ZERO







帰宅すれば、菜々子が出迎えてくれジュネスの袋を見るや否や、例の歌を歌いだしと2人で台所へ入っていく。
夕食の準備を始めた2人を尻目に、ソファに腰をかけテレビの電源を入れると、丁度週刊天気予報が流れていて
作り笑顔を浮かべた、アイドルのようなアナウンサーが、しばらく雨は無いと告げている。

「お味噌汁と、お弁当・・・あ!ハンバーグの買ったんだよ」

の弾む声に台所を振り返ると、ジュネスの袋を覗いて、半分ずつしようと相談している妹たちの姿。
随分打ち解けてくれたと思う。自然な笑顔を浮かべてくれるようになったし、学校での出来事など色々話すようにもなった。

一の不満はまだ名前を呼んでくれないこと。ねえ、やあのね、と呼びかけられたことしかない。
お兄ちゃん、お姉ちゃん。
いつか呼んでくれることを信じて、自分達からは言わない。そうと決めた。
鳴上家の子どもは俺たちだけ。下の子がいないにとって"お姉ちゃん"と呼んでもらうのは、憧れとか何とか。
待つと決めたのは良いものの、いつ呼んでもらえるかと、期待してそわそわしてるのは無意識らしい。
エサを待つ犬のようで、面白い。本人に伝えると、必ず怒られてしまうから絶対に言わないけど。

「悠ー!テレビ見てないで手伝ってよ!」

例のそわそわ病にかかった妹から、お叱りを受けた俺はテレビを消して女の園になっている台所へ入った。
お湯を沸かして、惣菜を温めて、そうこうしている内にタイミングを見計らったかのように、叔父さんが帰宅し、久々に4人での食事となった。

菜々子は嬉しそうに、笑顔を絶やさずご飯を食べている。
無理も無い、事件が立て込み叔父さんはほとんど家にいなかったのだから。
可愛いな、と頬を緩めていると突然菜々子ちゃんが箸を止め、叔父さんを見た。
同じく叔父さんも箸を止め、難しい顔で黙り込んでいる。
どこか具合でも悪いのかと、声をかけようとしたら叔父さんは開口一番

「お前ら・・・妙なことに首突っ込んでないよな?」

私と悠を交互に見やり、昼間の署でのことがひっかかってな、と付け加えた。
きた、と心中で呟き神妙な面持ちの叔父さんの視線を受ける。
探るような視線が、痛い。それは悠も同じようで、なんともいえない微妙な顔をしている。

「もしかして・・・まだ言ってないことがあるんじゃないのか?」

しれっと何も無いですよ、と返す悠は流石というか・・・・私は一度署で問い詰められてるから、聞かれなかったものの。
探るような視線を向けられ、かなり居心地が悪い。流石ベテラン"刑事の勘"は侮れないらしい。

「どしたの・・・ケンカしてるの?」

消え入りそうな声に、3人の視線が菜々子ちゃんに集中する。
不安気な様子に、叔父さんがケンカではないというが、ここケイサツじゃないよ。と不満げな顔で切り替えしている。
それを見た叔父さんは、これ以上追求できないと判断したらしく、危険なことには首を突っ込むなと端的な忠告をし、話は終わった。
心の中で、叔父さんごめんなさいと謝っておいた、良心の呵責ってやつで。
重い空気の中食事を続け、緊張を解いたのは自室に上がってからだった。

「鋭いな、叔父さん」
「かなりね。元はといえば、君ら2人のせいだけど」
「俺はとばっちりを受けただけだ」

連行されるまでの一部始終を話し、悠が疲れたようにため息をついた。

「なんっていうか・・・・流石ガッカリ王子?」
「事件が続いてパトロールしてるのは分かってたけど、まさかあんなタイミングよく」
「運がなかったってことでしょ?まあ、以後気をつけて制服にしまえばいいじゃない?」

