ZERO








「叔父さんのセンス、菜々子ちゃんが大きくなる前に改善した方がいいよね」

そうだな、と深刻に頷く顔立ちが似ている男女。
考える仕草が左右対称であることで、周囲の好奇の視線を集めるが当人達はまったく気づかず、真剣に話し込んでいる。
約束を反故にしたことと、愛娘のご機嫌取りであろうプレゼント。
それはとっても微笑ましいことだ、けれど・・・・・いかんせんその内容がアレだった。
今回は菜々子ちゃんが喜んでいたから良いものの、このまま成長すると衝突するのは目に見えている。

頂いた身分でこういうのもアレだが・・・・・ハイカラなものを頂いた、とだけ言っておく。

「女の子の好きそうなもの、って要求されると難しいのは難しいよな」
「親子の時間が増えれば、好みも分かると思うんだよねぇ」

つまるところは、そこ。
親子の時間が余りにも少なすぎることが、大きな要因になっているのは間違いない。
けれど働き盛りの叔父さんに、家族優先!と単純に言うことは出来ないし、本人だってそれができていないことを申し訳なく思っているし。
堂島家ほのぼの化計画は前途多難だ。がため息をついて、地面に視線を落としたときだった。

ポトリと重量を感じさせずに転がったのは、うさぎのあみぐるみ。
誰が落としたのだろうと視線を上げると、悠よりも体格の良い男子生徒が立ち止まって頭をかいているではないか。
周囲を見渡したけれど、一番近くにいるのは彼で、女子生徒の影もない。

こういっては何だが・・・・ガタイの良い彼にキュートなあみぐるみは、到底結び付けられるものではない。
けれど落とし主は彼以外に考えられない、だろう。
悠が手にとり、もそれをまじまじと見つめ、出来のよさに改めて感心していると片割れが男子生徒に声をかけた。

「これ・・・」

不機嫌な声と共に振り返った彼は、お世辞にも素行がよい、とは良いがいたい風貌だった。
は益々彼とあみぐるみがどう結びつくのか分からず、首を傾げる。
男子生徒はあみぐるみを視界に入れた途端、顔色を変え、乱暴に悠の手からそれを奪い取った。
お礼も言わず、そそくさと去っていく背を見送って肩を竦める兄と間逆に、妹はこれだとばかりに手を打った。

「あれどこに売ってるんだろ?」
「・・・・・何だ突然」
「や、だってさ。すっごく可愛かったじゃない。ああいうのこそ、女子が喜ぶアイテムだよ!」

キラキラと目を輝かせる妹を見やり、悠は面倒くさいことになりませんように、と心の中で祈りを捧げたのだった。






ゴールデンウィークが明けたのも束の間、すぐに中間テストがスタート。
この週も纏まった雨は降らず、平和に過ぎテストも終了。
天気予報では明日から雨が続くということで、マヨナカテレビを要チェックということになったのだが。

夕食時、堂島家に響く野太い笑い声に、鳴上兄妹は顔を見合わせ肩を竦める。

「まあまあでした、か・・・そりゃあ便利な言葉だ」
「悪くはない、と思いますが」
「できた!と断言はできないので」
「「まあまあなんです」」

見事にシンクロした双子に堂島だけでなく、菜々子も箸をとめ、すごーい!と笑う。
のほほんとした空気を破ったのは、テレビから聞こえた怒声。

「何見てんだ、お前ぇら・・・見世物じゃねーぞゴルァ!」

カメラに向かって凄む体躯の良い男、というより少年といった方がしっくりくるような年齢だ。
抜けてしまった髪色にどこか見覚えがあるような、ないような。
怒声やバイクの騒音、レポーターの緊迫した声。
よくある"警察追撃24時"のような演出を聞き流しながら、思考の引き出しを漁っていると、叔父さんが呆れ返った声で口を開いた。

「何だ・・・アイツ、まだやってんのか」
「お父さん、知り合い?」

菜々子ちゃんの質問に、叔父さんは重い口調で仕事の関係でな、と続きを話す。

「巽完二。ケンカ好きの問題児だ」

叔父さんが言うなり、悠があっと何かを思い出したように声を上げ私に振り返る。

「昼間の・・・・ほら、あみぐるみを落とした」
「ああ!うさぎの」

確かに彼だ。ボカシははいっているものの、声はそのままだし、見る人が見なくてもこれは分かってしまうだろう。
叔父さんも、ほとんど意味ねぇじゃねえかとボヤいている。
確かに素行がよいとは言いがたい風貌だったが、この報道じゃまるで彼が暴走族のトップだと言っているようなものだ。

