モロキンへの口答えは千枝、雪子からも大絶賛だった。
「鳴上くんはなんとなく分かるんだけど」
「まさかちゃんまではもるとはねぇ」
「は図太いからな」
「更に上をいく悠に言われ「雪子!」
の声をかき消すほどの声で雪子を呼び、私たちのゆく手を阻むように立つ男子生徒。
他校の制服を着た、同じ年くらいの男の子だ。
「キミさ、雪子だよね。これからどっか遊びに行かない?」
「だ、誰?」
馴れ馴れしく名前を呼んでいるものの、雪子には誰だか分からないようで、かなり戸惑っている。
校門の前で生徒の流を止めているのもあり、周囲から痛い程の視線を集めていて、居心地が悪い。
後ろにいた男子生徒が、一人の時に誘うだろ?また天城狙いか?など野次馬根性丸出しでこちらを見ていて。
挙句に誘いに乗るか乗らないかの賭けまで始めたが、第三者が天城越えの難易度知らねぇの?と先の2人につっこみを入れている。
「あ、あのさ、行くの?行かないの?どっち!」
痺れを切らした男子生徒が雪子に怒鳴ると、雪子は怯え気味に行かないとはっきり伝える。
きっぱり断られた男子生徒は、雪子を睨んだ後、に視線を合わせ動きを止めた。
じっと観察するように見つめてくる男子生徒に不気味さを感じ、怖くなって悠の背中に隠れると
もういい!と怒鳴り男子生徒は一目散に駆けて行った。
「な、何だったの?」
「何って・・・どう見てもデートのお誘いでしょ」
「え・・・そうなの?」
天然の雪子に千枝があーあと呆れていると、痛みから復活した花村が登場し、天城も罪作りだな、と話しかけている。
「大丈夫か?」
「あ、うん・・・ありがとう。何か、怖かったね」
「今度はに目をつけたかも」
「え・・・それは、ないでしょ」
「自覚しろよ」
「それはこっちのセリフ」
それでも首を傾げる片割れに、悠はため息をついた。
同じ顔立ちをしているし、自画自賛に近いかもしれないがは、可愛い。
容姿にそぐわない、人懐っこさやさっぱりとした性格が”ギャップ”があっていいなんて、誉められていたのを耳にしたことがある。
「しばらく一人で帰らない方がいいな」
「うーん・・・かも?」
「お前らあんま転校生ズ虐めんなよー!」
「話聞くだけだってば!」
ぶつけてフレームが曲がったという自転車に跨り、走り去る花村の背中に千枝がそう吠える。
腕を組んで鼻息を荒くする千枝の隣で、雪子は申し訳なさそうに肩を竦め謝った。
「それより、早く離れない?注目されちゃって居心地悪くて・・・」
ようやく自分たちが置かれている状況に気づき、そそくさと学校を後にし、通学路をゆく。
車もあまり通らない道に差し掛かり、転校した理由なんかを話していると、千枝が何もなくてびっくりでしょ?と切り出した。
「名産品、とか工芸品とか有名なものもあるけど・・・あ、でも天城屋旅館は普通に自慢の名所。雪子ん家なんだけどね」
「え・・・ただ古いだけだよ」
「隠れ家温泉とか、よく載ってんじゃん!雪子はそこの次期女将でね」
千枝ちゃんはいかに、雪ちゃんの実家が凄いかを喋り続けているけど、雪ちゃんの顔は暗い。
特に、次期女将という言葉を聞いてから・・・雪ちゃん自身はあまり乗り気じゃないみたい。
ちょっと気になるな、と思っていると千枝ちゃんが唐突に、悠に雪子って美人でしょ?とふった。
素直に頷く悠に、顔を赤らめる雪ちゃん・・・確かに雪ちゃんは美人だけど、我が兄ながら将来が危ぶまれる。
「んもー!千枝!」
「あははっ!いやー折角なのにノリ悪いしさぁ」
千枝は、微妙に重たいこの雰囲気を、何とか盛り上げようとしてくれてたらしい。
この学校で上手くやっていけるか心配だったけど、何とかうまくやっていけそうな気がする。
それは悠も同じだったらしく、顔を見合わせ笑った。
「ん?あれ、何だろう」
スねた雪子を宥めていた千枝が、民家の一角にできた人だかりを指す。
近所の人だけでなく、警察官やパトカー、おまけに立ち入り禁止の黄色いテープまで張られている。
野次馬の話に耳を傾けると、早退した高校生が見つけた、やアンテナに引っ掛かっていた、等物騒なキーワードが連なる。
「見たかったわ〜」
「ンもー遅いんだから!さっき警察と消防団で降ろしちゃったのよ」
「でも怖いわねぇ。こんな近くで死体だなんて・・・」
はっきりと聞こえた”死体”という言葉に、4人は顔を見合わせる。