悠の選んだ武器は、日本刀らしい。剣道部の子が竹刀を持ち運ぶように、今は袋に入ってチェストに立てかけられている。

「あのさ、ずっと気になってたんだけど」
「何だ?」
「ペルソナ、ってどういう意味なんだろう?」

聞き覚えのあるような、ないような言葉。現代っ子らしく、ネットで検索してみると。
代表的なフリー百科事典の項目を発見し、同じく興味を持った悠が画面を覗き込んだ。

ペルソナ
元々は古代劇で役者が使っていた仮面。今は心理用語として用いられることが多い。外的人格。
周りに合わせて別に作った人格、ってことなんだろう。

「仮面、か・・・・上手いこと言うね」

人は誰でも違う自分を持ってて、上手く使い分けて生きてる。
それは私たちだって例外ではない。

「ペルソナ能力は、心を御する力」
「仮面を被ることが、御することになるって訳ね。シャドウはそれが外れて暴走した本音、ってことか」

影とは上手くいったものだ。誰もが持つほの暗い面。卑怯で、打算的で、目を背けたくなるような汚い自分。
自分と向き合うことって、想像以上に難しい。
きっと私もテレビに入ったら・・・・んん?そういえば、悠のシャドウってどうんなのだったんだろう。
おそらく見てない、はず?

「なかった」
「シャドウなしにペルソナが使えたってこと?」

首が縦に揺れる。悠だって表裏がないわけじゃない、少ないかもしれないけど。

「私だったら、どんなシャドウが出るのかな?」
のシャドウ?でないだろ、お前も」
「悠がでなかったからって、イコールじゃないでしょ」

私たちは双子で似てるけど、別の人間だよ。
口にすることが憚れて、言わなかったけど悟ったらしい悠は再び首を縦に揺らした。

「イゴールって人が教えてくれるけど、本当のとこよく分かってない」
「そっか・・・・・あ、そうだ。みんなのペルソナってどんなの?」

私の言葉にキョトンとする悠。見てるだろ、と言わんばかりの顔に霧が濃すぎてはっきり見えてない、と伝えると。
何やら紙とペンを持ち出し、机に向かい始めた・・・・・絵を描いてくれるらしい。
すっごくすっごく、不安なんですけど!
そわそわしながら待っていたのは良いものの、改心の出来といわんばかりに差し出されたのが。






ぶはっと盛大に噴出したあまり、気管に何かが入ろうとしたらしい。怒涛の如く咳が出始める。
笑いたい苦しさと、咳が出てうまく呼吸ができなくて・・・・危うく呼吸困難になりかけた。

「こんな感じだ!」
「絶対違う?!・・・・・相変わらず画伯なんだ」

ヘタすぎて、逆に上手いっていうレベルじゃない。これはもう、純然たるへたくそ。
私も似たようなものだけどさ、その辺分かってるから描きたくもないけど。
まさかネタにしてくるなんて・・・どうよ?
一通り笑った後、悠には捨てたように見せかけこっそり持っておいた。
この笑いを陽介たちと共有するために。




翌日千枝ちゃんもいつも通り登校し、話題はテレビの中の話に。

「そうそう、2人のペルソナってこんなの?」
!?」

私が出したものを見て、稀に見る慌てっぷりで隠そうとするが、もう遅かった。
作画崩壊甚だしい自身のペルソナに、2人は大爆笑。
それにつられて笑い出すと、何故か書いた本人まで笑い出す始末。

「ジライヤはまあ・・・許容範囲だな。つうかこの親指みたいなの」
「トモエ、だよね?でこの、カクカクした目つき悪いのって」
「イザナギだ!」

自信満々の悠に陽介と千枝ちゃんが、笑い転げる。
クラスメイトは遠目に、あいつら何やってると冷たい目を向けてるけど、2人はそれどころじゃない。
ここまで面白がってくれるとは・・・・やっぱり持ってきてよかったと頷いていると、悠からの只ならぬ視線に肩をすぼめた。
笑いのピークも過ぎ、落ち着いてきた頃、突然悠がそうだと呟いて千枝ちゃんを見やった。

「里中、連絡先教えて?」

顔を赤らめ、え?ああ、うんと曖昧に返事しつつ、捜査に必要だもんね!と自分を納得させるように、慌てて携帯を取り出した。
赤外線通信でやりとりしてる2人を見ていると、陽介と連絡先を交換してないことを思い出し、振り返ると、何故かギクリとする彼。
疑問に思いながら、私たちも連絡先交換しようと伝えると