「こいつ実家が染物屋でな。確か、母親が寝られないから、とかで毎晩走ってた族を一人で潰しちまったんだ」

そういえば、噂を耳にしたことがある。
今年入学した1年生で、伝説をつくった奴がいる。とかいうのを。
確かに一人で族を潰してしまったのは驚異的だが、理由が理由だけに粗暴な行為と断言できないが・・・・やりすぎだろう。
叔父さんも難しい顔をして、母親が頭下げることになっちまう、と彼がやりすぎたことに苦言を呈した。



翌日、放課後には雨が降り始め、予報では明日昼ごろまで雨が降り続けることから、条件は揃っている。
今夜マヨナカテレビが映る。映らなければいいと思いつつ、何かヒントを掴めればと悠と共にテレビの前で待機していると。

「映った!」

テレビが徐々に明るくなり、あの耳につくノイズ音と共に誰かが映りこんだ。
体格からして男・・・年齢は高校生くらいだろう。不鮮明すぎて、特定が出来ない。
けれど見れば見るほど見覚えがあって。首をかしげている間に、映像は消えてしまった。

「陽介に電話してみる」

普通ならこんな時間に、と止めるところだがマヨナカテレビのことになれば別。
2コールもしない内に出たらしい陽介と話した結果、明日いつもの場所に集合することになったとか。

「とりあえず、寝るか」

あまり寝られる気分ではないけど、ね。
口にはしなくても、顔にはでていたらしい。優しく頭を撫でる手がその証拠だ。
ここにいる、と言わんばかりの温もりがとても心強かった。



翌日、ジュネスのフードコートに集まった面々を見渡し、稲羽市連続誘拐殺人事件特別捜査本部と陽介が呼んだことから
フードコートは"特別捜査本部"とほんの少し恥ずかしいような、かっこいいような名前がつけられた。
それはさておき、昨日の映像から分かったことは、映し出された人物は男子高校生くらい、けれど不鮮明で特定は不可能。
しかし確実に分かったこともある。被害者の共通点と思われていた"1件目の事件に関係する女性"。
昨日のマヨナカテレビで、間違っていたことが証明されただけでも、前には進めているだろう。

「確か私のときは、事件にあった夜からマヨナカテレビの内容、変わったんだよね?」
「ああ、急に鮮明になって内容もバラエティっぽく」
「うん。あれは・・・・・凄かったね、色々な意味で」
「逆ナン・・・な」
「逆ナン・・・ね」
「もう!それは忘れてってば!」

恥ずかしがって憤慨する雪ちゃんには悪いが、あの衝撃的逆ナン映像は、中々に忘れられないものだ。
一つ心残りがあるとすれば、RECできてなかったことだろうか。
笑いにつつまれた雰囲気を戻すよう、陽介が難しい顔で考え込む。

「クマの言った通り、中の天城が見えてたんだろうな」
「でも昨日見えた男の人、はっきり映らなかったでしょ?もしかしたら、まだあっちに入ってないんじゃない?」
「確かに、そう考えるのが妥当だな」
「誰なのか分かれば、被害に会う前に先回りできるんだけど」
「ああ、犯人にも一気にたどり着けるかもしれない」

自信満々に言うものの、でもなあと大きなため息をついてプラスチックの椅子に背を預ける。

「まぁ分かんないんじゃあ、ねえ」
「そうなんだよなぁ・・・悔しいけど、もう一晩くらい様子見るしかねぇか」

その晩、静まり返り雨音のみが聞こえる通りに目をやり、次に時計へ。
0時きっかりを刻むと同時に、テレビに映し出されたのは昨日と同様、黄色い砂嵐と男子高校生のようなシルエット。
昨日よりほんの少し鮮明な映像に目を凝らし、どこかで見たことがあると記憶を巡らせた結果。

「巽、完二・・・・・だっけ?例の暴走族の番組に出てた人」

暴走族番組を見ていた叔父さんが、苦々しい表情で呟いた名前を聞いたのは2〜3日前のことで、記憶に新しい。
悠もすぐに思い出したらしく、似てるなと顎に手を当てて頷く。
映像からは"誰も手をつけられない問題児"という雰囲気が漂っていたが、一度廊下で会った本人からはそんな雰囲気は感じられなかった。
そもそも私たちは、彼が落としたであろうモノを渡しただけであって、それで問題児だと思わせるような行動を取られても困るのだけど。
それ以前に、何故彼が映し出されるのだろうか?

