「?!」
目を覚ますと、視界一杯に必死な顔の悠。
ドクドクと早鐘のような鼓動が嫌に煩く、じっとりと不快な汗が額から噴出しているのを感じる。
気持ち悪い。体だけじゃない、むしろ今見た映像がとてもとても、気持ち悪くて・・・・恐ろしい。
思わず震えて顔を覆うと、その手を覆うように悠の手が重なった。
「大丈夫か?尋常じゃないくらい、うなされてた」
うん、大丈夫。と声に出そうとしたものの、擦れてしまって言葉にならなかった。
首を縦に振って意思表示すると、悠が緊張したままの顔を少し緩めて笑う。
「そんなに怖い夢だったのか?」
布団を顔まで引き上げ、頷いた。
とっても恐ろしかった。何がって、リアリティに溢れていたのが。
命が途切れた瞬間を目の当たりにしたこと、そしてその犯人が私に言い放ったこと。
「今のあなたには、救えない」
今のって、いつの私ならアレを止められるというのか。
そもそも夢の中で起こったことを、ここまで気にするのは可笑しな話しで。
だからといって、ただの夢だと一蹴して片付けてしまえそうにもなくて。
ギュっと硬く瞼を閉ざした私に、と悠が囁いたので、ゆっくり瞼を開くと、珍しく優しい表情をした悠がいて。
珍しいと目を瞬かせていると、大丈夫。としっかりした声で言った。安心させるように、頭を撫でられ大丈夫と繰り返す。
小さい頃、私たちが怖い夢を見たとき母親がよくやってくれた仕草。
先程までリアルに感じていた、底知れない恐怖と焦燥が、嘘のように消えていくと同時に、子ども扱いされてることが不満で。
無意識に口を尖らしていたらしい、悠が破顔して頭を二度、ポンポンと軽く叩いた。
「少しは元気でたみたいだな」
「うん・・・・・・・ありがと」
肩を竦める片割れに笑いながら、とあることにはっと気がつき尋ねた。
「あのさ、なんで悠がここにいるの?」
私の問いかけに、悠が首を傾げる。
「なんでって・・・・ここは俺の部屋」
「じゃなくて、なんで私たち一緒に寝てるの?」
「覚えてないのか?俺が必死に片付けしてる横で、先に寝たんじゃないか」
「ごめん、全然覚えてない」
「だろうな?全然起きなかったし。向こうの部屋のベットは組み立ててすらないし。面倒くさいから横に寝かせたんだ」
不機嫌そうな顔を隠さず悠が告げ、私の隣に再び体を滑り込ませた。
「まだ6時だし、俺もう一回寝る。7時に起こして」
「一人でどうぞ」
「あったかいから」
4月といえど、明け方はまだ肌寒い。そんな理由で、二度寝に付き合わされそうになってるんだ。
「抱き枕じゃないよ」
「抱き枕でいいから」
「あのさぁ・・・・」
「なあ、」
「離してくれる気になった?」
「・・・・やっぱ後で話す」
「何それ、気になる・・・・って、寝ちゃった」
スヤスヤと、安らかな寝息を立て始めた双子に溜息をつき、それでも憎たらしいから頬をプニと指で押してやる。
それでも悠は気持ちよさ気に眠ってしまい、その上しっかり私を抱き枕にしているのが、らしいというか。
とりあえず好きにさせておいて、ふと窓に視線を投げた。
耳を立てるとしとしと雨の降る音が響いていて、空も暗雲に覆われている。
幸先、良くないなあ・・・・・思わずため息をついて、そっと目を閉じた。
あんな夢を見た後だからか、悠のように二度寝できるはずもなく、真新しい制服に袖を通し階下へ降りた。
階段を降りるごとにトーストの焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐり、何かを焼く音が次第に大きくなる。
ダイニングに出ると、踏み台の上に立ってコンロの前で調理していたのは、意外にも菜々子ちゃんだった。
気配に気づいたのか、菜々子ちゃんがこちらを向き、そわそわした様子で言った。
「お、おはよう」
「おはよう。早起きだね、菜々子ちゃん」
テーブルの上には目玉焼きやベーコンをのせるお皿や、マグカップまで用意されている。
もう手伝うことはなさそうだ。お世話になる側としては・・・ちょっと痛い。
少し早く起きよう、と心に決めていると、フライパンを持った菜々子ちゃんがキョトンとした顔で私を見た。
