「ちゃん・・・真っ青だよ、大丈夫?」
はっと我に返ると、千枝ちゃんのくりくりとした大きな瞳が、気づかうようにこちらを覗き込んでいて。
大丈夫とだけ答えておいた。青い顔で言っても説得力はなかっただろうが、言わないよりマシだと思えたから。
悠やきもきしていることに気づき、微かに笑みを浮かべて頷いた。
大丈夫というニュアンスは伝わったようだけど、納得してないらしい。しぶしぶという風だった。
「小西先輩の遺体、最初に死んだ山野アナと似たような状態だっただろ?覚えてるか、山野アナが運命の相手だって騒いでた奴がいたこと」
「死ぬ前にマヨナカテレビに映った、ってことね」
花村の言葉を、先回りしたように口を開いたに、驚きつつも真剣な表情のまま、花村が頷いた。
流れを受けてて今度は悠が、会話に加わる。
「マヨナカテレビに映った人は死ぬ。って言いたいんだろ?」
「言いきらないけどさ、ただ偶然にしちゃあひっかかるだろ?」
「偶然じゃない」
はっと我に返ると、6つの瞳に見つめられてた。
どうやら、口にしてしまっていたようだ。微かに視線を伏せながら、切り出した。
2、3日前に見た奇妙な夢の内容を。
「途方もない話だって分かってる。山野アナがマヨナカテレビに映ってたかどうか、本当のおところは分からない。
ニュースで見た彼女と夢の中で見た彼女があまりにも、似ていたし・・・小西先輩の時は、はっきり見てるの・・・昨日。
何度も夢だって思い込もうとしたけど・・・・でも、できなくて」
「魘されてたのは、それが原因か」
悠の言葉に頷いた私に、千枝ちゃんがどういうこと?と首をかしげた。
「そのうなされてる声で、起こされたんだ。2、3日だけど」
「2人って一緒に眠ってるの?」
ケロリとした顔で尋ねる千枝ちゃんに、花村くんがいやいや!ないだろ?と確認するように、私たちに尋ねた。
普段は別で、その時は怖くて一人で寝るのが嫌だったから。
そう告げると、花村くんは微妙な顔をして、ああと奇妙な返事をした。
「どういう理由か分からないけど、あれに映った2人とも死んでる。それも、自分自身に殺されてた」
「自分自身?」
花村くんの訝しげな目に、何となく気まずさを感じ目を伏せた。
「そう見えたの・・・・ごめん、自分でもよく分からなくて」
「そっか・・・・話してくれてありがとな、」
「信じて、くれるの?」
「俺らもテレビに入る、なんてトンデモ体験しちまったし」
「ちゃんが嘘ついてるように、見えないしね」
「―――ありがとう」
花村くんと、千枝ちゃんが私に笑いかけ、悠は少し不満げな面持ちでこちらを見ていた。
思い当たるフシはあるような、ないような・・・・今は放っておいて、花村くんが言おうとしてることに集中することにした。
「マヨナカテレビが関係してるのなら・・・・やっぱテレビの中ってことだな。”霧が晴れる前に帰れ”・・・テレビの中で会ったクマが言ってたろ?」
「”誰かが人を放りこむ”とも言ってたよね?」
テレビの中に入ってない私は、そのやりとりを知らない。
悠が後で教えてやる、といわんばかりに視線を寄越したので、口は挟まなかった。
「ポスター貼ってあった部屋も、事件に関係ある・・・・な」
悠の言葉に、花村くんが力強く頷いた。
「マヨナカテレビとテレビの中・・・これで説明つくだろ?あの妙な部屋が、山野アナに関係してるっていうなら」
「小西先輩に関係ある場所も、あるかも?」
悠の告げたことに、千枝ちゃんが不安げにまさかと呟き、彼はもう一度頷き力強い声で、言い放つ。
「俺、もう一度行こうと思う・・・確かめたいんだ」
「よ、よしなよ・・・事件の事は警察に任せた方がいいって」
あの世界の異様さを身をもって体験した千枝ちゃんが、心配そうに言うが、山野アナの事件の進展のなさを上げ、警察は当てに出来ないと花村くんが言い返した。
テレビに入れるなんて話、まともに取り合ってくれるわけがない。そう付け加えて。
「全部俺の見当違いなら、それでもいい・・・ただ、先輩がなんで死ななきゃなんなかったか。自分でちゃんと知っときたいんだ」
先輩への想いを知っているからこそ、誰も彼を引きとめられなかった。
ジュネスで準備して待ってる。そう言い残し、彼は去って行った。
小さくなる後姿を見送りながら、気持ちは分かんなくもないけどさ、と千枝が遣り切れないように言った。
「あんなとこ入って、また無事に戻ってこれる保証ないじゃん・・・どうしよう?」
大事な人が理不尽に亡くなり、頭に血が上っているというのは御幣があるかもしれないけど、それに近い雰囲気を纏っていた。
とめるにしたって、彼がいる場所まで行かなくちゃいけない。
花村くんを追いかけよう?と提案するが、悠がダメだと、即座に否定した。