「何か事件に関わってるのかな?」
「調べるか、本人に聴くしかないな」

ブツンと映像が途切れると同時に、響き渡る電子音。発信源は悠のポケットから。
片割れはおもむろに取り出し、耳に当てた。
会話の内容からして、相手は陽介のようで。マヨナカテレビに映った人物が、巽完二だと彼も気づいたようだった。

「どっちが好みって・・・俺、そういうの特に拘りないけど?陽介はどうなんだよ」

マヨナカテレビから、何故好みの話?首を傾げていると、悠が私を見やり突然スピーカーに向かって、私の名前を出した。
ややあって、ふと笑みを漏らす悠に何の話?と言い募っても、こちらと会話する気はないとばかりに、相手にしてくれない。

「そう慌てるなって。客観的に見て、思っただけだ」

最後まで私を無視して、2人で会話を続け電話を終えた。
喉に何かがつかえているような、そんな不快感に口を尖らせていると、ポスンと頭に軽い衝撃。
ふと悠を見上げると、我がままを言う妹を諌めるような表情を見せていて。

「男同士の秘密の話、ってやつだ」
「ボーイズトークってやつ?」
「ガールズトークの趣旨から言えば・・・まぁ、あってるな」

ガールズトークの趣旨って言えば、恋愛話しってこと?悠と陽介が恋愛トーク?
マヨナカテレビの話の流れから、恋愛トークになるって・・・・訳わかんない。

「嫉妬か?」

なんて悠が笑いながら、おかしそうに聞いてくるし。
誰に?何で?と問いかけると、俺に彼女が出来るのが寂しいんだろうとニコニコしながら聞くから。

「うーん。あいちゃんはフェイクだったんでしょ?実際できないと分かんない・・・じゃあさ、私は?」
「うん?」
「私に彼氏が出来たら、嫉妬する?」

そんな何気ない質問に、悠の眉間に微かだが皺が寄った。

「相手による」

自分で話題振ったにもかかわらず、話はここまでとばかりに、寝るぞと言い出して。
ごまかしたでしょ?としつこく聞いていると、煩いの一言と共に布団に引き寄せられ、一緒に寝るような体勢になってしまって。

「あの・・・悠さん?私一人で眠れますよ」
「抱き枕に丁度いいんだよ。だからここで寝ること」
「それは・・・分かるかも」

誰かの体温が隣にあると、温かくて気持ちがいいからすぐ眠っちゃうというか。
元々寝つきのいい私はいつの間にか、眠ってしまった。





「昨日の彼、やっぱり彼だよね」
「巽完二か・・・見るからに絡みにくそうだよな」
「てか、すっげー怖い人なんじゃないの?この前の特番見た?」

陽介の言葉に千枝が賛同の声を上げる。
彼の悪い意味で目立つ格好と特番の相乗効果もあり、巽完二=問題児という図式しか浮かんでこないらしい。
それを聞いていた雪子が伏目がちに、口を開いた。

「あの子小さい頃は、あんな風じゃなかったんだけどな。」
巽完二の実家が染物屋で、天城旅館がお土産品仕入れているとか。
そういえば叔父さんが染物屋がどうの、と言っていた気がする。
思春期と相俟って、本人とは疎遠になってしまったが、その母親とは世間話をするという。

「その染物屋さん今から行ってみない?話くらいは聞けるかもしれないし」

雪子の提案に反対する者はおらず―千枝の危なくなったら男衆よろしく、に男子2人は固まっていたが―全員で商店街の北側にある染物屋へ。
こんにちわと挨拶をして入ってゆく雪子を見るなり、着物の女性が顔を綻ばせ、いらっしゃいと優しく告げる。
きっと彼女が巽完二の母親なのだろう。ではその傍らに立っている、私たちと同じくらいの男の子はお客さん?

何やら真剣な表情で話しをしていたが、私たちを一瞥すると彼は会話を止め、踵を返した。
キャスケット帽を深くかぶっていて、顔はよく見えなかったが、綺麗な顔立ちをした男の子だった。
一つ気になったのは、すれ違う私たちを探るような目で見ていたこと。

千枝ちゃんが見ない顔だというのだから、この辺に住んでいる人ではないんだろう。
けれどどこかで見たことあるような気がして。
整った顔立ちをしていたから、雑誌やテレビで見かけるような芸能人とダブらせているんだろうか?
記憶を巡らせ首を傾げていると、あれ?という千枝ちゃんの声に、ふと我に返る。

