ZERO





黄色いノイズの混じった画面。
自動販売機らしきものと、その前に佇む誰か。
不鮮明で誰とまで特定できないものの、私たちと同じくらいの年頃の、ウエーブのかかった髪の長い女の子、に見える。
耳障りなノイズ音を響かせ、時たま途切れつつその人影はくるくると回っている。
このシルエット、どこかで見たことある・・・・それもここ最近。

首を捻っていると、映像は途切れ真っ黒なテレビ画面に戻った。
今の映像、悠も見えたかな?
確認しようと、すぐさま二回へ上がり部屋の扉を開けた。

「う、わあっ」

人間パニックになると、大きな悲鳴も出ないのだと、パニックになりそうな自分を冷静に分析している自分がいる。
真正面には、上半身がテレビの中に入り、バタバタしている悠の姿。
入ってる、入ってるよね、これ?
尋ねても欲しい答えが返ってくるわけない、けど尋ねずにはいられなかった。

そうじゃない、原因を探るよりまず助けなきゃ!
テレビからはみ出している下半身を掴み、勢いよく引っ張っると。

「い、たいっ」

抜け出せたはいいものの、したたかに頭をぶつけ、小さな部屋に鈍い大きな音が響いた。
揺らめく水面のようなテレビ画面は、私の知っている"普通"に戻っている。
それでもじわじわ広がる痛みが、テレビに入ったことは現実だ、と告げていて。
頭で理解していても、気持ちがまったく付いてこず、2人して唖然とテレビを見ていると、階段を駆けあがる小さな足音がし、部屋の前で止まった。
叔父さんではない、菜々子ちゃんだ。
彼女はドア越しに、大丈夫?と問いかけた。

「ごめんね、起こしちゃったよね」
「・・・うん、すごい、音したから」
「荷物落としちゃって。大丈夫だから」

苦しい言い訳だったが、菜々子ちゃんは納得してくれたようで、おやすみなさいを言うと、降りて行った。
菜々子ちゃんのお陰で、今起こった出来事を口にする程回復できたは、悠に問う。

「今テレビに入ってた、よね?」
「ああ、間違いなく入ってたな」

非現実なことを、しっかり受け止めている片割れに面食らい、目を瞬かせた。
これが夢なら痛い思いをした時に、とっくに目覚めているだろうし。
信じられないけど、起こってしまったのだから既に"現実"だ。
そう言い聞かせ、何故テレビに上半身を突っ込んでいたか尋ねると、声が聞こえたとまた冷静に言う。

「男の声。"我は汝、汝は我。汝扉を開く者よ"・・・・どういう意味だろう?」

あくまで真摯な兄に、冗談でしょう?と笑いたかったが、どうにも笑える雰囲気でもない。
かといって兄の妄想とも思えない。既にここ数日で、異常ともいえる体験をしているのだから。
夢じゃない、そう受け止めなければならないのだろう。この"現実"を。

声の主が誰で、その言葉の意味は何なのか、皆目見当はつかないが、まず確認しなければならないことが一つ。

「マヨナカテレビ。見えた?」

頷いた悠は不鮮明な映像の中に、自動販売機と、女の子らしき人影が見えたと。
私が見たものと、そう大差ないものを見てたらしい。

「私の運命の相手は女の子で、悠と同じ・・・そういうこと?」
「分からない・・・でも、あの人影どっかで見たことあるんだよな」
「うん、私もどこかで・・・・」

思い出せそうで、想い出せない歯がゆさに、眉間に皺を寄せていると、隣からあ!と声が上がった。

「ニュースだ」
「ニュース?」
「ほら、例の変死体の事件。第一発見者のインタビュー」

不倫騒動が出た渦中の人、ということもあり山野アナウンサーの変死体事件はどこの局も総力を挙げて放送している。
とりわけ著しいのが、被害者が所属していたローカル局。
第一発見者にインタビューをした、と映像を流していた。
当人の顔はボカされ、ボイスチェンジャーされていたものの、八十神高校の女子制服を着用している時点で、知り合いが見れば、誰だか分かる程度の誤魔化し方で。
叔父さんもあきれ返っていた。

第一発見者が、マヨナカテレビに映ったシルエットに似てるんだ。
そしてそのシルエットから、また他の誰かが連想できそうなんだけど。
しばらく無言のまま考えに没頭するが、結局誰か分からず今日のところは諦めることにした。