「何で?心配じゃないの・・・?」
「もちろん、花村は放っておけない。けど、は置いてく。お前・・・酷く顔色してる」
そう言って、悠はの額に手を伸ばした。
いつもの心配癖だと、一蹴しようと手を払いのけ一歩下がった時だった。
「ちゃん?!」
そんな悲鳴染みた声、出さなくったって平気だよ。
そう笑って告げるつもりが、できなかった。
ぐるぐる回る視界と、腹からせり上がってくるような気持ちの悪さに、耐えるので精一杯意だったから。
「無理するな。保健室で少し休んでろ」
冷静な声で告げ、膝裏に腕が入ってきて、一瞬体が宙に浮く感じがした。
いわゆる、お姫さま抱っこされているんじゃなか、と気づくのに時間はかからなかった。
反抗する気力もなく、ぐったり身を預け、付き添ってくれている千枝ちゃんに笑いかけた。
「ごめん、私無理っぽいや・・・」
「花村のことは任せて!ちゃんと休んでね?」
「ありがとう」
太陽みたいな笑顔っていうのは、千枝ちゃんのような笑顔を言うんだろうな。
意識を手放す前、そんなことを考えてたように思う。
先の見えない霧の濃さに、ああここはあっちなんだと、素直に納得すると同時に、一つの疑問が浮かぶ。
マヨナカテレビは見てないのに?それにしたって・・・・・
「変な感じ」
やはり呟いた声は、声にはならなかった。つもりで止まってしまい、音となってはいない。
3度体験しても慣れないものは、慣れない。現実じゃないのに、現実にいるような感覚。
そんなことを考えていると、再び画面が変わった。
テレビの収録スタジオのような、不思議な場所。
そこにいる2人と1匹?一人、というべきだろうか?だったら3人ということにしておく。
悠と花村くんだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
問題は、着ぐるみのクマ。その中の人は誰なんだろう?
首を傾げていると、また景色が変わった。
稲羽中央商店街の北側部分に、瓜二つの場所に。
違うところといえば、悠たちしか見当たらないことと、空の色が赤と黒の縞模様くらいだろう。
「あ」
声を出したのは、誰だったんだろう。姿を現した口だけの巨大なそれに、身体に寒気が走った。
危ない!と叫んだって、伝わる訳がない、けど叫ばずにはいられなかった。
同時に、彼女達の言葉が蘇り胸に突き刺さる。
「私だって・・・・好きで見てんじゃないわよ!」
力の限り、叫んだ時だった。
視界を遮るほどの閃光に、ぎゅっと固く瞼を閉ざした。
次に目を開けたときには、信じがたい光景が広がっていた。
「イザナギ!」
悠の背後には、頭身の倍ほどある銀色のマスクを纏った武人の姿。
唖然としている私を他所に、再び閃光を伴い一筋の雷が化け物に落ち、塵となって消えた。
それ、何?尋ねたって、片割れから返事が返ってくるわけもなく。
帰ってから聞くしかないか。
とため息をつくと、三度景色が入れ替わった。
酒屋らしき場所で、花村くんが2人。
1人は見覚えある花村くん、もう一人は目をほの暗い黄昏色に染め、ニヒルな笑みを浮かべる花村くん。
唐突に理解し、確信も得た。
被害者の2人は、もう一人の自分に殺され、そのもう一人はどうにも凶暴性に溢れていることも。
何もかもがウザいと吐き捨て、想い人がいなくなったことを理由に、ヒーローになろうとする自分が嫌いで醜くて。
「ち、がう・・・・お前なんか!」
その時、もう一人が私と視線を交わした。
思わず身構えると、彼の口元は釣り上がると同時に何か言葉を象った。
ボヤける視界に、見慣れない天井が見える。
覚醒しきらない頭でどこにいるのか考えつつ、呼吸をすると薬品らしき香りが鼻腔を擽った。
ああ、そうか・・・・確か、気持ち悪くなって立ってられなくなって、保健室に行くって悠が。
「かえって、きた」
擦れた声が耳に入り、目が覚めたのだと分かる。
微かにふらつく頭をおさえ、起き上がるとベットを囲むように閉ざされていたカーテンが開く。
保険医が驚き、起きてたのね。と穏やかな笑みを浮かべた。
「貧血ね・・・お兄さんが運んできたの、覚えてる?」
「はい・・・・」
「一人で帰るのが無理そうなら、連絡しろって言ってたわ。大丈夫?」
「ありがとうございます。一人で、平気ですから」
「気をつけて帰るのよ?あと、鉄分の多いものを食べること」
忠告に苦笑いを浮かべ、保険医にお礼を言い保健室を出た。
少しずつ早足になるのは気が急いているからで、落ち着けと言い聞かせながら携帯を取り出し悠にかける。
あっちにいるなら、コール音にならず留守電や繋がらないと告げるはず。
まだ帰ってきてない可能性も十分あるけど・・・ああ、千枝ちゃんだけでも携帯の番号聞いておくんだった!