どうやら悠がいないことを、気にしているらしい。
「悠はねぼすけだから・・・あまり遅かったら見に行くね」
「ふふっ、おねぼうさんなんだ」
「朝しっかり起きれる菜々子ちゃんの方が、よっぽど大人だよ」
菜々子は照れたように笑って、目玉焼きやベーコンをお皿に盛りつけた。
「叔父さんは、もう出勤?」
「ううん、お父さん昨日から帰ってない、みたい・・・」
肩を落とした菜々子ちゃんに、そっかとしか言えない自分を情けなく思いながら、空気を変えるように提案する。
「食べよう?せっかくつくってくれたのに冷めちゃう」
「うん!あ・・・」
「起こしてくるから先に「起きてるぞ」
背後から聞こえた声に肩を竦め振り返ると、すっかり覚醒した顔の悠。
どうやら菜々子ちゃんは階下へ降りてきた悠を指して”あ・・・”と言ったらしい。
私たちだけで、先に食べるのは悪いんじゃ、ととったのが間違いだった。
「さぁ悠も来たことだし、皆で食べよう!」
「が・・・・作る訳ないか」
「そんな確信されたって・・・まあ、そうだけど」
私たち2人の視線をうけ、菜々子ちゃんが体を委縮させる。
「凄いな、ありがとう」
小さないとこは頬を赤らめ、嬉しそうに食卓へ。
昨日より少し打ち解けたことに悠と顔を見合わせ、破顔した。
「今日からがっこうだよね?とちゅうまで、いっしょに行こう?」
「ありがとう。私たちまだこの辺の道把握してなくて」
「助かるよ」
「では、次のニュースです」
なんとなく流れていたニュースに目をやり、身じろいだ。
不倫問題で降板させられた、山野真由美というアナウンサーがあまりに似ている・・・・夢に出てきた人、に。
「今のあなたには、救えない」
彼女に言い放たれた言葉が、耳元で聞こえた気がして息を呑んだ。
「どうかした?」
「、顔色悪いぞ?」
「う、ううん。何でもない!雨の日は憂鬱だからかなー」
あはははと苦笑いし、パンを押しこむように口の中に入れる。
納得していないながらも、本人が大丈夫だと言うので、2人は引き下がり食事を続ける。
正夢、かな。でも、この人が死んだわけじゃないし・・・私、山野アナウンサーなんて今初めて知った。
芸能人や身近な人が夢の中に出てくるのは珍しいことじゃない、夢なんだから。
所詮夢、されど夢。知らないけど、どっかで見てて覚えてた、とか?
偶然・・・・・にしてはできすぎてない?
「早く食べないと、遅刻するぞ」
悠の言葉に我に返ると、食事を済ませ食器を片づけている2人の姿。
とりあえず、今は考えるのを辞めて、学校に行くことだけ考えよう。
そう言い聞かせ、半分ほど残っているパンを片付けることに集中した。
「朝、言おうとしたことなんだけど」
菜々子と途中で別れ、まっすぐと教えられた道の途中、唐突に悠が口を開いた。
何のことを言われているか分からなくて、首を傾げたが瞬く間に思い出し、ああと声を上げた。
2度寝する前に、後でと言われてすっかり忘れてた。
悠の言葉の続きを待つ私を一瞥し、やや気まずそうに口を開いた。
「うなされてただろ?その夢の中で、その・・・・俺と会ったよな?」
限りなく断言に近い、疑問には目を見張る。
うなされたのは恐ろしい夢だったが、その前にも不思議な夢を見た。
先1mと見通せない深い霧の中、2人で誰かを追いかけたはず。
片割れに告げると、私と同じような顔をし、やっぱりと呟いた。
夢の内容がまったく同じで、その中で会ったことまで覚えているなんて・・・異常じゃなかろうか?
なら今日見た山野アナと、夢の中に出てきた女性が似ていることも、有り得ないことじゃない?
夢だった。と片付けてしまえない気持ちが益々強くなる。
「悠さ、女の人が首締められてるのも、見たの?」
「いや?・・・もしかしてそれか、今日魘されてたの」
戸惑いつつ頷くと、呆れたようなため息が返ってきた。
「見慣れないサスペンスでも見たからじゃないか?気にしすぎだ」
「・・・・・う、ん」
「ほら、いつまでも暗い顔するなよ?転校初日だろ」
「そ、う・・・だね!」
何度目になるか分からない、気にするなを連呼するけど、それでも胸騒ぎは一向に収まりそうにない。
何なの、一体?