「明日花村達に報告しよう」

悠の言葉に頷いたはいいものの、これから一人で部屋に戻って眠る気にはなれず。

「ね、悠さん?・・・そのっ」
「来いよ。一緒に寝るんだろ?」

シングル用の狭いベットにも関わらず、一人分のスペースを開けている悠。どうやらお見通しだったらしい。
少し悔しいながらも背に腹は変えられず、素直にお礼を言って片割れの隣に横たわる。

「お邪魔させてもらって、何だけどさ」
「うん?」
「悠ってタラシだよね。天然の」
には言われたくない」
「何で私が・・・」

納得いかずに口を尖らすと、大きなため息をついた悠の手片手が、の両頬を捕らえた。
無遠慮に両頬を片手で潰され、いわゆるヒョットコのような顔にされてしまった。
何するの、と喋ったつもりが空気がもれたような、ふがふがと間抜けな音が漏れる。

「寝不足なんだろ?少しでも寝ておけ」

頬から手を離し、今度は頭を撫でられ唖然とした。
頭を撫でられたことじゃなくて、寝不足に気づいていたことが。
確かにクマは出ているけど、そんな素振りは一度も見せなかったはず。

のことなら、何でも分かる」

ほらそういうところが天然タラシだって。
と憎まれ口を叩きたいけど、単純に嬉しくて、同時に恥ずかしくて。
何も言えず黙っているのも癪で。

「私だって。悠のことなら、何でも分かるよ?」

すると悠が目を見開き、黙ってゆっくりと私に背を向けた。
どうやら、不意打ちは成功したらしい。

「俺はの将来が不安だ」
「そっくりそのまま、お返しするよ」

しみじみと言われた言葉に、しみじみと返答すると、何度目か分からないため息をつかれ、笑みを零した。







翌日の学校は山野アナの事件でもちきりで、昨日のTVに映った死体発見者は小西先輩だ、という噂まで流れていた。
昨日チラリと会っただけだけど、言われてみれば彼女に似ているような気がする。
ということは、マヨナカテレビに映った人影も、小西先輩ということになる。

「でも運命の相手が女の子って、どゆことよ?!」

千枝ちゃんも、私たちと大差ないものを見たらしく、運命の相手が同性ということに頭を抱えている。
花村くんも見たものは同じようで、困惑気味だ。

「知るかよ・・・お前らは見たのか?」
「見た。私達が見たのも、多分同じ女の子だと思う」
「それで、男の低い声が聞こえて・・・気づいたら、テレビに入りそうになってた」

私はともかく、ありのままの非現実を淡々と話すと、2人はあははと乾いた笑みを浮かべた。

「動揺しすぎ?じゃなきゃ、寝落ちだな」
「テレビから引きあげたの私なんだ。勢い余って頭打ったんだけど、今でも痛いんだよね」

後頭部を押さえると、微かに膨らんでいる部分が分かる。
悠も同じような場所にたんこぶを作っているに違いない。
呆れる花村と対照的に、千枝は夢にしても面白い話だよね、と喰いつくものの、2人共現実に起こったことだと、同意する様子はない。
分からなくもないけど、後頭部のたんこぶが現実だと今でも私たちに教えている。

「あとちょっと、テレビが大きかったら入ってたかも」
「怖いこと淡々と言わないでよ」

テレビに落ちたなんて、本当シャレにならない。
それ以前にそんなこと真剣に考えるほうが、どうかしてるけど。

「小さくて入れなかった、っていうのが変にリアルだね」
「悠はひっかかってたけど、私なら入ったかも」
まで・・・やめろよなぁ」
「すっごい勢いで、吸い込まれそうだったんだよ」
「・・・安い都市伝説みたくなってんじゃん」

またも呆れてしまった花村くんの隣で、千枝ちゃんは、大きければとつぶやき俯いていた顔をあげた。

「ウチさ、テレビ大きいのに買い換えようかって話してんだ」
「もうちょいで地デジ移行、だもんな。買い替えすげー多いからな。ウチの店も品揃え強化月間だし、帰りに見てくか?」
「ウチの店?」
「ああ・・・言ってなかったか。俺の親父ジュネスの店長なんだ」