上履きを投げ入れるように、下駄箱にしまったと同時にスピーカーからコール音が響き、思わず動きをとめた。
3回、4回・・・・焦れったく思っていると、はい?と悠の涼しい声が聞こえ、安堵にため息をついた。
『大丈夫か?まだ学校なら、迎えに・・・・』
「私は大丈夫。それより花村くん、大丈夫?千枝ちゃんは?」
『2人とも無事だから、少し落ち着け。学校まで行くから、待ってろ』
「ううん、一人で帰れる。家で落ち合おう?」
『おい、!』
まだ納得してなさそうだったけど、早々に切って電源まで落とした。
これで迎えには来ないで、大人しく堂島家に帰るだろう。
今度こそ靴を履き替え、外に出る。
もう18時を過ぎようとしてるが、黄昏には程遠く、山がうっすら橙に染まっているもののまだまだ明るい。
「綺麗・・・・」
久々の夕暮れの空に感動しつつ、その色を見て思い出すのはやはり先程の"現実に近い夢"で。
「傍観者、ね」
もう一人の花村くんが、私に言い放った言葉だ。音ではなかったけれど、口がそう象ったのは、間違いない。
今は無理だと言われ、見ているだけかと突き放され、今度は関わることすら望まれていない。
そういう、ことなんだろうか・・・・・・・・。
とにかく、悠と話さないと。
私が見ているのは"マヨナカテレビに映った人がどうなるか"ではなく"あの中で起こった出来事"だ。
後者だと前者も説明がつく。先程見たものと、悠たちが中でどんな行動をしたのか・・・照らし合わせれば分かることだ。
少し怖いけど・・・・・自分の身に起きてること位、把握しておきたいから。
ただいま、と告げながら扉を開くと、玄関には2組の大きな革靴、そして小さい女の子のシューズ。
シューズは菜々子ちゃんに違いないけど、革靴って悠と・・・・?
「おかえり、」
顔を上げると、何故か仁王立ちの悠とその後ろには苦笑いを浮かべた花村くんが、軽く右手を上げている。
「花村くん、大丈夫だった?」
「え・・・?な、何が?」
「もう一人、出たんでしょう?」
私の言葉に、隣にいる悠に視線をやる花村くん。
それに気づいた悠は喋ってないぞ、と一蹴して怖い顔のまま私の額に手をやった。
「熱は・・・ないな」
「うん、貧血だもん」
「本当にもういいんだな?」
コクリと首を縦に振ると、悠はようやく怖い顔を止め、私の頭をお腹の辺りに引き寄せた。
ぐふっと間抜けな声が出たのは、唐突だったから仕方ない。
「心配した・・・・・」
久しぶりに聞く弱々しい声。
純粋に心配してくれてたんだと、申し訳なく感じたからなのか、思った以上にすんなりと謝れた。
私も悠が同じような状況になったら、同じことをするし、同じことを感じるから。
少しだけ甘えるように、頭を押し付けていると咳払いが聞こえ、はっと我に返る。
「あー・・・・いたんだよね、花村くん」
「いたって何だよ?!ったく・・・・ほんっと、恋人みてーだなお前ら」
「そうか?」
お互い離れ、まず居間にいる菜々子ちゃんにただいまを言って、悠の部屋へ。
部屋を閉めるや否や、真っ先に口を開いたのは。
寝ている間に見たことをかいつまんで説明すると、2人は驚愕に目を見張り、顔を見合わせた。
「やっぱ、夢じゃすませられないな」
「うん、夢っていうより現実に近い感覚っていうか・・・上手く説明できないんだけど」
「そういやクマの奴が言ってたな、見られてるって」
「クマって・・・あの着ぐるみの人?」
「人・・・じゃないな、カラッポだったし」
よく分からないが、今重要なのはソコじゃない。
連続殺人事件の犯人は、悠のようにテレビに入れる力を持っていて、その力を利用して2人を殺した。