ギュっと胸元を握ったと同時に、後ろからギシギシと耳につく音が迫り、反射的に振り返る。
「よっ・・・とっ・・・とっとぉ」
同じ制服を着た男子生徒が、傘をさしてふらふらと自転車を運転している。
思わず立ち止まり、2人で見ていると案の定彼は電柱に激突し、前のめりになって股間を押さえた。
なんともいえない奇声を発して、ピョンピョン飛び上がる男子生徒を見て、悠も痛そうな顔をしている。
男性にしか分からない、相当な痛みなんだろう。
2人してしばらく彼を見ていたが、悠が歩きだしたのでそれにあわせて歩き出す。
まだ苦しそうに、前のめりになっている彼が可哀そうで気になるものの
数歩先で悠が立ち止まり、振り返るのでも彼を放って歩き出す。
ああいう痛みは女の子に心配されたら・・・恥ずかしいよね。
逆に私が股間をぶつけて悶絶してるとこに、見ず知らずの男の子に心配されたら恥ずかしすぎる。
だからそっとしておくのが最良、のはず。それに転校初日から遅刻とか、なさすぎる。
「悠と一緒のクラスかな」
「まさか。分けるだろ、鳴上が2人とかややこしい」
「まぁ・・・・そっか」
そんな予想に反し、私たちは同じクラスになり、諸岡と名乗る個性強い担任に連れられ教室までやってきた。
諸岡先生、悠、私と続いて入っていくと、教室が騒がしくなった。
転校生が同じクラスに、それも2人入ってくるなんて・・・・転校多い私たちも初めてだよ。
「静かにしろ、お前ら!」
諸岡の一喝がクラス中に響き渡り、クラスは水を打ったように静まり返る。
恋愛や異性交遊は許さん!清く正しい学生生活を送れ!と続ける先生に、生徒がドン引きしたところで、私たちの紹介が始まる。
「不本意ながら転校生を紹介する。ただれた都会から辺ぴな地方都市に飛ばされた哀れな奴だ。
いわば落ち武者だな、分かるな!男女共間違っても色目など使わんように!それでは、鳴上悠、自己紹介しなさい」
こーんな胸くそ悪い紹介されて、誰が素直に”自己紹介”なんかするか!
「「誰が落ち武者だ」」
悠も同じだったらしく、2人ではもると諸岡だけでなく、静まり返っていたクラスがざわめいた。
そんな私たちに諸岡は顔を顰め、腐ったミカン帳に名を刻んでおく、を皮切りに長い長い説教が始まる。
まず腐ったミカン帳がどういうものなのか、聞きたくてたまらない。
けどここは大人しく聞き流すのが、得策だと黙って聞いていると、ガタと大きな音が教室に響き、すぐ後に女の子の声が続く。
「センセー!転校生の席、私の隣と花村の後ろでいいですかー!」
「お?ああ・・・早く席につかんか!」
私たちが席につくと、諸岡の説教を止めてくれた女の子が、小さな声で話しかけてきた。
「あいつモロキンって言うの、最悪でしょー?ま、1年間頑張ろう?」
明るくてさっぱりした子だ。女の子のウインクに笑顔を浮かべていると、そこ、静かにせんか!と
モロキンの怒鳴り声がし、3人共ビクリとして前を向くことになった。
担任の長い説教を挟みつつ、転校初日は無事終了したけど・・・・・・・なんか、疲れた
溜息をつくと、前でずっとうつ伏せだった男の子がガバリと起き上がり、勢いよく後ろを向いた。
あまりの勢いの良さにビクリとすると、させた本人―男の子はあーと気まずそうに頭をかいている。
この人、どっかで見たような?首をかしげていると、朝の電柱にぶつかった男子生徒を思い出した。
「君「先生方にお知らせします。只今より緊急会議を行いますので、至急職員室までお戻り下さい。
また、全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください」
の声は校内放送にかき消されてしまったが、放送内容が内容だけに、教室中が更に騒がしくなる。
諸岡は教室から出ないよう、釘を刺しそそくさと退出した。
「鳴上・・・さん、だよな」
教室のドアから、目の前で喋る男の子に視線を戻す。
間違いない、電柱に激突して悶絶してた子だ。
「君・・・・朝、電柱に激突してたよね?・・・大丈夫?」
すると男子生徒はやっぱ見られてたか、と苦笑いをし笑った。
「雨の日は歩きのがよかったな。あれでチャリのフレーム曲がっちゃって」