4人共言葉をなくしていると、見知った顔が固い表情を保ったまま、私たちに近づいてきた。
「こんなところで何してる?」
「学校帰りです、たまたま通りかかったら・・・」
すると堂島さんは、ったくあの校長などとボヤいている。
そんな彼を気にしつつ、千枝ちゃんが、知り合い?と尋ねる。
「うん。私たちの保護者の堂島さん」
「あー・・・・なんだ、そのこいつらと仲良くしてやってくれ。とにかく、4人とも早く帰れよ」
踵を返し現場に戻っていく彼の隣を、口元を押さえた若い男がすれ違いざまに走りぬけ、道端に行くと嘔吐し始めた。
吐く程、惨い遺体だったのだろうか・・・・
変な想像をしていると堂島さんが、足立ィ新米気分なら本庁に帰るか!と若い男に怒鳴る。
あまりの声の大きさと迫力に、思わずビクリと肩が震え、流石現役の刑事さん。
と感心していると、渦中の男がすみませんと、返すものの再び口を押さえ、道端に顔を戻した。
そんな彼の様子に叔父さんが溜息をつき、顔洗ったら地取行くぞ。と言い残し、今度こそ去って行った。
若い男はまだ道端に顔を寄せている。
吐く、という行為は結構苦しいものだ。胃の中に”何か”入っていないと余計に苦しいし・・・・
は道端の若い男の傍にしゃがむと背中をさすって、ハンカチを渡した。他意はない、ただ"なんとなく"
「大丈夫、ですか?これ、使ってください」
「え、あー・・・ありがとう」
顔を上げた刑事さんは、目を涙ぐませながら真っ青な顔でハンカチを受け取ろうとして、手をひっこめた。
首を傾げたに刑事さんは、気持ち悪そうにしながら言い淀む。
「いや・・でも、汚すわけには・・うぷ」
「ハンカチは汚れを拭うために、使うものですよ」
「・・・・あ、ありがとう。洗って、いや新しいの贈るよ」
「いえ、そこまでしていただかなくて「!」
「ん、行く。それじゃあ」
「え、ちょ君なま・・・・おえっ、」
刑事さんが何か言おうとしていたが、また顔を伏せてしまったので、さほど重要なことじゃないんだろうと、そのまま3人と合流した。
今日は物騒だから、明日”ジュネス”に行こうと約束をし、解散することになった。
その夜、山野真由美アナウンサーが変死体で、それもアンテナに吊るされた状態で発見されたとの報道に、は戸惑いを隠せなかった。
なぜなら彼女が、夢の中に出てきた女性に似ていたから。
それでも、他人の空似だと言い聞かせたのは、怖かったから。
「今のあなたには、救えない」
彼女のセリフが、脳裏を過ぎった。
山野アナウンサーの死を知った夜、中々寝付けず眠くなるまでと、荷捌きをしていたが、眠くなる前に終えてしまった。
そして閉じられたカーテンの向こうは、薄っすら明るんでいて。
徹夜してしまった、と自覚しても一向に眠気がやってくる気配はなく。
これは眠ることを諦めるべきだろう。
ため息をついて、ご飯の用意をしようと着替えて階下へ向かった。
玄関の靴を確認すると、紳士物の革靴が一つ増えていることから、叔父さんもいつの間にか帰宅したらしい。
今日は4人分だなとボンヤり思いながら、冷蔵庫の食材を確認する。
卵とハム、野菜はレタスとトマト。今のテーブルの上には、食パンとりんご。
スクランブルエッグなら、絶対に失敗しない・・・・多分。要するに、火加減だけ気をつければいいんだ、うん。
ハムも同様。レタスは一口大にちぎればいいし、トマトもリンゴもヘタや芯を取って、切ればいい話し。
かといって、作るには時間がありすぎる。
結局暇つぶしをしないといけないことに、苦笑いしつつお湯を沸かす。
マグカップ人数分ないし、買ってこなきゃ。今日ジュネスへ行くって約束したし、ついでに買おう。
放課後の予定をそれとなく考えていると、襖の開く音がし、コンロの前に立っていたは背を逸らし、居間に視線をやった。
驚いたのは私でなく、寝ぼけ眼の叔父さん。
眠そうだった目がいきなり、2倍近くの大きさになった。
それが面白くて、笑みを零し朝の挨拶をすると、叔父さんも弾かれたようにおはよう、と返した。
「早いな、」
「ちょっと目が冴えてしまって。丁度コーヒー準備してたんです、一緒にどうですか?」
「おう・・・ああ、待て。俺が入れてやる。といっても、インスタントだが」
浮かべた苦笑がどこか悲しくて、寂しげで。彼は苦笑を浮かべたまま、口を開いた。
