朝から晩までニュースの特集は、すべて"例の事件"今朝小西先輩が死んだことで、連続殺人として扱われるそう。
菜々子ちゃんは不安げに、おとうさんかえってこなくなる。と呟いた。
「お父さん、心配だね」
「おとうさん、けいじだからいそがしいのは、しょうがないよね?」
歳の割りにしっかりした返事。
言葉だけは。表情も声も頼りなさ気に、寂しさと不安を滲ませていて・・・・見ているほうも胸が痛む。
仕方ないことだと分かっていても、せめて菜々子ちゃんが"寂しい"と言えるようになってくれたら。
小さな体で、色々なものを抱えようとするいとこを見やり、小さくため息をついた。
「え?私・・・私、ですか?」
聞き覚えのある声に、ふと顔を上げると、和服姿の雪ちゃんが困惑した表情でテレビに映ってるではないか。
どうやら天城屋旅館の特集で、女将の代役を務めているようだけど。
インタビュアーは勝手に"現役女子高生女将"などと呼び、セクハラ紛いの質問を浴びせていて・・・・不快以外の何ものでもなかった。
「だからか」
テレビ画面を見たまま呟いた悠に、どういう意味なのか尋ねると、帰宅する際雪ちゃんに会ったと言う。
鮫川の小屋に一人、和服姿で座っていたと。それも、酷く疲れた様子で。
「山野アナが泊まってたって。そういうので色々大変なんだろうな」
「うん・・・・千枝ちゃんがいるから、話聞いたりしてくれてると思うんだけど」
「里中・・・・あ」
千枝ちゃんの名前を聞いて、何かを思い出したらしく、ピクリと肩眉を跳ね上げた。
「千枝ちゃんがどうかしたの?」
危ないとの理由で、彼女はテレビの中に連れて行かなかったそう。
テレビの前で一人置いてかれることが、どんなに不安か・・・・・入っただけの2人には分からないんだろうな。
そんなことを考えていると、悠の悩みの種はまさにこれだった。
陽介が命綱と腰にロープを結びつけ、その端を現実の千枝ちゃんに託して入ったそう。
で、案の定それが切れて・・・・・後は想像に難くない。
一人の女の子を泣かせてしまった、ということ。そこで代償を要求する千枝ちゃんは、女の鏡だと思うけど。
「つまんない!」
菜々子ちゃんはうんざりした顔で言って、シンクに溜まったままの洗い物を見とめ、立ち上がった。
2人で彼女の家事を手伝い、今日も映るだろうマヨナカテレビに備え、早めに就寝準備を済ませる。
そして12時前、雨は降り続いていて止む気配はない。
誰も映って欲しくないけど、映ってしまうんだろうな・・・・・・そんな予感がした。
キャスターが12時を告げると同時に、テレビの電源を落とした。
雨音だけが耳に入る静寂の中、徐々にクリアになる耳障りなノイズ。
ボンヤリ黄色に浮かび上がった、不鮮明な映像。
その影は着物の、女の子のように見えた。
どこかで見たことのあるような、ないような姿をじっと見つめ、テレビ画面に触れる。
でも相変わらずテレビは、テレビのままで・・・・・ため息をついて手を離すと、画面はゆっくり消えていった。
結局、映った人は誰だか分からない。
悠も同じものが見えたかどうか、部屋に向かうとやはり"和服姿の女の子"らしき子が映ったとのこと。
「映ってる時に触ったら、中の人に触れるのかなって思ったけど・・・・無理だった」
スゴイ発想だけど、一理ある。結果、中の人物に触れることはできず、悪戯に映像を乱して終わったらしいが。
「雨が続く午前零時。この条件が揃えば、マヨナカテレビは見れるんだな」
悠が水面のようなテレビ画面に触れながら、言う。
何度も見られるということは、これからもあっちに放り込まれる人がいるっていうことなんだろうか。
なら、さっき映った”誰か”も放り込まれる可能性が高い?