「お、おう!捜査に必要、だもんな!」
「うん。赤外線でいい?」

携帯の側面をかざして、データー交換を終えると同時に予鈴が鳴った。
その音にはっとした陽介は、トイレ行ってねえ!とわざわざ自己申告し、走り去っていっていく。

「流石ガッカリ」

教室を出て行く親友に、ボソリと呟く悠。それは私も同感です。






放課後、向こうに行くという3人に付き添いジュネスへ。もちろん私はフードコートでお留守番。
皆がむこうに入ったら、また眠くなるんだろうなとボンヤリしていると。

ちゃん?」

呼びかけられ、ふと顔を上げるとだらしない風貌の若い男、足立がキョトンとした顔でこちらを見ていた。
何で彼がここに?と不思議に思いながら会釈をすると、足立さんは周囲を伺いながら、こちらに近づいてきた。

「きみ、一人かい?」

テレビの中に入った友人たちを、待ってるんです。と言えるはずもなく、肯定する。
何故か足立さんは悲しげな顔をして、隣のプラスチック製の椅子をひいた。
耳障りなギイという音に、自然としかめっ面になる。

「あの、さ・・・・転校してきたばかりで、馴染めないのは分かるけど」

もしかしなくても、ボッチ認定されたらしい。
確かに、放課後一人でフードコートにいるのは変、かも?
どう答えるべきなんだろうか・・・・・迷っていると、よし!と隣にいた彼が声を上げる。
名案と言わんばかりの明るい声、だった。
満面の笑みを向けられているというのに、嫌な予感しかしないのはなぜ。

「僕が友だち第一号、ってのどう?」

何を疑問に思い、どういう経緯でその結論に至ったのか、ぜひともご教授願いたい。
勘違いというより、思考がズれてるのか。だからうっかり、雪ちゃんの余計な噂流したりしたのか。
大丈夫なのかな、この人。

「ええっと・・・いますよ?友だち」
「中央にはいる、って意味でしょ?僕の前でまで、気張らなくていいから!」

私の肩に両手を置いて、うんうんと大きく頷く彼。
いい人なんだと思う、いい人なんだとは思うよ。
気にかけてもらって、悪い気がする人間なんてどこにもいない。
刑事って職業についてる位だし、正義感も強いんだろう。
でも、今のあなた果てしなくウザいです。と面と向かって言う勇気はないし、そこまで子どもではない。

ああ、まず私が"一人"って言ったのがマズかったんだ・・・・・自分で蒔いた種だ、どうにかしなくては。
言いよどむ私に、足立さんが恥ずかしそうな笑みを浮かべて、頭をかく。

「この間、ちゃんに助けてもらったから・・・そのお返しっていうか」

山野アナの死体を見た足立さんは、激しく気分を害したらしく、側溝でもどしていた。
何故か分からないけど、そのまま放って置けなくてハンカチを渡したんだけど・・・・相当気にしてくれてるみたい。
恩を売る、ようなことは全然考えてなかったんだけど。

「そこまで気にしていただかなくても・・・」
「あ・・・・ご、ごめん!迷惑だよね、何も考えずズケズケと」

途端前のめりになっていた身を引いて、シュンと大人しくなる足立さん。
気が強いのか、弱いのか・・・・・・よく分からない人だな。
小さくため息をつくと、足立さんはいよいよ不安気な面持ちになり、かつチラチラと視線を寄越してくる。
その様子が警戒する小動物を髣髴とさせて、思わず噴出した。
またキョトンとした顔をするし。くるくる変わる表情が子どものようで、可愛いなんて思ってしまったのは秘密。

「気にかけていただいてありがとうございます。友だちになってくれますか?私と」

何人いたって困るものではないし、面白い人だし。
そう自己完結し、お近づきの印に手を差し出すと、足立さんがはにかみ手を握り返した。

「うん、よろしくね。っても、最近の女子高生と何話していいか、なんて分からないんだけどね」

握手をしつつ肩を竦める人は、27歳になるそう。
23、4かと思ったとは言わない方がいいだろう。
童顔っていうのを気にしてるかもしれないから。
そうですかと頷いたところで、ハタと気づき、苦笑いを浮かべている足立さんに尋ねた。

「ところで、足立さんは・・・・非番ですか?」

青ざめるっていうのはこういうことなんだ、と説得力のある"青ざめ"を見せ、慌てて立ち上がった。
どっからどう見ても、誰が見てもサボりだな。
しどろもどろに、休憩おーわり!さて仕事仕事、と取り繕ったて説得力は皆無。