「でもついやるよね、傘さし運転って・・・・・まあ、電柱にぶつかるのは、漫画っぽい奇跡だと思うけど」
苦笑いを浮かべた私に、彼は少し驚いた顔をし、イメージ違うなと笑いながら自己紹介をしてくれた。
「俺花村陽介。鳴上とは・・・双子?」
「うん。悠と。名前で呼んでくれた方が、ややこしくないと思う」
まさか同じクラスになると思ってなかったし。
肩を竦めていると、鋭いサイレンの音が響き、皆一様に窓に目をやる。
雨はあがっており、曇りのはずなのに空は異様に暗く、白い。
「霧?」
「最近雨が上がった後、よくでるんだ。つっても俺もここ半年しか知らねぇけど」
俺も転校生。そんな世間話をしていると、再び校内放送が始まる。
学区内で事件が発生し、できれば保護者同伴で帰宅すること、警官がでているので邪魔せず、まっすぐ帰宅しろとのこと。
「事件って・・・この田舎でか?」
訝しげな花村君に、物騒だね。と同意する。
連日の夢のことといい、この事件といい・・・色々な非日常が起こりすぎているせいだろうか。
胸騒ぎがする。気のせい、とおさめてしまえないほど、強い胸騒ぎが。
窓の外の濃い霧を眺めながら、は胸をきゅと押えた。
「あーっと・・・?どした?」
窓を眺めて動かなくなった転校生―鳴上に声をかけると、彼女は弾かれたように俺を見て、何でもないよ、と不安そうな顔で否定した。
まぁ、保護者同伴で帰った方がいいとか、警官がでてるとか言われて不安な奴はいねぇよな。
俺だっていい気はしねえし。
クラスの中には興奮して、見に行こうとか野次馬根性丸出しの奴もいるけど。
でも俺の興味は、双子の転校生に向けられてる。
鳴上の方はなんとなく分かるとして、まさかまであのモロキンに口答えするとはなぁ。
天城ばりの"深窓令嬢"の雰囲気を醸し出していたのに、いい意味で見事にブチ破られた。
あっさりと名前で呼んでいい、とかいうし・・・・・まぁ、双子だから苗字で呼ばれるとややこしいよな。
なんて言うか・・・誤解する。否、俺には小西先輩がいるしそんな意味じゃねぇけど!
天城と違って天然ではなさそうだから、大丈夫そう・・・に見えてちょっと危なっかしい。
そんなことを考えていたら、口が勝手に動いていた。
「よかったらだけどさ、俺と「」
声を遮ったのは里中と天城を引き連れた、鳴上の姿。 俺にちらりと視線をやり、に戻す。
そして鳴上の後ろからひょっこり顔を出す、里中。反対にの影に隠れる、俺。
「鳴上さん・・・あーややこしい!ちゃんでいい?私里中千枝、よろしくね」
「うん。私も千枝ちゃんて呼ぶ。朝はありがとね」
いいってことよ!と頷く彼女の隣に視線をやると、綺麗な子が狼狽しつつ、自己紹介をしてくれた。
「天城雪子です。私もちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。雪ちゃんって呼ばせてもらうね。で、悠さん美女引き連れてご帰宅?」
びびび美女?!と2人が狼狽しているが、悠は気にせず淡々と答える。この朴念仁。
「事件発生とか言ってるから、固まって帰った方がいいだろ」
「確かに」
頷くと、簡単に荷物を纏め席を立つ。
そう言えば今まで話していた彼はどこ行ったのかと、きょろきょろしていると後ろから花村君の声が。
それも、恐る恐るという風に千枝ちゃんに”成龍伝説”というDVDを差し出している。
「里中さん!これスゲーおもしろかったです!つーか・・・ごめん!事故なんだ。バイト代入るまでまって!じゃ!」
踵を返した花村君を千枝ちゃんは、目にもとまらぬ速さで首根っこを捕まえ、そのままDVDのパッケージを開け絶叫。
「なんで?!信じらんない、ヒビはいってんじゃん!」
鳴上兄妹の脳裏に朝の”事故”が蘇った。きっとあれに違いない。
そして千枝の足技が炸裂し、花村は今朝の事故でも負傷を負ったところに、再び負傷を負った。
つ、机の角がもろに!割れる、割れる!と悶絶中の花村に、悠が朝と同じような顔をして、彼を見ていた。
「だ、大丈夫?」
「えと、保健室、行く?」
「いいよ雪子、ちゃん!こんな奴放っておいて帰ろう!」
お冠の千枝が歩きだし、その後ろを心配していた割にスタスタと歩いて行く雪子、やはりそれに続く悠。
「ど、どんまい」
それだけ言い残し、3人の後に続いた。