「千里が、死んだ妻との約束でな。俺は家事がさっぱりだが、コーヒーだけは俺が入れるって」
伏せられた視線は、戻らない時間を大切に想いながら、切望している証で。
死んだと理解していても、心はすぐに追いつけない。
時間だけしか解決できないことが、世の中にはある。そう言ってたのは母さんだけど。
きっと、母さんは弟のことを心配して、思わず私に漏らしたんだろう。
かといって、私があえて口にしてもいい話題でもなく、ただ頷き話題を変える。
「朝食、食べていきますか?」
「いや、いい。時間がな」
疲れた様子でため息をつき、目頭を押さえた。
目の下にはくっきりとクマが。事件が起き、殆ど眠ってないんだろう。
「一段落ついたら、しっかり休んでくださいね」
「・・・・意外だな」
「何がですか?」
「頭ごなしに無理するな、と言われると思っていた」
「頑張る人に言ったって、聞いてもらえないのは、両親で体験してるので」
仕事に殺される、と愚痴を漏らし体を酷使しても、頑張ることを辞めない両親。
家族と自分のためだと言われると、頭ごなしに無理するな!とも言えず、けれど体が心配なのは言うまでもなく。
今は無理してもいいから、無理した分体を休ませて。というセリフが、鳴上家で日常的になったのだ。
だから今も無意識に口から出てきたもので、他意はないが、この考え方が珍しいものであるに違いはない。
しかし彼には、その言葉に納得したようだった。さすが姉さんだな、と呆れたように笑う。
その後僅かな時間ながらも、コーヒー片手に世間話し、慌しく出勤する背中を見送った。
慣れないことだし、手間どることもあると考え、ゆっくりと朝食の準備を始める。
先に起きてきた菜々子ちゃんが驚き、更にその上を行く驚き方をしたのは、言うまでもなく片割れで。
「・・・お、お前・・・お前っ!」
「何でそんな怖がるかな?なら毒見すればいいじゃない」
あまりの怖がりように苛立ち、それをブツけるように、寝起きで動きが遅い悠を捕まえ、無理やりスクランブルエッグを突っ込む。
真っ青になっていた顔色が更に青くなったが、咀嚼していたものをゴクリと飲み込むと、顔色はみるみる内に回復し、一言。
「・・・う、うまい?」
「何で疑問系なの」
何の変哲もないスクランブルエッグだったが、悠にとっては凶器、としか認識されていないようで。
まあ・・・・・・心当たりがないわけじゃないけど、流石に卵を混ぜながら焼くだけでは、失敗できない、というかしようがない。
「リクエストにお答えして、お兄さまには凶器を作って差し上げましょうか?」
「いい!」
即答しなくたって、冗談じゃない。
やはり腹立たしいには変わりなく、本気で"凶器"を作ってやろうかおと思ったが、それを留まらせてくれたのは
「おいしい!」
いとこの飛び切り可愛い、笑顔だった。
単純なことに、すっかりご機嫌になったは登校時も終始ニコニコしていて。
バレないように小さくため息をつき、昨晩見た不思議な夢を思い返す。
鼻の長い、ギョロリとした目玉の奇怪な老人―イゴールと、冴えるような美貌の女性―マーガレット。
彼らに招待されたのは、ベルベットルームという摩訶不思議な場所。
そこで俺というより、俺たち双子に告げられたこの1年間に遭遇するという、災厄。
謎を解かなければ、未来はないとまで宣言された。
ここ最近、妙な夢を見続けているからだろうか。あれが夢だとは到底思えない。
も同じものを視たんだろうか?再びご機嫌なに視線を向けると、しっかり視線が交わりヘラっと能天気に笑われた。
脱力感を感じて、ため息をついた。ない、ないな。
内心呟いたその時、ものすごいスピードで何かが駆け抜けた。
それが自転車に乗った花村だと分かった瞬間、彼はゴミの群れに突っ込み、ポリバケツにはまって抜けない体ごと転がり始めた。
「だ、だれか・・・!」
ゴロゴロとアスファルトに転がる音を響かせながら、助けを求める声がかすかだが聞こえる。
漫画のような出来事にポカンと口を開けていたが、遅れて笑いがやってきた。
おおっぴらに笑うのも可哀そうだから、頑張って笑いを噛み殺していたが隣にいた悠が
突然吹き出したのを聞くと、もう我慢できずに苦しんでいる花村そっちのけで、2人して笑う。
「た、助けてやるか?」
「う、うん」