「さっき映った人、もう中に入ってるのかな?」
「分からない・・・明日、花村にも相談しよう」
「うん・・・・で・・・えっと・・・・」
やっぱり怖い。大丈夫かな、と思っていたけどマヨナカテレビが映った後は・・・・一人で寝たくない。
けどはっきり"怖いから一緒に寝てください"なんて子どもみたいで、言えなくて。
言い澱んでいると、察していた悠は当然のように、隣にスペースを空けてくれたものの、何故かクスクス笑っていて。
「・・・・・何笑ってんのよ」
「らしいな、と」
「どういう意味よ」
「そういう意味だ」
悠はたまに、訳の分からないこと言う。
誤魔化すように、背中を撫でられたのが不満だけど、眠いから・・・・いいや。
翌日、天気予報どおりの雨。
嫌いじゃないけど、ずっと続かれると憂鬱な気分にもなる。
傘を広げはあ、とため息をつくと隣にいた悠も、憂鬱そうにため息をついた。
多分、私の"憂鬱"とは意味が違うだろうけど。
「それで、何に悩んでるの?」
気づかれてないと、本気で思っていたらしい。
目を見開く悠が滑稽で思わず噴出すと、ムッと不機嫌そうに顔を顰めたので、一応ごめんと謝りそれで?と先を促した。
納得していなさそうな表情のまま、夢を見たと切り出した。
稲羽に来てから2日、ベルベットルームという場所に呼ばれ、イゴールとマーガレットという不思議な人物に会い、予言をされた。
「"謎を解かない限り俺たちに未来はない"」
「俺たちって、私も含まれてる?」
「だろうな」
テレビの中を"見てる"時点で、無関係とは言えないか。
「その謎っていうのが、連続殺人事件の真犯人を見つけるってこと?」
「昨日分かった。ペルソナを覚醒させたろ?それで正式なお客になったって」
「なんか・・・・安いゲームみたい」
「普通だったら信じられないよな、こんなこと・・・・・でも」
「うん、体験しちゃったもんね」
紛れもなく現実に起こった非現実で、それはとても理不尽で凄惨な出来事。
知ってしまった以上、何か出来るのなら、どうにかしたい。2人のように、何も出来ないまま"見て"たくはない。
「ワイルドか・・・・じゃあ、イザナギってペルソナだけじゃなくて、他のも使えるってこと?」
「詳しいことは分からないけど、数字の0のようなものだって」
「また難しいことを・・・・」
始まりであり、空虚であり、無限でもある・・・・・どれに転ぶか、自分次第ってこと?
それとも単に"分からない"だけ?なんだか、なぞなぞみたい。
うーん、と唸って考え続けていると、リンリンとベルが鳴り、おはよーさんと明るい爽やかな声が、かけられた。
難しい顔のまま振り返ると、例の事故多発車に乗った陽介がいた。
「うわあ・・・2人して朝から難しい顔してんなよ?」
気持ちは分からなくもないけど、怖いぞ?そう告げられ、話題はマヨナカテレビに。
「昨日の夜中の、見たか?」
真剣な表情で尋ねる陽介に、2人で頷く。
「女の子、だよね。あと、またどっかで見たような・・・・・見てないような?」
「何だそれ?まあ・・・・・言いたいことは分かるけどさ。ともかく、アレに映った以上放っておけない。だろ?」
もちろん、放っておくつもりはない。
そういう意味で力強く頷いたはずだったのに、何でこう必死になるんだろうと、思っている自分もいて。
必死になってる自分を、もう一人が上から見ている・・・・今に始まったことでもないけど、変なことなんだろう。
私たちは1年でここを離れる。それは、どう足掻いても決して覆ることはない。
だから"いつも通り"だと行きの電車で、悠と確認しあったばかりなのに。
無事に1年は過ごせそうにない・・・・何せ災厄は始まってしまったのだから。止められるのは、私たちだけ。
妙な使命感に駆られている、だけ?そのために、深く分け入ろうとしている?