彼女が見つめていたのは、赤地に美しい模様が描かれた一枚のスカーフ。
陽介も見たことがあると賛同した次の瞬間、テレビの中だ!と千枝が叫んだ。

「そうか!顔なしのポスターがあった部屋の・・・!」
「あー・・・確か、私が一人テレビ売り場に置いていかれた」

あの時は本当にどうしようかと思った。と遠い目をするを悠が宥めていると、隣にいた陽介が切羽詰った声を上げた。

「それじゃあ、これ山野アナの!」
「あら?あなたたち、山野さんとお知り合い?」

巽母の言葉により、最初の事件と繋がっていることが証明されてしまった。
タイミング悪く来客を告げるインターフォンが鳴り、混乱を抱えたまま巽屋を後にする。

「ここもやっぱり、最初の事件と繋がってる。けど、たかがスカーフだろ?そんなんで狙うか?」
「分からないことだらけだな」
「あれ?完二くんだ」

雪ちゃんの声にはっと顔を上げると、先ほどの綺麗な顔立ちをした男の子と向き合っている巽完二の姿が。
隠れろ!と陽介が咄嗟に言ったから隠れたけど。

「これ、どーみても丸見えなんだけど」
「シッ!聞こえねーだろ!」

耳を済ませただけで会話が聞こえる距離にいて、隠れられてないって、見つかるのも時間の問題だろう。
で、見つかったときはどうするんだろう?
暴走族の特番で見せていた、ゴルァという低い声を出されるんだろうなとボンヤリ考えつつ、彼らの会話を耳に入れる。

「じゃあ明日の放課後、迎えに行くよ」

踵を返した少年を見送りながら、巽完二がブツブツときょうみがどうのこうのと言っているが、は少年の声に違和感を覚え首を傾げた。
声変わり前の少年なら、きっとああいう声をしているだろう。
実際彼の年齢は知らないし、声変わり前なのかもしれない。
けど・・・どうにも拭えない違和感に唸り声を上げると同時に、巽完二のドスのきいた声が。

「あん?!何見てんだゴルァ!」

脱兎の如く、という表現がピタリと合う逃げ足で彼の視界から走り去り、追ってこないところを確認したところで。

「あービビったぁ!テレビで見るよか迫力あんねぇ」

息を整えつつ、安堵する千枝ちゃんに頷いていると雪ちゃんがふと、やっぱり完二くんだと呟く。

「昨日の映像、完二くんで間違いない」

幼い頃から彼を知っているのだから、間違いないんだろう。
分からないのは、なぜ彼がテレビに映し出されたかということ。

「共通点から言うと、狙われるのは母親の方だろ」

一件目の被害者の関係者で女性。私たちが仮説した共通点に当てはまるのは、巽完二ではない。

「でもさ・・・これって、雪ちゃんの時と似てない?」
「確かに、天城より天城の母親の方が共通点に近い、な」

山野アナに直接対応したのは、雪ちゃんではなくお母さん。
だというのに実際攫われたのは、雪ちゃんだった。

「だから今度も、本人じゃなくて息子が攫われる・・・・そういうこと?なら動機がますます分からないじゃん?」

口封じでなく、恨みを晴らすことでもない。となると、初めから動機を見誤っていたということになる。

「それとも染物屋自体に何か秘密が?」

行き詰まり苦し紛れに出した適当な答えに、発言した陽介もあー!と苛立ったような声をだす。

「わかんねーことだらけだ!」
「けど、このまま放っておけない」
「なら直接巽完二に聞こうよ・・・・怖いけどさ。何か気になることはないか、とか」
「そういや・・・完二の奴、ヘンなちびっこと約束してたよな?」

加えて彼は入学早々、まともに登校していないのだとか。
陽介が怪しいと呟き、千枝ちゃんが賛同するが彼女のいう怪しいは"少年と巽完二の雰囲気"であって、巽完二その人を指しているわけではないだろう。
分かってるのかなと、口には出さず彼らの様子を見ていると、話は何故か"張り込み"をすることに。
何やかんや言いつつ楽しんでるな、と悠を振り返ってみると兄も同様に楽しげに顔を緩ませていた。

「というわけで!天城、ケータイ番号教えてみない?」

捜査とかに必要じゃん?と笑う彼は、軽いのか、ガッカリなのか・・・私だけじゃなくて、悠も千枝ちゃんも軽く引いてる。

「俺この中で天城の連絡知らないし」

捜査に必要なのはともかく、あ行の知り合い少ないとは・・・苦しいよ、陽介。
更に追い打ちをかけるように、千枝が夜中に下ネタやめてくれない?と心底迷惑そうな表情で告げたので。

「陽介」
「な、なんだよ・・・

居心地悪そうに後ずさりをするということは、千枝ちゃんが言っていることを実際やったということであって。
後ずさる彼に一歩間を詰め、ポンと肩に手を置いて一言。

「ガッカリも程々にしないと」
「ただの痛いやつで終わるぞ」

いつの間にか隣に並び、陽介の肩に手を置いて深く頷く悠。
双子の本気のトーンにがっくり項垂れる陽介。

「な、鳴神は俺の側だと思ってたのによ・・・!」
「遠慮します」
「あ、お豆腐買って帰らなきゃ」

一連の流れを雪ちゃんが総スルーしたところで、明日に備え今日は解散となった。