粗方笑いが収まったところで、一出ている足をそれぞれが掴み、せーのでひっぱると、スポン!と音を立てんばかりの勢いで、花村がバケツから抜け出した。
バケツの中には、幸い何も入っていたようで、彼から異臭はしていない。
「いやー助かったわ。サンキュ、鳴上!」
「大丈夫か?」
「お前ら・・・爆笑してたろ?」
「あんな漫画みたいな・・・ふふっ」
「バケツに入るって・・・ふふっ」
やはり耐え切れなくなって笑う私たちに、花村くんが諦めたように肩を竦めた。
「ゴミ臭くなくてよかったね。あ、この人は花村陽介くん。悠の後ろの席の」
「よろしく。鳴上悠・・・だよな?」
「よろしく」
花村が変形したフレームの自転車を押し、3人で歩いていると話題はやはり女子アナの殺害事件に。
「どう考えても事故じゃねえよな・・・見せしめか何かだろ?」
「そうかもしれないな」
悠が同意し、2人は事件について話し始めた。
は会話には加わらず、今日の晩御飯は何かとぼんやり考えている間に、話題は稲羽に慣れたかどうかに変わっていた。
「この街には何もないけど、逆に何もないがあるっつーの?空気とか結構うまいし」
「いいとこだよね。あ、稲羽市って何か名物ない?食べ物で」
何故か花村くんが、苦笑いを浮かべ名物が”ビフテキ”であることを教えてくれた。
「野暮ったい響きだろ?俺値段安いとこ知ってるけど、行っとく?今朝のお礼におごるぜ?」
「その話、私ものったー!」
元気な声に振り返ると、仁王立ちした千枝の姿。
”成龍伝説”のDVDパッケージを手に持ち、くるくる回しつつニヤリと笑った。
「お詫びにおごってよ?」
陽介が項垂れたのは、言うまでもない。
「ビフテキじゃないじゃん?!」
「大人のジジョウって奴だよ、悟れ里中」
「ええ?!肉の口になってたのにー!」
何だよソレと呆れる花村くんをよそに、まいっかとフードコートのスナックを食べ始める千枝ちゃん。
勢いのある食べっぷりに、笑みを零すと突然花村くんが立ち上がった。
「小西先輩!」
視線の先には、緩くウエーブのかかった長い髪の美人。
まるで飼い主を見つけた子犬、もとい嬉しそうに彼女の元に駆けていく。
傍から見ても、花村くんが幸せそうで・・・・あ。もしかして、好きな人とか?
すると彼女の視線が私たちに向き、クスリと整った顔に笑みが浮かんだ。
「君たちが転校生?」
頷く私たちを受けて、後ろにいる花村に振り返る。
「花ちゃんいい奴だけど、ウザかったらウザいっていいなね?」
ウィンクする先輩に、苦笑いを浮かべるとひでぇ?!と花村が声を上げたものの、その表情は緩みっぱなしで。
どうやら、花村くんの意中の人に間違いないらしい。
去っていった先輩の背中をずっと見送る花村に、千枝がニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふーん?花村が小西先輩、ねえ?」
彼女の言葉にはっとして否定するものの、赤らめた顔では説得力がなく、ムキになる方が好きです、と言わんばかりの態度で。
好きな人がいるっていいな、と思いながら花村くんを見ていると、一瞬目があったがすぐに逸らされてしまった。
「そんな悩める花村に、いいことを教えてあげよう!マヨナカテレビって知ってる?」
「マヨナカテレビ?」
が復唱すると、頷きつつ、雨の夜の午前0時に消えてるテレビを一人で見るんだって。と話を続ける。
「で、画面に映る自分の顔を見つめていると、別の人間が映る。その人は運命の人だって話」
「なんだそりゃ?何言いだすかと思えば・・・お前、よくそんな幼稚なネタで盛り上がれるな」
呆れ顔の花村に、憤慨する千枝はだったらさ!と声を荒げた
「ちょうど今晩雨だし、皆でやってみよーよ!」
「皆って・・・オメ、自分も見てねーのかよ。久し振りにアホくさい話を聞いたぞ?それよかさ、やっぱ事件って殺人なのかね?」
花村は、都市伝説のようなマヨナカテレビの噂より、現実味のある”山野アナ変死体事件”の方が興味津々らしい。
殺人犯がまだいたりして。と物騒なことを言う花村に千枝が冷ややかな視線を向け、幼稚なのはどっちよ。と一蹴し
マヨナカテレビを見るように、と念を押して、プチ歓迎会はお開きになる。
その足で日用雑貨の売り場に寄り、黄色のスマイルマークのマグカップを2つ購入した。
また叔父さんに、今度は悠と菜々子ちゃんと一緒に、コーヒーを入れてもらうために。