「とにかく放課後、クマんとこ行ってみようぜ?」
考えに集中している間、そう話が纏まっていたらしい。
「止められんのは、俺たちだけだ・・・だからさ、絶対、俺たちで犯人見つけようぜ!」
"鳩が豆鉄砲食らったような顔"っていうのは、今の私のようなことを言うに違いない。
隣を歩いている悠も、そんな顔してる。
陽介は真摯な面持ちで、だってと口を開いた。
「警察が捕まえられるか?”人をテレビにいれてる殺人犯”なんてさ」
「放っておけない、な」
悠も戸惑っているらしい、けどそれを微塵も出さず即座に頷いた。
私も、同意を示す。同情や興味、優越感・・・・・そういう気持ちは微かにあるかもしれない、けどそれ以上に。
理不尽に死んでいった2人を、見てしまったから。
もう誰にも、あんな風に死んで欲しくない・・・・理由はそれだけで十分だ。
「私も、やるからね。今更ダメだとか、言わないでよ」
「ったりめえだろ?な、鳴上」
「ああ・・・・言っても聞かないだろ?」
諦めたように悠は空を仰ぐと、陽介は唐突に悠に手を差し出した。握手、らしい。
悠がそれを握ると、陽介はに目を配った。お前も、と言わんばかりに。
戸惑いつつ、2人の上に手を重ねると、運動部の試合前のプチ円陣のようなものが出来上がる。
「これからも宜しくな」
同じ顔で同じタイミングで首を振る双子に、笑みが零れた。
不思議な兄妹だけど、すごく頼りになるし、何より素の自分でいられることが、とても心地いい。
こいつらでよかったと、心から思った。
3人で世間話をしていると、血相を変えた千枝ちゃんが教室に飛び込んできた。
昨日のこともあって、気まずそうな2人に代わり声をかけようとする前に、彼女が口を開いた。
「雪子、来てる?」
まだ来てないと伝えると、彼女はマヨナカテレビのことを私たちに尋ねた。
「その話なんだけ「映ってたの、雪子かも」
千枝の衝撃的な言葉に、3人共それぞれの顔を見合わせた。
「あの着物、よく旅館でも着てる奴だしインタビューの時も・・・何度もメールしてるんだけど、返事全然来なくて」
「電話は?」
「ずっと留守電になってる」
俯いてゆく千枝ちゃんに陽介が、もしかして天城はもうあの中にと不安を煽り・・・
「やめてよっ!」
そんなことがあるわけない、自分に言い聞かせるような叫びに、クラスの時間が止まった。
叫んだ千枝に視線が集中し、そんな千枝もクラス中の視線を集めていることに気づき、ゴメンと呟くように謝った。
「大丈夫、きっと何か他に用事とか、携帯どっかに落としたりとか」
「家の手伝いが、忙しいのかも」
「学校休んでか?」
陽介の言葉に、千枝ちゃんの顔色は更に青くなっていって。
「憶測より、確認しよ?旅館の番号分かる?」
青い顔のまま頷き、電話をかける。お願い、出て・・・・と千枝が焦燥に駆られた声で呟いたときだった。
「雪子?!よかったー、いたー!」
いつもの千枝ちゃんらしい明るい声に、3人は胸を撫で下ろす。
急な団体の対応に追われていて、明日の日曜もずっと旅館を手伝うとか。
年に1度はそういう事情で欠席することがあるらしい。
余計な心配かけさせないでよ!と憤慨する彼女に、陽介が謝りつつマヨナカテレビと向こうの因果関係を説明する。
「そっか、昨日ちゃん言ってたよね?」
「うん。昨日は"見てない"んだけど・・・・雪ちゃんも現実にいるし・・どういうことなんだろう?」
「その辺あわせて、クマに確認するしかないな」
放課後、4人でジュネスへ向かいその"クマ"なる人?に確認したものの、誰も入っていないとのこと。
かなり個性の強いクマさんらしく、寂しんボーイや、ビンビン物語等なんとも言えない言葉遣いをしている。
しかもテレビに手を入れて、手招きしていた悠の手に噛み付いたり・・・・・誰も突っ込まずスルーしてるのは、もう慣れたからなのか。
とにかくそのクマさんによれば、テレビの中には誰も入ってないとこのこと。
「あたし雪子に気をつけるよう、言ってくる。土日は旅館があるから、出歩かないだろうけど」
「その方がいいな。月曜来るんだろ?」
「うん。家まで迎えにいく」
陽介が頷き、私たちに視線を向けた。
「今夜のマヨナカテレビで、また何か分かるかもしれないな」
「全部、勘違いならいいんだけど・・・・」
できれば二度と、あの映像は見たくない。
視線を伏せると肩にポンと手が乗った。
片割れだと勝手に思っていると、予想に反し陽介のものだった。
頼りがいのある笑みを浮かべ、マヨナカテレビを見た後連絡するからと、悠と連絡先を交換している。
「あ。そういや、あたしたちも番号交換、してないよね?」