サラっと何でもないように言うが、本人の中では色々葛藤があるらしく、一瞬顔を顰める花村。
確かにあの商店街の侘しさを知っていれば、思うところもあるはず。
加えて狭い田舎町じゃ、どこの誰かなんてすぐに広まってしまうもので。

?置いてくぞ?」

花村くんの声にはっと我に返ると、3人が鞄を持って入り口に立っているではないか。
いつの間にそう一人呟いて、鞄を持って彼らの後を追いかけた。




やってきたのはジュネスの家電売り場。私が考え事している間に、里中家のテレビ探しの話は纏まっていたらしい。
大小さまざまなテレビが置かれている売り場には、お客さんは疎か、店員さんの姿も見当たらない。

「ウチでテレビ買うお客とか少なくてさ、この辺店員も置かれてないだ」
「ふぅん・・・ずっと見てられるのは嬉しいけど、やる気のない売り場だねぇ」

そして2人は目の前にある”人”が入れそうな大型テレビに目を止め、同じタイミングで近寄ると
また、同じタイミングでテレビ画面を、ペタペタと念入りに触り、2人で顔を見合わせた。

「信じてないでしょう?2人共」
「まぁ、今、入れなかったしな」
「寝落ち、確定だね?」

苦笑いを浮かべた2人は、千枝が買い替える予定だというテレビを探しにその場を離れた。
2人を見送り、改めて大きなテレビと向き合う。

「昨日のこと、夢だと思うか?」
「花村くん達はああ言ってたけど、私は思えない。悠は?」
「俺も、夢だと思えない」

真剣な表情で話す悠は、テレビに近づき画面に手を伸ばしかけたので、慌ててそれを止めた。

「な、何やってんの!昨日の小さいやつと違って、大きいんだから吸い込まれたら本当に!」
「じゃあ、がひっぱっててくれ」

片割れの心中を知らぬ兄は、ケロリと何でもないことのように告げ、いきなり画面に触れた。
真っ黒だったテレビ画面が、水面のようにユラユラと波紋広がっていった。

「だ、大丈夫?吸い込まれそう?」
「いや、大丈夫そうだ」

そう言うと、悠はさらに腕をテレビにつっこんだ。
そんな怖いもの知らずな悠を余所に、は怖々とその様子を伺いながら、ズボンのベルトのあたりをしっかり持っている。
いつ、吸い込まれそうになってもいいように。

「触ってみるか?」
「え、ええええ?!・・・・本っ当に、吸い込まれない?」

得体の知れない現象を怖がりながらも、触ってみたいというのは人間の本能だろう。
ベルトを持ったまま、恐る恐るテレビに手を近づけるが、伝わる感触は冷たい無機質なもの。
普通にテレビに触っている状態だ。しかしその隣では、悠の腕が関節まで入ってしまっていて、テレビから腕が生えたようになっている。

「悠だけしか、入れないのかな?」
「みたいだな」

ペタペタと画面を触る私を他所に、悠はどんどん体をテレビの中へ入れていく。
恐々としながら、様子を伺っていると、花村くんの明るい声がかかった。

「鳴上兄妹、お前らん家のテレビって・・・?!」

絶句して私たちを見る花村くんに、千枝ちゃんが私たちを振り返り、花村くんと同じようになる。

「な、鳴上の腕、テレビにささってない?」
「えっとー・・・あれ?最新型?新機能とか?ど、どんな機能?」
「ねーよっ!」

プチコントを広げると、2人は私たちに駆け寄り、食い入るように見つめ、マジックでないことを散々確かめてる。
驚いているのと、現実と認めたくないという気持ちが錯綜し、かなり動揺しているようで。
そんな2人をよそに、悠は腕を抜くと今度は上半身を突っ込んだ。

「バ、バカよせって!何してんだお前ー!」
「空間が広がってる」
「な、中って何?!」
「く、空間って何ィ?!」
「ちょっと!本当に気をつけてよ?」

注意するだけの私に、2人は信じられないようなものを見たような視線を寄越した。
気が済んだら止めるって。そう付け加えると、とうとう2人は頭を抱えた。

「あーあーあー!何なんだよお前ら、その余裕は!」
「相当広いぞ」
「ひ、広いって何?!」
「っていうか何?!」
「あはは、2人共ビックリしすぎだよ?」
「見ろよこれ?!相当、シュールだぞ!・・・やっべ、ビックリしすぎてモレそう」
「は?モレる?」

