おじいさんが頭を下げた。
その葉っぱを譲って欲しいと。そんなに効き目があるかどうか、私たちには分からないが必要ならと差し出す。
老人は嬉々としてそれを痛いと言っていた患部に貼って・・・・・・驚くほど回復を見せた。
これもきっと、お参りをしていたお陰じゃ!と嬉しそうにお参りをし、来た時にはみせなかった素早さで去っていった。
唖然とする私たちをよそに、茂みからあの狐が姿を現し、私たちの前まで来るとお座りの姿勢でこちらを見上げた。
きっと嬉しそうに見えるのは、気のせいじゃないんだろう。
その姿が愛らしくて、撫でてみたくて手を伸ばす。逃げる素振りも、嫌がる素振りも見せないのだから、いいということなのだろう。
滑らかな毛並みにうっとりして撫で続けていると、ふと狐が手をすり抜け賽銭箱に向かう。
器用に二足歩行になってその中を覗き込んでいる姿をみるからに、お賽銭が増えたのもわかっているんだろう。
「お前・・・・凄いな」
悠が感嘆のため息をつくと、狐が振り返ってコーンと嬉しそうに鳴き声を上げた。
あの絵馬と葉っぱをセットに持ってきたのは、理解してのことだったらしい。
お賽銭が上がったことを理解しているのだから、分かっていても何の不思議はない。
「あれだけ回復力があるんなら、向こうでも役に立たない・・・・かな?」
「この葉っぱ、まだあるか?」
悠が膝をおって狐に問いかけると、再び狐は茂みに消え瞬く間に姿を現した。
今度は絵馬ではなく、あの不思議な形の葉っぱを沢山銜えているではないか。
「・・・・くれるの?」
が首を傾げると、狐は賽銭箱の前まで行き私たちと賽銭箱を交互に見ている。
どうやら、タダではいかないらしい。
「キツネちゃん・・・・ちゃっかりしてるね」
「ちゃん?どうしてメスって分かる」
「前掛けハート柄だもん」
ねー?と同意を狐に求めると、嬉しそうにコン!と鳴く。
性別は女の子であってるみたい。ほら?と悠に振り返ると、頭が痛いとばかりに目頭を押さえてかぶりをふった。
「何からツっこんでいいのか」
「陽介がいたらよかったね」
「・・・・・そういう話でもないけどな」
終始苦笑いを浮かべる悠に対し、が狐を撫でながら笑うと、彼女も嬉しそうに鳴くのだった。