「せっかくだし、今いい?」
「もっちろん!」
稲羽に来て初めて交換した、と告げると千枝ちゃんは嬉しそうに第一号だ、と笑っていた。
「マヨナカテレビって、本当に一人じゃないと見えないのかな?」
「藪から棒に・・・・」
「噂じゃ雨の夜一人で、ってことになってるけど、本当かどうか分からないでしょ?」
「で、本当のとこは?」
一人で見るのが怖い、ということに気づいているらしい。
察してくれてるなら、みなまで言わなくたって分かってるくせに。
無意識のうちにそれが顔に出ていたらしく、悠はそれ以上言わずため息と共に、分かったとだけ言った。
そうして問題のマヨナカテレビの時間、雨音がしとしと響く静寂の中、あのノイズ音が響き、黄色い画面が映し出されるはず、だった。
「こーんばんわーっ!」
とても鮮明な映像が映し出された。それこそ、テレビで放映されているものと大差ないくらいに。
中世風のお城、何故かお姫様のような格好をして、異常なまでにハイテンションの雪子が画面に映し出された。
本人とかけ離れたテンションに、2人で唖然とするがそんなことお構いなしに雪子は喋り続ける。
「今日は私天城雪子がナ・ン・パ!逆ナンに挑戦してみたいと、思いまーっす!」
「ぎゃ、逆ナン?!」
「題して!ヤラセなし、突撃逆ナン雪子姫白馬の王子様探しー!」
ジャジャーンと鳴り響いた音楽とともに、安っぽいテロップが画面を占める。
「も、超本気です!見えないとこまで、勝負仕様ハートみたいなねっ」
手でハートを作った雪子がさらにハートを描くと、キラリと飛び散るハート
もう、なんだか居た堪れなさ過ぎて、直視したくない。というか、できない。知ってる人だけに。
「もう私だけのホストクラブをぶっ建てるくらいの意気込みで!いってきまーす!」
ウィンク一つ残すと、ドレスをたくし上げ雪子姫はお城へ駆けていった。
映像はそこで途切れ、テレビもいつもの様子を取り戻した。
カチコチと時計の針の進む音だけが部屋に響き、悠もも今の映像について喋ろうとしない。
しばらくぼうっとしていると、電子音が鳴り響きノロノロとした動作で悠が電話をとる。
今の見たか!と花村くんの焦った声が、スピーカー越しに聞こえ、思わず苦笑を浮かべた。
「録画しとけばよかった」
と肩を落とす悠に、RECボタンは押しましたとばかりに、リモコンのそれを指差すと微かに笑みを浮かべる。
「喜べ花村、が録画したって」
何やってんだよ!と受話器から聞こえる花村くんの声に肩をすくめつつ、千枝ちゃんに電話をかける。
数回のコールで、繋がり荒い息遣いの後、焦燥に駆られた千枝ちゃんの声がした。
「ちゃん、雪子が、雪子が!」
「うん。千枝ちゃん、今外?雪ちゃん家に向かってる?」
「本当にいないかどうか、確かめようと思って・・・あ。ちょっと待って」
そういうと、受話器を外したのか声が聞こえなくなる。
隣では、悠が花村くんと明日何時に集まるか話し合っている。
数分後、受話器に出た千枝ちゃんは今にも泣き出しそうな声で雪子、いなくなったって!そう言った。
「夕方から姿見てないって・・・あの映像、雪子だったけど雪子じゃないみたいだし、でもマヨナカテレビに映ったら」
「千枝ちゃん、落ち着いて?こっちに霧が出るまで、シャドウは暴れない。雨が続くのはまだ先だから」
視線を感じて隣を見やると、いつの間にか電話を切っていた悠が力強く頷いた。
片割れの自信に満ちた目に、勇気をもらい深呼吸して強い口調で言う。
「絶対助けよう!明日日曜だし、すぐジュネス集まろ?」
「うん・・・うん!ありがとう、ちゃん」
「ううん。大丈夫?不安だったら、今から私千枝ちゃんとこ行くよ?」
「大丈夫!明日に備えしっかり寝なきゃ。あ!じゃあさ、今度雪子と3人でお泊り会しよ?」
「約束、だね」
ジュネスに集まる時間を伝え、電話を切った。
今、私何って言った?不安がる千枝ちゃんの元に、行く?
傍にいるって、言ったよね・・・・・・・・何でだろう。
気づいたら、口から出てしまっていた。意識するとかいうレベルじゃなく、気がつけば。
私って、こんな熱い人間だった?
まだ会って数日しか経ってない人に、勢いで言ってしまえる人間だった・・・・?
「寝ないのか?」
悠の声に我に返ると、片割れは先にベットに入り、当然のように私のためのスペースを開け待っている。
歯切れの悪い返事をした私が、眠ることを恐れてる、と受け取ったらしく大丈夫、と優しく諭してくれた。
それもあるけど、違うことなんだよ。そう告げることもできず、ただ与えられる温もりを享受した。