私が上司―堂島さんの血縁ってことで、気にしてるようだ。

「お仕事、頑張ってくださいね。体を大事に」

今のは聞かなかったことにします、という意味は伝わったらしい。
居心地悪そうにしながらも、ヘラリと人当たりのいい笑みを浮かべた。

「う、うん。ありがとう・・・・それじゃあ」
「はい、また」

勘は悪くないのに、どうしてヌけてるとこがあるんだろう?
完璧な人間なんて皆無に等しいし、どこかしら短所があるのは当然なんだけど、何かがひっかかるっていうか。
そこで唐突に思い出したのが"ペルソナ"の話し。
周りに合わせるための、仮面。叔父さんと円滑に仕事するために、私とお近づきに・・・・・なんて、あるわけないか。

疑心暗鬼になるのは、よくないし何より失礼だ。
友だちになろう、なんて面と向かって言われたのは小学生以来だ。
思わず笑みを零し、遠ざかる皺くちゃの背広を見送っていると、昨日に引き続き猛烈な眠気を感じ、目が霞む。
話が済んだ後でよかったな、と漠然とした感想を抱いたのを最後に、強い睡魔に負け机につっぷした。









やらせナシ!雪子姫、白馬の王子様探し!
"あおり"がド派手にデコレーションされた文字となって、浮き出た。
なんていうか・・・・・居た堪れない、やっぱり居た堪れない。
よく見えない視界の中、3人と1匹も引いてるのが分かる。
次の瞬間、静まり返っていたダンスホールが、複数の人間がざわめきあっているような喧騒に包まれる。
バラエティでよくある観覧席の"声"のような・・・・それを受けてドレス姿の雪子は、更に奥へと駆けていく。

「俺らん時と同じってことだな」

はっきりと、陽介の声が届き驚きに目を見開いた。
今まではシャドウ以外の声は、はっきり聞こえなかったのに。

「でも、デタラメに騒いでた訳じゃないクマ。本物のユキチャンは何かを見せたがってる・・・それをハッキリ感じるクマ!
何ていうか・・・このお城そのものがあの子と関係してるっていうか、想像してたより結構キケンな感じクマ!」

着ぐるみのクマは愛らしい顔をしているのに、口からついてでるのは真面目なことばかりで。
中々にシュールだ、と一人頷いているとまたもや千枝ちゃんが一人、雪ちゃんの後を追いかけて飛び出す。

「里中!くそ、一人で行くなつったろ?!」
「言ってても仕方ないだろ、行くぞ!」

ペルソナを召喚し、背を合わせ戦う姿がさまになってきている。
ただ悠画伯の絵を見た後だから、カッコイイはずのペルソナも笑いの対象でしかないけど。
不謹慎にも噴出しそうになった時、画面がノイズに包まれ、新たな映像が現れた。

真紅の玉座に座るのは、ピンクのドレスを纏った雪子。
その傍らに蹲るのは、着物姿の雪子。
既視感を抱くのも無理はない、マヨナカテレビを見た後に、見ていたのだから。

「千枝・・ふふ、そうよ。アタシの王子様!いつだってアタシをリードしてくれる強い王子様・・・だった」

楽しそうな声が一変、悲しげな、失望したような声色に変わる。

「結局千枝じゃダメなのよ!ここから連れ出せない、救ってくれない!」
「や、めて」

小さく否定したのは、傍らに蹲っていた雪ちゃん。
そんな彼女を一瞥し、笑顔は悲痛に歪む。
「老舗旅館?女将修行?!そんなウザイ束縛・・・まっぴらなのよ!たまたまここに生まれただけで、生き方、死ぬまで全部決められて!」

絶望、といっても過言ではない、悲鳴のような雪ちゃんの叫び。
遠くへ逃げ出したいけど、一人じゃ何もできない、そんな勇気もない、希望もない。
私には"何もない"から。沢山持ってる千枝と違って。私にはそう聞こえた。

「だからアタシ待ってるの!ここじゃないならどこでもいいの!老舗の伝統?町の誇り?んなもん、クソ喰らえだわ!」
「なんてこと・・・!」
「それがホンネ。そうよね、もう一人のアタシ?」

"雪子"が震えて蹲る"雪子"に告げると、彼女は頭をかかえ、一層強くかぶりを振った。

「ち、ちが・・・」
「よせ、言うな!」

陽介の切実な声も届かず、彼女は本音を否定する。

「違う!あなたなんか・・・私じゃない!」

満月を映し出す泉のように、人ならざる瞳がたゆたった。