動揺しすぎた2人は、またもコントのようなやりとりをしている。

「白くてよく見てない・・・煙、じゃないな・・・霧か?」

霧、なんてあまり聞かない言葉だったのに、最近よく聞くな、とボンヤリ思っていると、悠が更に身を乗り出した。
いい加減止めれば?そう続くはずだった言葉は、後ろからの強い衝撃に呑み込まざるを得なかった。
強かに顔を打ち付けると同時に、悲鳴が聞こえ思わず顔を上げ、驚いた。

「え・・・・?」

一緒にいたはずの3人が、突如消えていたのだから。
テレビに振り返ると、最後の波紋が画面に広がり正常な画面に戻っていた。
慌てて画面に触れるが、悠のように入れるはずもなく、ただ無機質な冷たい感触だけが伝わってくる。

「うそ、でしょ・・・」

助けを呼ぶったて、どうすれば?
友人がテレビに落ちました。助けてください!なんて言っても、誰も取り合ってくれるはずがない。
悪戯するな、あまりにしつこいと、いい加減にしろと一蹴されるのがオチ。

ネガティブになりそうな自分を奮い立たせ、とりあえず電話してみるものの、何度かけても"電波の届かない所にある"の一点張り。
何故か私はあの中に入れなかった。だから、助けにいけない。
ここで彼らの無事を祈って、待ってる他ないんだろうか?

「どーすんのよ、これ」

いっそのこと一緒に落ちたほうがマシだったと、真剣に思った。






後ろからの衝撃に、投げ出される体。
振り向いたときには、腹部周辺がヒヤリとし重力に従って、落ちていた。
悲鳴はあまりの驚愕に呑み込んでしまい、声にならない声が喉から出きがする。
一瞬遅れてきた衝撃と痛みに、顔を顰め慣性のまま地面を転がった。

その後に続いたうめき声は2つ。
煙のように濃い霧の中、うっすら見えたシルエットは花村と里中。
2人共痛みに愚痴を垂れつつも、すぐ立ち上がれたことから怪我はしてないようだと、旨を撫で下ろした。

「怪我してないな?」
「ケツが若干割れた」
「もともとだろが!」
お前は?」

いつまでたっても悠の問いに返事がなく、不安気にを呼ぶ2人に、大丈夫と告げ理由を話す。

「入ってないんだ、だけ」
「ええ?で、でもあの時ちゃん含めてぶつかったのに?」
「俺がテレビに手入れてたとき、も触ったんだ。けど、入らなかった」

自分が触れていた画面は水面のように、ユラユラ揺れていたものの、が触っている画面だけが、何故か"普通"のままだった。
もしも巻き込まれているのなら、一緒に落ちてきている・・・・はず。確証はないけど、そう信じたい。

悠の話を聞いて若干の落ち着きを取り戻したものの、次は周囲の異様さに取り乱し始めた。
テレビ収録に使われる、スタジオを彷彿とさせる場所で、ジュネスのどこか、ではないことはなんとなく理解できる。
ふと視線を落とし、異様なアートに思わず片足を上げてしまった。

毒々しい色使いで描かれた円。
その中心に向かって人を象った絵が、何人も連なり中心を目指している。
不気味さに顔を顰めると、花村が困惑気味に続けた。

「んな訳ねぇだろ?つか、俺達テレビの中はいって・・・つーかこれ、どうなってんだ?」
「こんな場所、うちらの町にないよね?」
「ある訳ないだろ・・・どうなってんだここ、やたら広そうだけど・・・」
「調べてみよう。出口も見つけないと」

落下してきたことから、上を見上げ来た場所から戻ることは断念し、歩いて探すことを提案した。
一刻も早く、ここから出たいのは皆同じ。誰も依存なく、不気味な場所を移動する。
黒と赤のコントラストが織り成す、異様な空を見ながら、置いてきたであろうを思い出し、思わず笑みがこぼれた。

きっと一人で右往左往してるに違いない、それもテレビの前で。
一応と花村が携帯の電波状況を確認していたが、当然の如く圏外。連絡はできない。
帰ったらきっと、怒るな。自分も同じ状況に置かれたら、そうなることは易々と想像できるし。

「ヨユーだな、鳴上!こんな状況で思い出し笑いとか、できる?」

花村に呆れられ、里中には少し尊敬を含んだ目で見られ、苦笑を浮かべた。