被害者は向こうに霧が出たとき、凶暴化したシャドウ、ひいては抑圧された意識に殺され、逆さ吊りになった、と。
直接手を下したわけではないが、死ぬのが分かっているのは山野アナを見れば明白で。
彼女から日も浅いうちに、2件目の小西先輩も同じ状況に・・・・この時点で事故ではなく、事件だ。
「あんな変てこなとこが相手じゃ、警察はあてにできないだろ?俺たちがやるしか、ない」
「クマと約束、させられたしな」
そのクマさんは中々に強からしく、真犯人を捕まえてくれないと、現実に戻してあげないと交換条件を出されたらしい。
けど中々憎めない奴で、本当に静かに暮らしたいだけのようだから、協力することにしたそうだ。
苦い笑みを浮かべながらも、まんざらでもない2人を受け、は拳を握り締めた。
「私も、やる」
和やかな雰囲気が、静止する。
と咎めるように呼ばれるが、それさえ遮って口を開いた。
「言ってないことがある、の・・・・・被害者2人と、花村くんのシャドウに言われたことがあって」
「今のあなたには、救えない」
「見てるだけで、救おうともしないのね」
「傍観者」
「テレビにも入れないし、何も出来ないよ?でも・・・・・でも何かやれることが、あるんじゃないかって!」
またテレビの中に誰かが放り込まれるのだとしたら・・・・今度こそ、助けたいから。
知ってしまったら、もう二度とあんな死に方させたくない。
"今は"できないかもしれない、けれど"何か"を知ればできるかもしれない。
その"知らなきゃいけないこと"も何なのかさっぱり、分からない。
「ほんの少しでも可能性があるなら・・・・諦めたくないの!だから、お願い!」
どんな些細なことでもいい、何か事件に繋がる手がかりだとか、皆があの中に入っている間に考えることだって、できるんだから。
頭を下げるに、悠がため息をつき、その隣で陽介が笑いながら彼の肩を叩いた。
「まさか、断らないだろう?」
「・・・・・・分かった」
悠のイエスに顔を上げると、花村くんが悪戯っぽく笑っている。
思わず笑みを零すと、ただしと悠が声を張り上げたので2人でビクリと身体を震わせ、片割れに振り返った。
「無理はしないこと。あと夢で見たことは全部、話せ?」
2度首を縦に振ると、やっぱり悠は疲れたようにため息をついて、そんな彼を見て私と花村くんは笑ったのだった。
詳しい話は明日に持ち越し、帰るという花村くんを玄関先まで見送る。
ちなみに悠は、菜々子ちゃんに呼ばれて居間へ行ってしまった。
「ゆっくり休めよ。、あんま寝てないだろ?」
「そっくりそのまま、花村くんに返すよ」
すると何故か彼は、眉間に皺を作ってスネたような顔つきになる。
何かマズいこと・・・・言った?首を傾げる私に、花村くんはあのさ、と一旦言葉を区切った。
「あのさ、何で俺だけ花村くん呼びなわけ?」
「え?なんでって・・・花村くんは花村くんじゃない?」
何を当然のことを・・・それでも彼の眉間の皺は深くなるばかりで。
ついでを言うと、ため息までつかれた。ふかああい、ため息を。
「陽介。俺だけ呼びってもの何か寂しいじゃん?だから、陽介でいいって」
ああ、そういうことね。陽介、くん?と尋ねると、今度は顔を顰めて君って・・・と気持ち悪そうに言った。
「何か寒気した・・・呼び捨てでいいって、俺も呼び捨てしてんじゃん?」
「うん・・・陽介」
「おっし、それでオッケ。んじゃ、また学校でな」
フレームがガタガタになった自転車に跨ったので、事故んないでよー!と声をかけると、右手だけがあがった。
陽介の背中が見えなくなるまで見送り、は家の中に入った。